セッション2:国大協は何をしたか。ジャーナリズム、公立大、学生の状況、韓国の状況

【司会 小沢】 それでは定刻になりましたので、セッションの2つ目にいきたいと思います。

 セッション2では、国立大学協会は何をしたか、ジャーナリズム、公立大、学生の状況、韓国の状況、そういうことで続きをしていきたいと思います。ジャーナリズムということで、ジャーナリストの櫻井よしこさんにも声をお掛けして、ぜひ出席したいということだったのですが、きょうは別のシンポジウムのスピーカーになっているということで、残念だけれども欠席させていただくということです。ただ、その内容に非常に関心があるので、ぜひ議事録を送ってほしいということでした。櫻井さんは『文藝春秋』10月号にも書かれていて、今や文部科学省は‘仮想敵’と櫻井よしこさんは見ているようですがね。

 それでは最初に、鹿児島大学前学長で名誉教授をされている田中弘允先生から20分ほどお願いします。皆さんもご存じのとおり、田中先生は国大協のなかで一貫して法人化に反対の立場で、さまざまな発言をされて、われわれも非常に励まされました。国立大学協会の内容等の問題を含めて、ご発言いただければと思います。

【豊島】 すみません、その前にご連絡です。これが終わったあとに懇親会を予定しています。大体の人数を知りたいものですから、出席しようと思われている方は名前を書いていただければと思います。これを回しますのでよろしくお願いします。こちら側からいきます。

 田中弘允氏(鹿児島大前学長)

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【田中】 ご紹介いただきました鹿児島大学の田中です。司会の小沢先生から過分なご紹介を頂きました。本日はこのような機会を与えていただき、豊島先生はじめ関係者の方々に感謝申し上げます。

●学問は必ず勝つ

 教育あるいは大学の問題というのは、短期的にはしばしば政治や経済の力に押し潰されますが、歴史の流れのなかで長期的に見ると、真理に立っている限り、学問は必ず勝つんですね。政治、経済はものすごく強い権力を持っていますが、学問、哲学、思想は連綿と受けつがれていくわけであす。そうした意味で、今の時点で独法化問題を総括しておくのは非常に大事なことだと思います。そういうことをきちんとおやりになったということに対して敬意を表したいと思います。

 本日は与えられた20分間で、私自身の総括をさせていただきたいと思います。ただ今ご紹介いただきましたように、平成9年1月に鹿児島大学長に就任して以来今年1月までの6年間は、国立大学の独法化問題にオーバーラップしています。私はこの話をはじめて聞いたときに、これはおかしいと直感しましたが、そのあとはずっとおかしいことが続きっぱなしで、しかも事態が進展するにつれてますますおかしくなっていきました。私はこの問題に正面から向き合って、一貫して独法化に反対の意見表明をを行ってきました。

 反対の理由としては、5月7日の衆議院文部科学委員会でもお話ししたのですが、一番の問題は、独法制度が高等教育学術研究の自主、自立を阻害する。学問の発展を妨げる。官僚統制の下で学問の自由が侵犯され、憲法に違反することを実施する権限を官僚に与えることが一番の大きな問題だと思います。時間の関係でそのほかの理由は省かせていただきますが、そういうことをずっと発言してきました。

 意見表明の場は、衆議院文部科学委員会、国大協の諸会議、それから学長研修会、文科省の調査検討会、自民党の文教部会、それから新聞、テレビなどのマスコミ、国会議員との懇談、地域における業界、財界等の講演会などです。

●国大協の方針転換

 国大協については、この問題ではどうも態度がはっきりしなかった、あるいは力がなかったということが、先ほどから指摘されていますので、国大協に関連したお話から始めたいと思います。国大協は平成9年10月、この問題が浮上したときに、反対声明を出しました。皆さんご存じのとおりだと思います。それから平成11年7月に通則法が制定されたあとでも、反対の立場は変わらないという声明を出して反対の立場を維持していたわけです。一方、文部省も平成9年の町村文相の反対声明以来、反対の立場を取っていましたが、平成11年9月になって有馬文部大臣が大きな方向転換をしました。それは、「特例措置を講ずるならば独法化は一定の意義がある。平成12年度の早い時期までに具体的方向について結論を得る」と言明したのです。これは町村文部大臣の反対声明や大学審議会答申(平成10年10月)等と全く反対の方向への転換だったわけです。そういう特例措置を講ずるならばという話が出てきてからは、国立大学協会のなかは微妙に変化をしていったわけです。

●学長有志による動き--「有馬大臣の決定を白紙に戻せないか」

 このような文部省の大転換に当たって、学長有志が集まって情報交換、意見交換を行ってみてはどうかということが自然発生的に「この指とまれ」方式で湧き上がってきたため、学長研修会を発足させたわけです。私がお世話役をつとめさせていただきました。 そのときには、ほかにも荒波が来ていて、国家公務員の25%定員削減の問題も加えろということでありましたし、それから地方国立大学は比較的小規模の大学があるわけで、そうすると定削の問題から財政の問題、そういったことで共通の悩みがあったということで、地方国立大学の学長が集まって話をしようということになったわけです。

 第1回学長研修会は、平成12年2月に開催され28名が参加しました。討議の末「国立大学長有志の会から国大協会長への申し入れ」を行いました。その内容は、国大協の独法化問題への対応が非常に遅いという事実があったので、このまま座視すれば独法化を待つのみである。果たしてそれでいいのかということでありました。

 国大協では、すでに独法化問題に関する学長アンケートを実施していましたので、アンケート結果に基づいた国大協の正しい、かつ速やかな対応が必要ではないかということも申し入れたわけです。3名の学長が会長と懇談し、上記の点を要望しましたが、最大のポイントは、有馬文部大臣の大転換を白紙に戻せないかということでありました。

●自民党に呼ばれる

 第1回学長研修会の少し前ですが、私に、自民党政務調査会文教部会から、高等教育政策について議論を行なうため、特に国立大学の独法化について意見を開陳してほしい旨の要請がありました。それで学長研修会で皆さんのご意見をうかがってから意見開陳を行いました。3名の講演者はいずれも旧帝大以外の国立大学長でありました。1人10分ぐらいずつ話をしたあと質疑応答がありました。参加者は数名の文部大臣経験者を含めて40名ぐらいだったと思います。

 A学長は、通則法のままではないということを条件に賛成論をぶちました。「護送船団方式のために国際競争力が低下している。競争原理を取り入れるべきだ」という主張であったわけです。B学長は、「独法化はやむを得ないところもあるが、百年の大計が果たしてそれでいいか。悪くなったら、あなた方の責任ですよ」という趣旨の話をしました。会議の後で私が「先生、あんな考えだったら反対してくれたらよかったのに」と言いましたら、「いや、あの人たちの前ではできない」というような返事でした。基本的には中立の意見表明だったのでしょうか。私はもちろん独法化反対論をはっきり述べました。「日本の高等教育における地方国立大学の意義」という題で、国立大学の独法化は高等教育・学術研究の衰退とともに、国力の衰退をきたすので反対であるということを、はっきり申し上げました。有馬前文相からもいくつかの質問がありました。その1つは、「なぜ独法化が悪いのか。独法化すると自由にやれるのだから、鹿児島大学にノーベル賞受賞者を招へいすることもできるではないか」といった主旨でした。私は反論して、「ノーベル賞受賞者を招へいするには、相応の財政負担が必要となるので、相当な教官職などを犠牲にしなければならず、非現実的である」と述べましたが、理解してもらえなかったように思います。

