大学審「中間まとめ」とこれへの対処について
([reform:986]に加筆してver.1.2とします)


佐賀大学 豊島耕一


 九州大学の矢原氏が[reform:985]で大学審の「中間まとめ」の批判を展開されています.私は,この文書の各論は避けて,違った角度と焦点距離でこの問題を考えてみたいと思います.
 矢原氏のコメントは多くの論点において「まとめ」の問題点を的確に突いていると思います.一つだけコメントすれば,「『大学院重点化』なる理想論のおかげで、定員増なしの大学院生増が実施され、大学院は悲鳴をあげている」とありますが,この問題では大学側の責任も大きいと思います.この政策は法律によって大学に強制されたわけではなく,大学からの「概算要求」によるものだからです.「実態は文部省の圧力」などという声がすぐに聞こえてきそうですが,そういう言い訳は世間には通用しません.それでは官と学との責任のなすりあい --- 薬害エイズ事件での厚生省と学者の間で演じられた --- を繰り返すことになるからです.大学が文部省の言いなりになった結果今日の事態があるとすれば,それは言いなりになった大学の方が悪いのです.
 では本論にはいります.私の立場は,憲法,教育基本法を(50年経ったからといって)「古い」とは思わない立場であり,この考えを共有する方々を「われわれ」と呼ぶことにします.

1. 大学審の「課題探求能力」に疑問

 大学審の「中間まとめ」は,高等教育の大きな目標として「課題探求能力の育成」を挙げているが(課題 "設定" 能力の意味で使われている),しかしこの文書自体が大学審自身の「課題探求能力」に疑問を抱かせるものとなっている.総論において肝心なことは,まず最も重要な課題を見つけ,それらに優先順位を付けることである(いわゆるアジェンダ・セッティング).「中間まとめ」は,今日の大学のかかえる重要な問題を(おそらく意図的に)見逃しており,これに批判を加える場合もこのことに触れなければ「相手の土俵で相撲を取る」だけに終わる.その「重要な課題」とは,審議会ではおそらく触れることが難しい問題,すなわち文部省自身による官僚支配とこれへの大学の迎合という現実である.「多忙化」や一般教育解体などの問題現象の多くがこれを共通の原因としている.

2. 「大学審への意見の反映」を中心にするのはあやまり

 批判や対抗案の提示において重要なことがもう一つある.それは,この問題での意見や批判を表明する手段として,あるいは大学問題への対処の戦略として,「大学審への意見の反映」をその中心に据える(例えば全大教18回大会3号追加議案)というのは全く誤っているということだ.そもそも大学審は文部省の一部にすぎない.国立大学と文部省とはいずれもそれぞれの「設置法」に根拠を持つ機関であり,「国会の前に平等」である.にもかかわらず国立大学の意見表明の「主要なルート」が文部省の一機関を通じるものと考えるのは愚かなことだ.国立大学は直接国民に,そして関連する法律を審議するであろう国会に対して意見表明をしなければならない.
 このような,国立大学が文部省の下部組織であるかのように見なす,「法の支配」を無視するような官僚による非公式的な権力行使と大学のそれへの迎合こそが「グローバルスタンダード」からひどく逸脱しており,まずこれを是正することが大事である.つまり「大学審」という「権威」によって大学の世論を支配するというやりかたそのものを見直さなければならない.特に国大協の会長自身がこの委員会に特別委員として加わるということがおかしい.国大協は「中間まとめ」に対して意見をまとめるらしいが,答申作成にかかわった人間を長とする組織がどうしてそれに批判的な意見を言えるだろうか.このような会長の行動には「けじめ」というものが全く感じられない.本当のところは,国大協には意見を一つにまとめて審議会にぶつけようという意志など全くなく,各大学からの意見を単にホチキスで綴じることしか考えていないのだろう.だとすれば会長の行動も不思議ではない.(「独立行政法人化」の際には,文部省の指導のもと,議論もなしに迅速に「反対」で意見をまとめられたのに,今回はそのような指導がないためまとめることなど出来ないということだろうか.)
 このような非公式の支配が可能なのは,文部省の作る法案に対して国会はほとんどそれを鵜呑みにするだけで実質的な審議をしないという実態があるからであり,またそれをわれわれが知っているからなのだが,しかし学者というものは「第一原理」にこだわることに値打ちがあるはずだ.

3. 「第二大学審議会」が必要

 ではわれわれの意見表明の戦略は何か.それは各大学や教授会で批判をすること,出来れば首尾一貫した対抗案を示すことである.しかし相手が「全国区」であるから,世論に効果的にアピールするための戦略の中心は,大学関係者自身が組織するいわば「第二大学審議会」を作ることである.そして「第一大学審」の答申が出るころには少なくとも「中間まとめ」が出せるくらいのスケジュールを組まなければならない.複数の提案が世論の前に示されなければ議論の起こりようがないのである.反対論,批判論だけではどうしても分が悪い.科学者会議や組合などはこの「第二審議会」設立の方向で動いていただきたい.
 このようなアイデアはもちろん私のオリジナルではなく,すでに何年も前から言われていることである.例えば,喜多村和之氏の「高等教育の比較的考察」(多摩川大学出版部,1986年)の巻末に,大学審議会は政府・文部省が主導するものであると分析し,これに対抗する「全国の高等教育機関を糾合した連合体の結成は,緊急かつ不可欠の課題」だとしている.

