大学審答申 --- 隠された問題点


佐賀大学理工学部 豊島耕一

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 大学審議会の「中間まとめ」や答申の問題点がいろんな人,組織によって議論されてきましたが(注1),一つ重要な点がまだ触れられていないように思います.あるいは触れられているかも知れませんが目立ってはいないということです.それは,国の行政機関が大学の教育内容や方法の問題に言及するということ,そのこと自体の問題です.教育基本法10条は行政の教育内容への介入を禁止するものとされていますので(注2),これに触れる疑いが出てきます.
(答申本文:http://www.monbu.go.jp/singi/daigaku/00000253/)
 今回の答申は,成績のつけ方や,さらに「課題探求能力の育成」と称して大学教育の目標にまで言及しているので,まさに教育内容にかかわる問題を含んでいるのです.


 文部省は教育行政の事務を扱うだけでなく,「指導・助言」をすることができるとされていますが,はたしてその範囲にとどまるものといえるのでしょうか.実際のところは,いろいろな業界と「所轄官庁」との間柄と同じく,大学と文部省との関係も官僚独裁のシステムが強く作用しており,文部省の「示唆」は限りなく命令に近い働きをします.これは国立大学の場合はより明白です.このような背景,環境の中では,上のような教育内容への言及は事実上「介入」につながるでしょう.
 高校までの教育では,学習指導要領の強制と教科書検定によりこの本来違法な行為が既成事実化されてしまっていますが,大学だけはそこまで行っていなかったのです.今のところ大学教育の教科書は全く自由です.


 このような領域での大学と国とのせめぎあいはまさに始まったばかりで,もちろん判例があるわけでもなく,大学側がその独立をどの程度強く主張するか,またはしないかによって「既成事実」が積み重なっていくことになります.もしこの問題が放置されれば人の考えも慣らされて,何れ大学版「学習指導要領」という夢(悪夢)が現実となるでしょう.


 このような主張は,外部の批判を嫌っているように見え,あるいは大学の傲慢や閉鎖性と誤解されるかも知れません.しかし決してそういう意味で言っているのではありません.教育方法,目標についての議論が国以外の機関や市民から出されたのであれば何の問題もないどころか,むしろ歓迎すべき事です.かりに文部省が関わるとしても,文部省が何らかの民間の機関に依頼して報告書をまとめさせ,その中に教育方法,目標についての議論があったとしても,それは合法でしょう.しかし今回の場合は文部省という行政機関そのものであり,違法の疑いが強いということです.今回の答申が言っていること自体は,成績のつけ方にしろ大学教育の目標にしろ,当然と受け取れるような内容のためこれに気づきにくいのでしょうが,これを布石としてそのうち「正しい歴史教育をすべきだ」などと言い出しかねないのです.

 今回の答申を出したのは文部省の中の大学審議会という機関ですが,これを設けるための法律が国会で問題になったとき,佐賀大学の当時の教養部教授会は反対声明を出しました.その中の第二項目として教育基本法抵触の疑いを述べています.「『大学審議会設置法案』に対する見解」(注3)の一部を引用します.
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2.つぎに同法案69条の3にいう、「大学審議会は(中略)文部大臣の諮問に応じ、大学に関する基本的事項を調査審議する」の「基本的事項」が何を指すかは極めて重要な問題であるにもかかわらず法案では全く明確ではない。教育基本法10条によれば教育内容への不当な介入が強く戒められており、行政の責務は教育条件の整備確立に限られている。法案の「基本的事項」は、教育内容に踏み込むことが十分予想される。
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今回の答申は,まさにこの声明の危惧が的中したと言うべきでしょう.答申が言うところの,成績の付け方を厳格にしたり,「課題探求能力の育成」を目指すこと自体の是非の問題ではありません.

 「がんらい,そのときどきの政策が教育を支配することは,大きなまちがいのもとである.政府は,教育の発達をできるだけ援助すべきではあるが,教育の方針を政策によって動かすようなことをしてはならない.」(292ページ)
これは,戦後間もなく発行された文部省自身の著作になる「民主主義」という教科書(注4)の中の一文です.50年前の文章だから古いのでしょうか?いやむしろ,日本社会が官僚支配のシステムからの離脱を試みようとしている今日,まさに新しい指針として「再利用」すべきではないでしょうか.

皆さんの議論をお願いします.

(注1) このニュースグループではそれほど議論はなかったように思います.労働組合による反論は次から見つけられます.
私大教連 http://www.iijnet.or.jp/c-pro/shidai/
東京私大教連 http://www.bekkoame.or.jp/i/tfpu/index.html
全大教(国立大学)http://www.dango.or.jp/fuj/
(注2) 堀尾輝久,「人権としての教育」,岩波書店,1991年,258ページ.
神田修,兼子仁編「ホーンブック 教育法」,1995年,第6章.
(注3) ftp://pegasus.phys.saga-u.ac.jp/pub/UniversityIssues/daigakushin-houan
注意:頭は"http"ではありません.
(注4) 文部省著「民主主義」,径書房,1995.(1948年,1949年に上下2巻として発行され,実際に教科書として使われたものを復刻したものです.)

(この文は,メールグループ大学改革情報の[reform:1078] ,およびニュースグループfj.educationのMessage-ID: <toyo-0512981656540001@p8bbf0c.kurm.ap.so-net.ne.jp>とほぼ同じものです.)