●旧帝大には独法化の是非は訊かず

 実はその1週間前にも、旧帝大の総長3名が同じように文教部会に呼ばれて意見を述べていました。あとで記録を取り寄せて見てみますと、この時には、高等教育政策についての意見陳述が求められていましたが、独法化については全く意見を聞かれていないのです。われわれ3人だけに独法化についてどうかということで、旧帝大の総長には全く独法化についての質問もなければ、話題もされなかったと、こういうことのようであります。これは、注目すべき大きな問題であります。

 以上のことからわかったことは、国大協の学長の間にも、全く異なる考えがあったということです。これはもう皆さんにはっきりと認識していただきたいと思います。それからもう1つは、旧帝大総長には独法化についての意見を聞いていないということです。これは陰に隠れた大きな意図があったことを示しています。その後の流れを見ても、政治の世界にはこういうふうな極めてどろどろしたものがあるという感じを強く受けたのです。そういう意味から、われわれはよっぽどチェック機能を十分発揮させなければいけないのではないかということ、きょうのこのような会議は、そのチェック機能を果たす意味で大切な会であろうということを強調したいと思います。

●自民党政務調査会、文部大臣表明、「賢人会」をターゲットに

 次に、第2回の学長研修会を平成12年3月18日に開催しました。このときには43名の学長が要望書に賛同しました。なぜこのときにやったかというと、自民党政務調査会が提言を行おうという直前ぐらいだったんですね。それへの影響を考えたのです。要望書は「地方都市に位置する国立大学の在り方について」で、その内容は、地方国立大の国策としての育成を要望し、独法化では地方国立大が衰退するということを述べました。森山本部長、前の文部大臣ですね。それから麻生主査、このお二方にお送りしました。世話人の個人的な意見として、現制度よりすぐれた制度設計ができなければ、現行制度を存続させるべきことを加えました。なぜ私の個人的な意見を言ったかというと、43名の学長が要望書を起草する段になると、やはり温度差があるわけです。最初から独法化反対ときちんと入れたかったんですが、そうすると賛同者数が減ってくる。そうすると影響力が弱くなるだろうということで、私の個人意見として手紙を書いたのです。

 第3回研修会は平成12年5月21日に開催しました。このときは、5月26日に予定されていた学長会議で、文部省の方針が発表されるだろうと予測されていたのでそれへの対応が目的の一つでした。地方国立大学長研修会参加者32名で、「国立大学の法人化に対する意見表明」を中曽根文相と「今後の国立大学等の在り方に関する懇談会」(いわゆる賢人会)に提出しました。その内容は(1)設置形態の変更がまずありきというのはおかしいのではないか、(2)地方国立大学の役割の維持強化が必要である、(3)現状より後退する可能性のある制度設計は再考すべきであるということでした。これを提出するために文部大臣に会いに行ったんですが、会えずに、事務次官にお会いして、直接説明を致しました。賢人会にも提出致しました。

 (中略)

 学長研修会では、要望書提出などに賛同した学長は28名から43名であり、相当数の学長が独法化に批判的であったのです。

●「地域交流ネットワーク」の提唱

 学長研修会では、独法化問題に関連して、大学のあるべき姿についての議論も盛んになされました。大学人は教育研究そのものをどんなふうにやっていくべきか、社会が非常に大きく変動している。それに対してわれわれ大学人はきちんとこれに対応しているんだろうかといった問題提起がなされました。

 きょうは時間の関係でくわしくは申し上げませんが、例えば国会議員の方々との懇談会の際に出てきたのは、大学の教育研究、特に教育がきちんとなされているのかということでした。私どもは自らを振り返って、大学人のあるべき姿にあるのかということもまた、この学長研修会で話し合われたわけですね。

 その結果、現代が背負っている大学の課題を現実との接点で考えるべきではないかということで1つの提言を行うことにしました。それは教育研究を現場主義で行うということです。国立大学は高等教育・学術研究を行う組織として、時代の変化に対応していなければならない。大学は、お題目だけを唱えるのではなく、教育・研究のあるべき姿に基いた具体的方策を示すべきで、それにはやはり現場主義こそ大切ではないかということで、次のような「国立大学地域交流ネットワーク構築の提言」を行ったわけです。

 提言の第1は、地方国立大学と地域社会の間に、全面的で、根本的な交流関係を築き、両者の相互的、相乗的な活性化を図る。第2は、地方国立大学と地域社会との間の相互的、相乗的な活性化の関係を、全国規模で結合する国立大学地域交流ネットワークを構築し、日本の社会全体を支える。そしてこのネットワークは、協力原理によるものでなくてはならない。独法化されたのではそれぞれ競争原理が働き、秘密主義、孤立主義に陥るので、独法化はまずいのではないか。協力原理に基づく国立大学のネットワーク化であるべきである、という提言をまとめて、28名の学長名で、文部科学省へ提出しました。1ヶ月後には文部科学省のなかの記者クラブで会見し公表しました。たくさんの記者室の皆さんが参加し、注目を集めたのです。その後地域交流シンポジウムが2回盛会裡に開催されています。私のお隣に宇都宮大学の田原学長がおられますが、現在は先生がお世話役を引き受けておられます。

 以上、私達地方国立大学長研修会の活動について御話しいたしました。

●市場原理主義思想のバブル

 国会議員の方々や政財界の人たちとの懇談の中で感じたことは、それは大学人の場合もそうですが、時代の流れであります。それは何かというと、多くの人達が新自由主義の流れの中で市場原理主義という考えに一様に陥っている。みんなが1つの方向だけにしか向いていない。つまり思想バブルに陥ってしまっているのではないかということです。もういろんな人と話をしました。例えば国会議員の方々とは、十数枚の資料を用意して行って、1人につき数時間にわたって議論しました。マスコミの方々にも興味を持っていただいて、全国紙や地方紙の記者とも大いに弁じたわけでありますが、知識人として、あるいは知的なものが中心であるべき職業の人たちが、独自の考えをもたず多くの人々が新自由主義、それから市場競争原理、一定の方向に向かっている。そういうふうな印象を受けたのです。もちろん大方の政治家の方々の意見もそうであります。私は、バブルですから早晩これははじけるだろうと思っていますが、ソ連邦崩壊後の世界のなかにおいて、大きなこういう流れがあるということを、われわれはきちんと認識しなければならないと思います。今から先、こういう世紀の世界的潮流について、みんなで検討して、情報を共有していかなければいけないというのが重要課題の1つであると考えます。

●現場主義の教育研究を

 もう1つ感じたことを申し上げますと、この国立大学法人法の問題は、これで終わったわけではありません。歴史のなかの一コマであり、問題はこれから始まるわけです。問題は必ず出てくるはずです。大学人が、学問の本質に沿って理性の目でそれをきちんと見分けることができるかどうか。それから権力、暴力に対して、それをきちんと跳ね返せる力があるかどうか。そこでもって決まってくると思うわけです。そのためにはまず時代の流れ、現実をふまえた教育のありかた、教育哲学をしっかり確立しなければなりません。