4. 対抗案のためのアジェンダ

 それでは今日大学にとって重要な問題とは何か,すなわち検討すべきアジェンダを示さなければならない.かつて同じような提案(注1)をしたが,改めて簡潔にまとめ直すことにする.

a. 官僚支配からの離脱,国会に委員会を
 幹部事務職員の人事権を大学が持たなければならない.「事務局長天下り制」はまったくおかしい.教員と事務職員全体で「大学」であり,事務部門は文部省へ,という「アウトソーシング」など聞いたことがない.また幅広い予算管理権を持つこと.
 大学運営における「トップダウン方式」への当然の批判が行われているが,もう一段階マクロなトップダウン,つまり行政→大学という支配が最大の問題である.前者はとにもかくにも大学自治の運用の形態に関する議論だが,後者は国家による教育の支配という,教育基本法に抵触しやすい問題を含んでいるからである.
 国家による支配でも官僚による支配よりましである.国会の中に,大学関係者などからの公平な選出による大学問題を研究する委員会を作り,大学審による大学問題の「独占販売」を排除する必要がある.

b. 国民が大学をチェックする分権型のシステム
 教育委員会に相当する,納税者の意見を反映するが行政からは相対的に独立した「大学委員会」(注2)を創設すること.「大学自治」と言っても国立大学の場合では「公務員」であるため「公務員の自治」という矛盾した要素を持つことになる.行政機関ではなく教育機関であるという特殊性はあるにせよ,「自治」が無制限であるはずはない.これを償い,かつ中央の行政権力の直接的な支配という教育基本法に反する形態を避けるには,地方分権的な機関が適当だろう.
 この種の「審議会」にしばしば見られる,有力者や名士が「識者」としてその座席の大半を占めるというならわしを否定し,すべての市民がその関心と知識,経験にもとづいて対等に参加出来ることが重要だ.有名人などにはすでにマスコミなどによる発言の機会がいくらも与えられているのである.「しろうと」の参加も重要.
 これは,いわゆる「ガウンとタウンの争い」の公式の場を提供することでもある.
 国からの支配は国会のみに認められ,文部省には認められていない(文部省設置法第六条2項).

c. 大学教員の無条件の言論の自由,政治的自由
 メディアによって「嘘」が大量にまき散らされる(注3)今日の社会における知識人の社会的な役割は,なによりもその専門知識に依拠し政府やあらゆる権力から独立して,社会的な問題に関して正直な見解を国民に不断に提供すること,あるいは問題が存在するということ自体を知らせることである.その知識人グループの重要な一角をしめる国立大学の教員が,人事院規則14-7によって大幅に言論の自由を奪われている.これまた「グローバルスタンダード」違反である.これを撤廃することは緊急の課題である.詳しくは「国家公務員の政治活動の制限・禁止について」(注4)を参照して頂きたい.諫早湾干拓の問題で土木関係の研究者の何人が意見を述べただろうか.学会として意見を述べることが困難なほど難しい問題だったのか.あるいはまた,「新学力観」に基づいて生徒の全人格までが評価の対象とされるという異常な事態に対し,教育学部の教員の何人が,あるいはいくつの教授会が警告を発しただろうか.ドイツで「通貨統合」に反対する大学教員が裁判を起こすようなことは,日本ではこの人事院規則によって困難であろう.

d. 自治(管理運営)のシステムの工夫
教授会の形式化などの大学審の指摘は当たっていることも多い

e. 人事政策
「任期制もやむを得ない」と思わせないような,すぐれた採用・昇任のシステム.

f. 学生参加および意見表明権の支持による学生の権利確立
「子どもの権利条約」の批准を契機に高校までの学校で生徒の権利の見直しがされているが,すでに「市民」である学生が大学において,授業や大学運営に関して無権利状態にあるのはまさに「グローバルスタンダード」に著しく反する.

g. 人員・予算問題
教員対支援職員の比率を下げること.予算管理を大学に任せること.

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(注1)[reform:604],[reform:605]「大学問題の所在と改善策」を参照下さい.
http://edugeo.miyazaki-u.ac.jp/reform/r604-605.html または
../UniversityIssues/r604-605.html


(注2)講座 日本の大学改革(青木書店,1982年)8章 現代における大学の自治と学問の自由(渡辺洋三) 第2節の「大学委員会」のアイデアをもとにしました.

(注3) メディアのウソ主なものは「真っ赤なウソ」ではなくて,問題の優先順位に関するものである.メディアが伝える個々のニュースの内容自体にウソがなくても,重要な問題・事件を報道していないとしたら,それは社会の現実を歪めて伝えていることになる.


(注4)「国家公務員の政治活動の制限・禁止について」を参照下さい.
../UniversityIssues/PoliticalActivities.html
(1998年8月5日)