 そこで先ほどの現場主義が出てくるわけですが、教育の上での現場主義。教育を巡る社会環境は時代とともに急速に変わりました。18才人口の50%もの人たちが大学に入ってくるので、そういう学生たちのモチベーションがない状態がある。ダブルスクールの問題がある。いろいろな問題がある。それをわれわれ、高等教育を行う者として何をやるべきか。そして実際に、お題目ではなくて、具体的に何をすればいいのか。今まではお題目ばかりだったと思うんです。私どもが提案したのは、大学の学生や教育、研究者が、社会の現場に行って、そこでもって問題をとらえ、解決する、モチベーションを高めるということです。考えてみると、学生は、大学で勉強していますが、実際身をもって問題に対処するのは社会に出てからです。社会に出て現場を経験するということは、彼らのモチベーションを高めることにもなるのです。

 大学人が国立大学法人制度の運用においてチェック機能を果たすためには、時代にふさわしいしっかりした高等教育、あるいは学術研究に対する哲学をもたなければならないと思います。

●分断に抗するネットワークを

 もう1つ大事なことは、独法化が今後だんだん具体的に進むことによって、いろんな問題が出てくる。それは大学、学部、学科によって、ケースバイケースで違ってくるわけです。そういうことを考えますと、お互いが問題を共有化することが大事だと思うんです。もし、仮に私が制度の管理者、支配者だとすると、各大学を分断して支配することが一番楽なわけです。分断して競争させて支配する。これはだれでもできるわけです。この国の高等教育制度とその運用は、意図した結果かどうかは別として、そういう方向にもう既に進みつつあるのです。

 それに対抗するには今日のこのような会議が重要です。豊島先生、小沢先生、辻下先生をはじめ、問題意識を持った人、意欲のある人、そしてしかも問題を世界的なレベルでとらえる、そういう核になる人、あるいはグループ、そういう人たちが、北は北海道から、南は沖縄、鹿児島に至るまで、いろんなところにそういう役割を果たす人達がいて、お互いにネットワークをつくる。それぞれ活性化した、そして高い立場からものを見る形でネットワークをつくって、それをリナックス型のようににどんどん育てあげ、皆さんにそれを自由に使っていただくことが必要ではないか。私も皆さんからの情報を利用させてもらっており感謝しています。

 そろそろ時間がまいりましたので終わりますが、私たちは忍耐を持って進まなければなりません。真理に基づく学問は、政治、経済の変動の中にあっても必ず勝つということを念頭にしっかり頑張っていく。その核になる方々がきょうお集まりになっているんじゃないかと思います。

 以上、独法化問題に関する活動の一端をご報告し、あわせて皆さんへのメッセージを述べさせて頂きました。ありがとうございました。(拍手)

【司会】 どうもありがとうございました。次にご発言をお願いしていた千葉大学の南塚前副学長、きょうは体調不良でお越しになれないということです。南塚さんは、『日本経済新聞』で独立法人化法案に対する批判の論陣を張られた方です。

 先ほど田中先生のお話のなかでお名前が上っていましたけれども、この間、宇都宮大学の学長として、この問題にかかわってこられた田原先生がいらしてますので、よろしければひと言ご発言をお願いできればと思います。

 田原博人氏(宇都宮大学学長)

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【田原】 宇都宮大学の田原です。ひと言というと、何をひと言と難しいですけれど、田中先生の話とオーバーラップしないような話で、ひと言付け加えさせてもらいたいと思っております。私自身は、まだ学長になってから2年もたっていません。マスコミの中にはすともう随分古くから学長やっているという感じのことを言う人がいますけれど、学長になってすぐいろいろ発言していたので、そういう印象を持たれたのかと思っています。 私は地方の小さい大学ですから、田中先生は理事だとかいろいろ、国大協の中枢にもかかっておられたかもしれませんが、私たちはどちらかと言ったら一般大学で、国大協の動きのなかで、総会等を通じて発言するしか機会がなかったんです。国大協についての皆さん方のここでの話を聞いて、ある意味で針のむしろに座るような感じでずっと聞き入っていたわけです。

議論の少ない国大協

 田中先生と私とは、半年くらいオーバーラップして、その間国立大学の在り方について田中先生の考え方には、非常にぼく自身一致するところがあるものですから、いろいろと先生とお会いしたり、お話ししたり機会が多かったんです。そういう意味で、田中先生の後任者のような感じで国大協の方々が思っていますけれど、恥じないように頑張っていかなきゃいけないかなというふうに思っております。

 ただ、国大協のこの間の動きですが、私が学長になって、もちろん法人化の方向が確定したなかでの学長ですから、そこを蒸し返すような発言はほとんどできませんでした。従って反対というか、反対運動を展開するというような状況のなかではなくて、要するに国立大学はなにも発言していないというふうにぼくには思われていたし、ましてや社会に対して、何も責任を取っていない、大学として。こういう理由で法人化になるんだという意見も聞いていないというようなことがありましたので、少なくとももう少し学長が意見を出し合いながら、どういう部分が反対で、どういう部分が賛成、あるいは今の制度のなかで、一体何ができて何ができなかったから法人化になったら何ができるんだというふうに、もっとものごとの分析をきちっとして、そのなかで法人化が本当にいいのかどうかというのを議論すべきであるんだということを思って、いろいろと発言をさせてもらったりはしているんですけど、何せ、非常に意見が少ないです。

 田中先生、それからまたさらには静岡大学の佐藤先生達が、辞められたということで、論客がどんどん少なくなり、それで余計目立つような状況になっているわけですけれど。ただ、じゃ孤立しているかというと、そうでもないんですね。発言したあと、懇親会等があると「田原先生の発言に賛成なんですよ」というふうに言われる学長もたくさんおられますので、賛成だったらなんで総会のときに発表してくれないんですかというふうに思うのですけれど、何かわからないのですが、要するにやっぱり発言をするというのが怖いのかどうかわかりません。

個人と学長の狭間で

 実は、そこが非常に大きな問題があって、学長、私もそうですけれど、例えば国会なんかで野党側の参考人はどうですかという話、私のところにいくつか来ました。いくら私でもちょっと、現職の学長が、野党側の代表でやるのはということでちょっとびびって、結局は出席はしませんでしたけれど。結局みんなといろいろ相談すると、何かやっぱり怖いんですね。何かそういう国の方針に反対をすると、しっぺ返しがあるんではないかというのが、ひょっとしたら幻想かもしれませんけど、強く抱く。周りも抱くんですね。従って、私は個人的ならいくらでも発言するんですけれど、学長という立場は大学を代表しておりますから、その大学にどういう被害が被るかというふうになると、不安があって、なかなか発言できない。ということで、多くの学長が発言をほとんどしないという状況は、共通的にはそういうことがあるのかなという気はしています。

 しかし、そう言ってもおられないので、話が冗長になってしまいますけれど、いろいろな段階でやらなきゃいけないと思います。ただ、そうは言いながら、ぼく自身がちょっと矛盾を感じているのは、法人化になると問題がありますよというふうに展開してきたんですね。実際法人化になってまずくなったら、学長でなかったら、それ見たことかというふうに言えるんですがね。ですけど学長となると、頑張らなきゃいけないですね。それで今以上に大学を発展しなきゃいけないんです。そうするとその意味では、それ見たことか、法人化になったために、非常に大学がよくなっているんではないかというふうに言われます。

 ぼくが学長になってすぐ、地域関係のいろいろな人たちと話をしたりします。その時期と、法人化になるというタイミングが合っているものですから。大学をどうしましょう、こうしましょうといろいろ話す。別にぼくは法人化になろうがなるまいが、全然関係なくやるべきことを言っているんですけれど、社会の受け取り方は、大学は法人化になるので、非常に頑張っているんだなというふうに理解されるんですね。

    (中略)

 しかし、失敗することはできませんので、いい形でどう進むかということについては、限られた任期のなかで頑張っていくしかないということがあります。ただそのときにいつもバランス感覚を失ってはいけないということです。こういう機会にも、本当は学長だって参加してもおかしくない。実際こういう会があるということを知っておられないからかもしれませんけど。私はよく知っている田中先生だとか、池内さんとか、いろいろおられますので、そういう意味も含めて参加させてもらいたいと思いました。こういうような席でのいろいろな考え方のなかで、大学の運営とか、あるいは国大協の今後の在り方とかに参考させていただき微力を尽くしてやっていきたいなと思っております。以上です。ありがとうございました。(拍手)

【イノウエ】 今のジレンマについてちょっと質問したいことがあるのですが?

東工大のイノウエと言いまして、辻下君とは随分長くつきあってはいるんですが、今の話で、そのジレンマのことですね。その部分というのは、実は多分、最後の戦艦大和の出撃、空気の支配という話がありましたが、そういう問題だと思うんですね。あるいは中野不二男という人がいて『カウラの突撃ラッバ』というやつを書いているんですね。同じパターンなんですね。結末はどうなるかというと、それについて早くからわかった人ほど早く殺されるんです。ただ『カウラの突撃ラッパ』のときは自殺させられる。それが日本の社会なんです。全然変わってないんです。今まで過去のそういう歴史を見る限り、このままいってつぶれるまでは、「どう生きるか、駄目かもしれない」ぐらい今は本当にひどいことだと僕は思っているんですね。

 それはなぜかというと、その大本をたどりますと、結局大学とは何かということも全部遡って(考え)なきゃいけない。例えば大学ってなぜ中世において認められたかというと、反対意見というものを温存していかないと、最終的には結局社会にとって損であるというものが、民衆を含めて、全部のなかに出てきたわけですね。それは多分スコラ哲学を通して、多分教会のなかで出てきた。日本では教会もないし、何もないし、みんな受け入れてやってきたんですね。そうするとこういう(社会からの必然性)の(部分)が非常に弱いわけで、例えば今言われたようなことが起こるということも、大正デモクラシーがなぜつぶれたかという(事柄とも)、みんな似ていると思うんですね。全然僕は変わってないと思うし、今唯一変わったのはインターネットだけです。だから要するに情報を密にする可能性があるというだけなんです。ほかのことは何も変わってない。全然変わってない、メンタリティーも変わってない、民主主義も何もできてない。その状態のときにどうするか。だから、私はもしその学長の立場だったら辞めますね、もう。ほかに方法がない。あとはいいものを残すためには、アメリカが嫌いであっても、(アメリカにでも送って)温存するために残しておく、そういう操作をして、ともかく被害を最小限に食い止めるための努力をどうしたらいいかということしか考えられない。今は遼源の火が燃えわたるようにずっといってるわけね。それを止めることは多分難しくて、絶対(発言すべき時でも)発言しないです。僕は大体もう、さっきお聞きした話、こんな活動ではかったるくてしょうがない。申し訳ないですけどね。これでは全然盛り上がらないし、すぐ駄目になるというふうに感じたぐらいで、帰ろうと思ったんだけど、辻下君の手前、ちょっと居ようと思って(たところ)、今話がでて、そういうジレンマってしょっちゅうあることだと思って、言わなきゃいけないと思って、あと言って、また帰っちゃおうと。どうも失礼。

【司会】 ほかにもいろいろご意見があろうかと思いますけれども、あとで討論の際に皆さんにご発言いただければというふうに思います。

 田中先生が紹介されてイニシアチブを取られた学長研修会というのは、毎回非常に膨大な資料集というか、それを作られて、それをもとに議論されたということで、実はぼくも報道を聞いて、手に入れて一生懸命勉強させていただきました。

 それでは引き続きまして、公立大ということで、実は国立大学法人法と同時に、先回の国会では、地方独立行政法人法というのが可決、成立いたしまして、これは公立大学も、地方独立行政法人のなかに入れることができる。そういう法的枠組みができて、それを前提として、現在公立大学の統廃合の問題と、それから法人化の問題が同時に表れてきて、しかもこれが、国立大学よりも相当スピードが早いわけです。とりわけて、きょう、お二方にご発言いただきますけれども、横浜市立大学では「あり方懇」というのが、廃校を含むという、そういう選択肢を提起して、3学部の統合案だとか、そういうのを出してきている。それから都立大学も現在の石原都政の下で、統廃合だけではなくて、意思決定システムや、あるいは学問体系や教育の在り方等含めて、相当、ある意味では乱暴な改革を進めようとしておりますので、これはある意味では、より国立大学より切迫して、すく目の前にある課題だというふうに思いますので、まず横浜市立大学の浮田さんのほうからご発言をお願いしたいと思います。

浮田徹嗣氏(横浜市立大学国際文化学部助教授,教員組合書記長)

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【浮田】横浜市大の浮田でございます。まず横浜市立大学の問題が起きてきた背景について説明をいたします。平成14年春、横浜市で新市長が就任し、民間でできることは民間で、というようなスローガンを掲げました。具体的に言いますと、保育所、それから市営バス、それから市営地下鉄、それから市立新港湾病院という病院、いくつもありますが、こういうものを民営化するということで、民営化に向けた私的諮問機関をつくり、市長の思惑に沿ったことを答申させています。その結果ですが、市営地下鉄が国から補助金を大量に受けていますので、結局民営化は断念せざるを得ない方向に向かっていますが、保育所、市営バス、その他、病院等が民営化の線で今進んでいます。

 そういう動きのなかで、平成14年6月に、今紹介がありましたが、横浜「市立大学の今後のあり方懇談会」という、市長の私的諮問機関が、個人名を出しますと、東京工業大学の橋爪先生が座長で、こういう機関が使われまして、その中間の答申で、横浜市立大学は1,140億円の赤字を抱えている。それから、全国的に見て下位グループの大学であるという理由で廃校か売却、場合によっては大胆な改革をするのが今後問われるというような中間報告が出ております。

 ただ、この中間報告については、例えば1140億円の赤字というふうに言いましても、75年間かかって大学病院を2つ作り、また最先端の研究施設を次々作ってきた、その費用が累積して1,140億円であって、資産価値を考えると決して赤字ではない。こういう指摘がかなり識者から出たり、また全国的に見て下位グループの大学というのは、これは多分、受験生向けの資料だと思うんですが、上位10%校のリストだけを載せている、そういう本がありまして、それは受験生の偏差値、それから教員の論文の被引用数、それからマスコミに取り上げられた教員数等々、そういう数値をデータ化しておりまして、これらの項目で上位10%校のリストに入っているんですね。それからセンターオブエクセレンスにも指定されておりまして、上位10%校のなかでは下位ではあるけれども、全国的に見て、下位グループの大学という指摘は当たっていないと。そういう指摘が有識者から出てきまして、最終的にこの「あり方懇談会」の答申が、平成15年2月22日に出たんですが、このときには廃校、あるいは売却という選択等を残しながらも、第1の選択肢としては、大胆な改革で生まれ変わる以外、存続はあり得ないという答申となっています。

 これを受け取って、今年5月7日、横浜市長が学校を改革するという改革宣言というのを全国に発表しまして、これを受けまして、学長が「あり方懇談会」の答申、それから地方独法化法案を念頭に改革を進めるという方針の見解を表明しております。

 その後、学内に「大学改革プラン策定委員会」というのがつくられ、また横浜市のなかに、横浜市に横浜市立大学改革推進本部が設置されました。学内の「大学改革プラン策定委員会」が、改革案を市に報告し、市からチェックを受けるというのを繰り返す形で、10月末には最終案が出るということになっています。それで8月末に横浜市に対する改革プランの案の報告が行われましたけれども、そのときには、先ほどもおっしゃっていただきましたが、うちの大学は2つキャンパスがありまして、片方は医学部と看護。それから片方は商学部、理学部、国際文化学部3つですが、その3学部を統合する。統合して、プラクティカルなリベラルアーツカレッジ化を図る。それから、横浜市が有するに値する地域貢献をする大学に変わる。教員は任期制にし、また年俸制にする。それから独立法人化を前提にするというような報告がされました。実際には公立大学の場合には、独法化するかどうかは、その地方自治体の判断でできますので、何も独法化する必要はないんですけれども、独法化を前提とするというような改革案が出ております。

 これは横浜市に報告されまして、横浜市総務局は教員の再就職という文言について質しまして、これに対して学長は、解雇ではなくて、解雇するという厳しさをもって臨みたい、という非常にあいまいな表現をして答えています。それから、財政局からは財政上の問題をどう考えるのかという問いがありまして、これに対して、学長は最低限いくらくらいという交付金をもらわないと、市民の信頼にこたえることはできないという点は出して 協力してほしい、という言い方で回答をしています。

 この際に、「あり方懇」の座長でありました橋爪氏も出席していたんですが、あとで経費削減を強く望んで、これに対して学長は、2つスクラップして1つビルドする。削減できるところを削減するというような回答をしています。

 横浜市立大学の改革案の現状について話をしたいと思います。問題点はまず、大学のあり方について、市長が私的諮問機関をつくって答申させ、その答申に従って大学を改革するように求めるということが起きている。これは教育基本法、学校教育法等を考えますと、法に抵触する暴挙と言えます。また独立行政法人化の際、教員の雇用が承継され、労働条件が守られることになっていますけれども、非常に微妙な表現なんですが、退職者の後任は採用しないとも取れる表現がされていたり、独立法人化に当たって担当科目を無くして分限免職を考えているというようなことを事務局で考えているという噂が流れたりしています。独法化の際には、これはしなければいけないと、法的な問題があるんですけれども、そういう法的な問題を無視して、生首を切る可能性を否定しきれないような経過で進んでいるというのが、横浜市大の現状です。

 それから、全教員を任期制にする、あるいは年俸制にする。これは労働条件の変更を前提とした改革案でありますので、そういう意味では独立行政法人化の際には、労働条件をどうすると、こういうふうになっていくといったことが全く検討されないままに改革案が進められていますから、それを考えますとこれも問題になると考えられます。

 さらに改革案の問題とは別の問題になりますけれども、既に昨年から教授会を無視して事務局は従来のやり方を変更し、新たな不都合が起きているというのが現状です。例えば事務室の、先ほど言いましたように、われわれのキャンパスには3つ学部がありまして、それぞれの学部に事務室があったんですが、3学部合同の、例えば教務に関する事務というのは3つの学部にそれぞれの教務の担当者がいましたけれども、3学部合同の教務の担当者がいる。事務局を統合し、事務職員を減らした分、教務に関する手続きが教員の仕事になってきているというんですね。あるいは学会出張を職免扱いにするとか、あるいは非常勤講師手当を一方的に減額するというような、このようなことを事務局が行っています。公立大学、というよりは、横浜市立大学の場合と言ったほうがいいかもしれませんけれども、常に設置者、つまり横浜市長とそれから横浜市長の命を受けた事務局主導で、対応が変わっていってしまうということが大変大きな問題であるというふうに認識しています。ですから、こういう問題に立ち向かっていかなければいけないというふうに考えています。

 基本的に改革をする、国立もそうだとは思いますけれども、何か大きな変化を起こすというときには、通常プラン・ドゥー・シーという、まず計画を立てて実行して、その結果がどうなったかというのを検討するのが、これは当然だと思いますけれども、さすが田原先生のほうから、頑張れば経営もうまくいくはずなんだというふうに言われますし、頑張らないで突っ走った場合に、じゃだれが責任を取るのか。多分、僕は、横浜市長がもともとが国会議員ですので、また国会に戻るから、大学改革をしたという実績をひっさげてというふうに考えているのだろうと思っていますが、市長が辞めたあと、その責任をだれが取るのかということをいつも疑問に思っております。

 簡単ですが、横浜市大の抱えている問題についてご報告を終わります。(拍手)

【司会】 先生、どうもありがとうございました。プラクティカルなリベラルアーツカレッジというのは、平沼経産相がこの間、内閣改造の前に「応用に直結する基礎研究」というふうに、それと似ているような感じですね。それから横浜市立大学については、市民の会のホームページが充実しておりますので、皆さんもぜひご覧いただければと思います。

 それでは引き続きまして、これもまた深刻な問題ですけれども、都立4大学の問題で、長谷川さんに報告をお願いしたいと思います。

長谷川宏氏(東京都立大学・短期大学教職員組合中央執行委員

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【長谷川】 都立大学の長谷川と申します、よろしくお願いします。このような一番表(おもて)が、「都立4大学の危機をめぐる諸問題」という資料を持参しましたので、もしお持ちでない方はこちらにまだあるかと思いますので、お受け取りください。

●──2003年8月までの経緯

 「都立4大学の危機をめぐる諸問題」というレジュメに従ってお話ししたいと思いますが、まず今年8月までの経緯を大体ご説明します。詳しい経緯はそこにありますように、都立4大学の統廃合をめぐる危機の現状という文書が以下のホームページにありますので、ご覧いただければと思います。ざっとレジュメに年表のように書いてありますが、99年に石原知事が当選したころから、都立に4つの大学があるんですか、これを統合再編して、改革するというような話が動き始めました。石原知事の、都立大なんか民間に売り飛ばせばいい、という恫喝発言があったり、その翌月にはスタンフォード大学のような大学をつくるという、よく1月でこんなに違うことが言えると思いますが、そういう発言があったりして、非常に改革の未来を暗示するようなことがあったわけです。このレジュメには入っていませんが、横浜市大と全く同じで、赤字がいくらあるというようなのが、外部監査によって出たりとか、そういうこともありました。

 2000年までは少なくとも都立大が主体的に改革案を作っていたんですが、それは都側に蹴られた格好になりまして、2001年2月から主語が東京都に変わっていますが、東京都が主導して、私たちと協議しながら改革案を作るという体制になりまして、2年あまりでずっと改革案を作ってきたわけです。それで、授業の時間をどうするかというような、細かい作業に入っていて、もうほとんどできあがっていたところだったわけですが、今年6月に大学管理本部長が首をすげ替えられました。大学管理本部長というのは、私たちの上の、役所の私たちを管理する部署の長ですが、首をすげ替えられました。これは悪い予兆なんじゃないかと、みんながうわさし合っていたわけですが、突然8月1日に石原知事が記者会見で「都立の新しい大学の構想について」を発表しました。

 レジュメに書いてありますように、プレス発表の1時間前に4大学の総長、学長がお役所に呼ばれまして、「これからこういうものを発表する」と言って、プレス発表資料を渡されました。それ以上の説明もないし、質問も受け付けないという形でした。ですから、学長、総長でさえ、プレス発表以上の情報は何もないという状況で、プレス発表はいきなり行われたわけです。

 その発表に当たって、石原知事は、あの方の暴言はあまりにも多いので、あまりインパクトがないかもしれませんが、「大学の先生と言っても人間で、人間というのは本質的に保守的だから、あーだこーだ嫌だとかヘチマだとか言うだろうが、そんな者はやめたらいいので……」と、われわれにひと言の相談もなく出てきた構想が、気に入らなければ辞めればいいとおっしゃるわけです。

●──「都立新大学構想」の発表とその後の検討過程の諸問題

 その内容と諸問題についてはセクション2でまとめてありますが、管理本部長がなぜ突然交代になったのかということなんですが、年表にありますように、石原知事は、これまでの日本にない全く新しい大学をつくるというのを公約の1つに掲げて再選されたわけです。その少しあとに、管理本部長が、ほぼできあがった改革案を石原知事のところに持っていったらしい。この辺はうわさなので、うわさとしてお聞きいただきたいんですが、それまでにあまり根回しを知事に対してしていなくて、いきなりほぼできあがった案を持っていったら、こんなものは駄目だといって、石原知事に蹴られて、蹴られただけではなくて、首を飛ばされてしまったと。新しい本部長が乗り込んできた。だから「ちゃぶ台をひっくり返す」という言葉が書いてありますが、そういううわさが流れていたんですが、そのとおりになったわけです。

 内容ですが、本当に全く新しい大学なのかというと、これは非常に疑問でありまして、正直に申し上げて、決してよく練られた案でないということが、一目見て明瞭な、大体1カ月とか2カ月、われわれが2年以上かけて練ってきたものをぶち壊して、1カ月とか2カ月で作ったわけですから、ろくなものであるはずもないんですが、都立大の人文・法・経・理・工を廃止して、「都市教養学部」という意味不明の学部1つに統合すると。「都市教養」というのは、多分「都市」というのと「教養」というのはずっとキーワードとして前からいろんなところで出ていたものなんですが、それをただくっつけただけのもので、どういう意味なのか私には全くわかりません。

 あと、新設がいくつかうたわれておりまして、「観光・ツーリズム」「メディア・アート」「産業系デザイン」と、一見目新しく見えるだけで、今までの都立大学の教育研究とは何のつながりもないものが、いきなりポンと思いつきのように出されている。あと、「単位バンク」「東京塾」なども、思いつきのようなアイデアで、教育の改革というよりは、むしろ改悪につながるのではないかと思われる、一見マスコミ受けしそうな目新しげなものがいくつかちりばめられているというだけで、全く中身のないお粗末なものであるわけです。

 それだけではなくて、プレス発表の資料には、「任期制・年俸制の導入。業績主義の徹底」という言葉が入っているんですが、これは具体的にどういう内容のことを考えているのか、全く今に至るまで説明がありません。こういう言葉というのは、労使協議事項ではないかと思われるんですが、組合の質問とかに対しても、管理本部は今まで誠意ある回答を全くしていません。中身はわからないんですが、とにかくそういうものがプレス発表の資料に躍っています。

 それでこの構想が出てからしばらくしまして、この構想を具体化するに当たって、協力を要請するというのが、管理本部からわれわれの大学の学部長クラスの方々へ来たわけですが、その協力を要請するに当たっては学部長として要請するのではないと。学部のことをよく知っている、レジュメの(d)の、【管理本部長発言骨子】という文章があるんですが、これに(d)の下から2行目ののところで「旧大学の資源に精通した方」。つまり学部の事情とかに詳しい方。だけど、学部長としてお願いするんではない。だからそれは裏を返せばどういうことかというと、学部に持ち帰って議論などしなくていいというか、むしろしてはいけないということなんですね。

 説明の順序がごちゃごちゃしますが、その(d)の下から2行目のですが、「基本構想に積極的に賛同し、かつ旧大学の資源に精通した方」を設計の協力にお願いするということで、学部長クラスに声が掛かったわけです。まず賛同せよと。賛同しない方には協力していただかなくて結構。だからここでまず踏み絵を踏ませるわけです。だから賛同しないんだったら協力しなくていい、その代わりどうなるかわかりませんよという、裏の恫喝があるわけです。学部長としてお願いしているんではないと言いながらも学部長の立場にある方々ですから、ここで断ったらどうなるかわからない。そうすると同意せざるを得ない。

 同意させて、同意書の念書のようなものを書かされるわけですが、しかもそこでの管理本部とのやりとりは、学部の構成員に対して守秘義務がある。学部の構成員に対して流してはいけない、そういう念書、約束を取らされたんだそうです。これも、それこそそれ自体が秘密なのかもしれませんが、漏れ聞こえてくる情報によりますと、そういうことになったわけです。ですから、学部長クラスの方を一本釣りして、イエスマンにさせる、反対とかをさせないということを念書によって確認して、しかも守秘義務を課して、学部内、大学内での議論はさせないという形で、お粗末な新構想の肉付けの作業に当たらせるわけです。

 順序が前後しましたが、この(d)のところで、この改革は「『大学の統合』や『新大学への移行』ではなく、4大学の廃止と新大学の設置」であると、そういうことを管理本部は言っているわけです。これは「NTT型 vs. 国鉄・JR型」ということが書かれていますが、こういうことがささやかれているわけですが、NTTというのは、電電公社から割合なめらかに移行したそうなんですが、それに対して国鉄・JRは、1回国鉄を廃止して、JRを作って、そこで採用するときに、国労組合を差別して、精算事業団に送ったりしたわけですが、その国鉄・JR型のことを都は考えているのではないかと、そういうことがだんだん明らかになってくるわけです。

 その下に書いてあるように、「4大学の廃止と新大学の設置は、設置者権限である」。この設置者という言葉も、東京都は2001年頃から大好きな言葉で、繰り返し、繰り返し私たちに使って洗脳するわけですが、設置しているのは都庁である。おまえらは設置されている立場に過ぎない。その「設置者責任の下で設計を行っていくので、旧4大学は新大学を設計する上でのひとつの資源に過ぎない」。だからおまえらを使いはするけれども、おまえらは反対意見を言ったり、そういう権限はないんだ。新大学をつくる権限は都庁にあるんだと、そういう高らかな宣言です。

 これは一本釣りされた学部長に対して、本部長が口頭で読み上げたそうなんですが、そういう事実も秘密なのかもしれませんが、そのあとでこの文書がごていねいに、プリントされたものが出てきたんです。私たちにもこの認識をきちんとしてもらいたいということかどうか知りませんが、その発言を印刷したものが回ってきたわけです。

 「他大学からも賛同されている」とありますが、これははっきりしないんですが、一部の解釈では大阪府立大学や横浜市立大学のことではないか。もちろん、一方的な改革に反対している良心的な方々のことを指すんではなくて、それぞれの大学で一方的な改革を進めているサイドから賛同されている。向こうは向こうでタッグを組んでいると、そういうことらしいです。

 その問題点をいくつか書いておきました。極度の「秘密主義」で事が進められているわけです。だから私も報告書をここでどこまで話していいのか、あとでその情報は、おまえどこから得たんだって、大学に帰って事務局長辺りに追及されるんじゃないかと、内心少しびくびくしています。この間は……、あんまり言わないほうがいいですね。ですからそういう守秘義務なんていうものをその大学の構成員に対して課して、議論を禁ずると。これは弁護士の方に相談したんですが、そういうものをもし課せられたとしたら、もしかしたらそれに反すれば罰せられる法的可能性というのも生じ得るものだそうです。だから非常に学部長、一本釣りされた方々は苦しい立場に置かれて、激やせしてしまった方がいたり、大変な苦労をされているんですが、全く議論しない、持ち返らないで、事を進めるというわけにも、それは事実上不可能ですし、かといっておおっぴらに議論すれば守秘義務違反になる。そういうような異常な状況で、事が進められているわけです。結果として、当然教授会の自治なんていうものは全く無力化、形骸化しているわけです。そういうトップの方のキャラクターを反映した恐怖政治が敷かれているわけで、非常にみんなびくびくしているわけです。だから、意見や批判ができにくい。

 私は8月1日に最初の構想が出たときに、頭に血が上って、思い切り批判するメールをそこらじゅうに、学内に流してしまったんですが、ふと気が付いてみると、そういうことをしているのは私ぐらいで、みんな怖いから黙って様子を見ているわけです。それで自主的沈黙という言葉がありますが、みんな最初黙って様子を見ている。それでどうも自分のセクションは安泰そうだということがだんだんわかってくると、あえて自主的に沈黙するというような傾向も見られるわけです。下手なことを言って、にらまれるよりは、どうも自分の村は安泰みたいだから、黙っていようという、もちろん表立って言う人はいませんが、そういうものを、学部や学科によってかなりトーンの温度差があるわけですが、その裏にはこういう自主的な沈黙というものがあるのではないかと私は感じています。ですから、前、学長の方々のお話で、分断し、競争させ、統治するというような話がありますが、まさにそれがうまくいっているというか、おらが村が安泰のところは黙ってしまう。そういうような状況が生まれつつあるのをちょっと心配しています。

 別の学長の方がおっしゃったように、反対するとしっぺ返しが怖いわけです。人文学部はリストラのターゲットになっているわけですが、人文学部はこの改革案に、学科なんかによっては温度差こそあれ、一番大学のなかでは反対してきたわけで、だからこそリストラのターゲットになったのだというようなうがった見方も大学内にはあるわけです。そういう非常に恐怖政治が敷かれている。そのなかで一本釣りした協力者に踏み絵を踏ませて、イエスマンになることを強要する、そういうようなことが行われているわけです。

 大学院も、都立大の大学院というのはかなり過去に研究者をたくさん輩出してきた実績があるわけですが、学部構想がかろうじてお粗末なものがあるだけで、大学院の構想は全く今のところ見えてこない。つくる気さえ、一時は危ぶまれていたわけです。つくるらしいという情報が、まだ非公式の情報ですが、すべては秘密の中ですから、つくるつもりはあるらしいという情報が流れてきてはいますが、どういうものになるか、今までよりいいものになる可能性は多分ないであろうと思います。特に人文系は。

 それから「観光ツーリズム」とかそういう、なんていうか、メディア受けを狙った新設学科をつくる手前上、でももちろん、全体として増員する気なんかさらさらないわけですから、どこかでリストラしなきゃならないわけですが、そのターゲットが人文の、特に文学系です。私は言語学をやっていて、英文科に所属しているんですが、まさに文学系がターゲットになって、7月31日までの改革案では、人文学部は、今百何十名いるのを、100名ちょっとに削減するという案だったんですが、それが一気に定員64名に削減するという、ものすごいことになっています。これももしかしたら秘密かもしれませんが、どこまでが秘密だか、すべてが秘密の中なのですが、そういうものすごい話になっていまして、ですから大量の定数外の方が出るということで、この方々の雇用がどうなるのかもよくわからないという状況です。

●──最近の動き

 最新の動きとしては、資料をいろいろつけておきましたが、総長が重い腰を上げて反対声明のようなものを出したりもしていますし、人文学部などの抗議声明も出されています。それからきのう辺りから、1人1人の教員に対して、「おまえはここへ行け」という配置の内示があります。私はまだもらっていませんが。内示に当たって、また同意書に署名させられるという、踏み絵を踏まされるというようなことも生じているということです。私のところにはまだ来ていませんが。

●──さまざまな取り組み

 取り組みとしては、資料としておつけしました意見広告であるとか、あと顧問弁護士に相談して、自由法曹団という弁護士さんの団体にプロジェクトを立ち上げていただいて、場合によってはILOに提訴することも視野に入れています。

 それから都議会へ要請をしたり、それからあと、資料をつけておきましたが、これは横浜市立大学の取り組みにならったんですが、都立大の中以外の方々が中心になって、シンポジウムを立ち上げてくださいまして、明日行われる予定ですので、ぜひ皆さんもご都合がつく方はご参加およびご参加の呼びかけをお願いします。

 それから、新大学憲章というようなものを制定したりとか、そのような試みもしていますが、最近厳しい状況です。

 時間が過ぎて、すみませんでした。(拍手)

【司会】 どうもありがとうございました。それではだいぶ時間も押してまいりましたけれども、大学改革の問題というのは、これは日本だけの問題ではなくて、世界的に大学の持つ意味とか位置づけというのは、さまざまな形で変えていこうという動きがあるわけです。本日は韓国から、韓国の国立大学運営に関する特別法という高等教育政策という全体にかかわる問題が今、中心的に議論されているということで、韓国教授労組の朴巨用(パク・コヨン)先生にお越しいただいていますので、ご発言いただければと思います。通訳の方をはさんでお願いするということですので、よろしくお願いします。

【朴】(校正未了。レジュメを参照下さい。

【司会】 どうもありがとうございました。セッションの時間はもう予定なんですけれども、一、二質問を受け付けますか。じゃ、あと3、4分だけ、この第2のセッションについてのご質問があれば、お出しください。

【イノウエ】 この反対というのは、具体的に何を、どういうことをすると蹴られるかという、そういうことがわからないと何もできないです。あと、改革のときに、それは不当なものがあるなら、こことここが悪いから、こことここを変えたら、こことここがこうなる。これは通常の契約と同じです。何を話して進めているのですか。

【――】 今のご報告とこの会では同じなんですけど、両方ちょっと答えていただきたいですがね。こういうプランを一体だれが作っているのかって、教えてほしいことなんですが。

【豊島】 すみません、マイクを通してください。録音していますので。

【――】 要するに、一体どの程度のグループが、どの程度練ってこういうプランを作ってきているのか。わかる範囲で教えてほしいというのが率直なところなんですよ。つまり、ほとんど論理的に破綻しているという、初めからね、都市教養学部とか、そんなものが学問として成り立つのかどうかと言ったら、成り立たないだろうとだれも思うわけですよ。だけど、臆面もなくそういうものを出してくるという、これが一体まじめにどの程度考えて出してきているのか。その辺のことを教えてほしい。つまり逆に言うと、こういう荒唐無稽なものに、逆に、さっきの同意書で、再設計に参加しますというやつがありますけれども、こういう荒唐無稽なのを、つまり弥縫策、教員を参加させることによって、なんとか弥縫していこうという、こういうやり方ではないかと思うんですね。その辺で一体、この問題、なんて言うんだろう、本当にこの路線でいけるものなのか、どうなのかというところから確認していかないと、対応の仕方というのが出てこないと思うんで、その辺もちょっとわからないので教えていただきたいと。

【浮田】 われわれの大学も非常によく似た学部運営になっておりまして、この国際教養学府という名称になるだろうというふうに、今考えられているんですが、われわれのところも秘密主義で、箝口令が敷かれていて、だれが、どこで、どういうふうに案を作っているのか、そういうのが全然わからない状態なんです。それで、案ができた段階で、大学の評議会に示されますけれども、評議会で意見を述べても、その意見は聞いておくと。ただ意見は聞いておくだけで、別にその意見に対して、何らかの意見を反映していくというか、そういうことは全く行われておりません。また教員提案としての対応としては、箝口令が敷かれているためにだれが改革案を作っているのかわかりませんけれども、教員のほうでまとまって対案となるような別の選択案を作るといった対応はしていますが、あるいは、先ほども指摘しましたけれども、法に触れるような改革案ですので、都立大学と同様に、弁護士と相談しながら、場合によっては法律的な対応をすることも考えています。ただ、実際にまだ最終的にどうなるか、向こうが示してこないうちに、法律闘争するわけにもいかないし、実際に首切りが起きてから法的な方向に向かっても、JRと同じように、10年かかってしまったりします。その辺で、どういうふうに運動を、改革というか、改悪ですが、改悪に対する運動をしていったらいいか、模索している途中です。よろしいでしょうか。

【イノウエ】 全然向こうの話ちょっと。満州事変の時と同じなんです。どんどん進めて、しょうがない、しょうがない、しょうがないと言って、結局自滅するまでいくというスタイルのまましか、何も今のところそれ以上何も言われてないし。だから例えば満州事変の時だって、例えば石油が何ガロンこうだからこうだとか、そういう感じの数量的なものを何も言ってないんですよ。感情的なことばっかり、あいつのまずいとか、いくら言っても、全然それ、主観だけでしょう。だから、例えば、今横浜市内では何%の人がこの職員組合なるものにいて、対抗馬として存在しているとか、そういうことが何もわからないと、単に感情的だけで言っているだけで、何も先に進まないような気が僕はするんですけどね。だからそういうことはもちろん、把握されているとは思うんですけども、だけど具体的に、ここまでやって駄目だったと、要するにそういうことを科学的な手法というのが何も取られていないような気がしてしょうがないんだなー。だから、そういうのは、これは聞いているほうがだんだん形勢が悪くなれば元気なくなるよね。それで今、その道をまっしぐらという気がしてしょうがないんですね。やってもやったことにならないんですね。

 それが、その力関係によって、例えば言葉遣いだって難しいですよ。例えば話を聞いているんじゃなくて、(話を聞く気がない統治側にガス抜きで)話させられるだけなんです。だから聞いてないんです、あれは。最初から話をさせているだけであって、聞こうなんて耳を持ってないんです。だからそういうときには、そういう耳を持ってないという表現をしなきゃいけないわけ。(それを第3者に)聞かせるとかね、なにしろいつも(統治側にもっともらしく)話されているから、そういうことをはっきり言わないと、絶対に通じないです。日本語というのは非常にそこら辺があいまいな言葉で、まあまあ、まあまあでうまくいくようにできている言葉ですから、いかないときには全然機能しないんです。それを余程気をつけないと、何も多分できないんじゃないかな。僕はつくづくそう思って、今聞いてるんです。

 結局、何か各自が自分ができること何をやるか、これに関してどうするか。例えばこの鹿児島大学だったら、もっと地方に密着しているから、鹿児島大学の周りの人が、その鹿児島大学がそんなふうになるのはまずいとかいう意見が、自然に起こってくる。なんかそういうふうになってない限り、存続意義がないわけですね、現実の問題として。多分、教育制度でそういうこといくらでも言えるし、いくらでもできるんだけど、具体的に(人々が)それを良くないという状態にするかということが今問題なんですね。だから、なんか知らないけど、ぼくも別に妙案があるんじゃないんだけれども、聞いている限り、何も進歩してないという気がして、恥ずかしくてしょうがないんですね。ほんとに残念なんです。

【司会】 都立大学の長谷川先生どうぞ。

【長谷川】 やはり、ある意味で横浜市大と全く同じで、とにかく徹底した秘密主義ですから、私たちは、8月1日のプレス発表以上の情報を、公式にはほとんど持ってないんです。だからきょう皆さんがお持ちになった情報は、都立大の教員が公式に持っている情報よりはずっと多い情報で、実はこんなもの、本当は出しちゃいけなかったのかもしれないですが、こういう同意書が回っているとか、これもその同意書にサインした人には渡されているんですが、こんな細かい、あまり細かくないんですが、8月1日より少し細かい構想がお配りしてありますが、あまりこのままどこかに載せたりしないでいただきたいんですが、私に何か弾圧が及ぶかもしれませんので(笑)。これは公式にはまだ、都立大の全教員には届いていない情報です。ですから8月1日のプレス発表以上の情報は、私たちは公式には何もない状況で、こういう情報があると言って闘おうとすると、それはどこから来たんだ。学部長は一本釣りして、作業をやっているけど、守秘義務があるはずだと。その情報はどこから来たんだということになりかねないわけですね。そういうひどい状況の下で闘わざるを得ないということです。

 私たちの場合は、一応7月31日まで、2000年までは自主的な改革案を作っていたんですが、それが2001年以降、都庁の主導になって、私たちとしては不満があるんですが、7月31日まで作ってきた改革案というものがあって、そこに立ち戻るべきだというのが一応基本的な立場ですが、ただそれは、トップに立つ方の性格などを考えると、非現実的であるというような意見もありまして、全学一丸となって、この8月1日以降のことを全部ひっくり返すというふうな運動に持っていけるかどうか、なかなか、取りあえずおらが村が安泰のようだから、このまま黙っていようというような方もいらっしゃる感じで、全学挙げて闘っていくのは、なかなか難しいなとは思っていますが、そのレジュメに書いたような取り組みを、微力ながらしてはいきます。ということでよろしいでしょうか。

【司会】 これ、複数の人は持っているんですね。

【長谷川】 だから、もう同意書にサインした人は持っていると思います。私はまだこれ来てないんで。

【司会】 いやいや、複数の人が持っているものは、もう出しても大丈夫です(笑)。という線で、情報はオープンにしていかないといけないので。

 まだまだいろいろ論点があると思いますし、それから韓国の朴先生のお話のなかにも、われわれと非常に類似の問題というのが浮き彫りにされていたと思いますので、それは後ほど総合討論のときに今一度立ち戻って議論したいと思います。

 ちょっと押しておりますけれども、35分ぐらいまで休憩でいいですか。よろしいですか。はい、じゃ7分ほど休憩時間を取ります。

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