「全大教」99年6月10日号(120号)に掲載
佐賀大学理工学部教授 豊島耕一
全国の例にもれず佐賀大学も96年に教養部を廃止し,教養教育は全学の教員で実施することとなった.これに先立って教育課程の変更は94年度の「全学教育センター」の発足に遡る.したがって「新カリキュラム」の第一世代はこの4月で社会人2年目を迎えることになる.
改革の内容は他の大学と目立った違いはない.学部進学の制度は廃止された.また,「人文・社会・自然」の科目区分に変わって,教養教育の授業は6つの「分野」に区分され,それぞれの分野は「部会」という教員グループが責任を持つ.従来の保健体育,語学のためにもそれぞれ部会が設立され,また新たに情報教育のための部会も作られた.これらを総称して「全学教育」と呼んでいる.教養教育の単位数は36単位から22〜26単位(学部・学科で異なる)に圧縮された.
改革によって期待されたものは,教育面では,早期に専門教育が開始できる,履修時期や科目選択においてより学生の自由が尊重される,授業のバラエティーが増える,「全学出動」と単位減によって「マスプロ」授業を解消できる,などであり,教員側のメリットとしては,全員が分担することによって連帯感が生まれ,専門対教養という「対立」がなくなる,といったことである.
これと表裏一体のデメリットや,他の改革の方法などが私も含む反対派によって主張されたが,今やメリット引き出すような努力がわれわれの義務となっている.私自身,新制度の運営の責任者の一人である.
授業科目名の「多様さ」の問題は,この欄の「その8」で指摘された名古屋大学の問題と共通する.なにしろ当初は,全教員へのアンケートにめいめいが好きなように自分の授業に名前を付けたが,それがそのままカリキュラム表になってしまうような部分もあったのである.その後かなり整理が進んだが,それでも,同じ授業科目で担当者が違うものの単位を認めるかどうかなど,いろいろな問題やわかりにくさを残している.
全学の教員で平等に分担するという目標は,教養教育科目に関しては実現されており,旧教養部メンバーによる授業はすでに少数である.教養教育科目の授業の数は10年前の88年の1学期の105に対して98年では107と,単位数の削減とは逆に増えており,また担当者の数も46名から90名へと倍加している.同じくクラス当たりの平均人数は118人に対し89人とかなり減少し,さらに「フレッシュマンセミナー」という全クラス原則少人数の授業も含めて平均すれば70人となり,相当な改善と言えよう.
担当者の増加は反面,全体の運営に関しては一人一人の責任意識の希薄化をもたらすおそれがある.「責任部局」の解消がこれを加速する.(責任部局の代わりに教授会並みの規模の「協議会」が運営に当たっているが,任期2年のため入れ替わりが多く委員会的な色彩が強い.)このようなことも一因となっていくつかあった「総合科目」の多くが休眠している.また,カリキュラムの見直しは「部会」単位に限られており,全体を恒常的に見直すシステムはまだ作られておらず,これからの課題である.さらに,圧縮された単位数をもう一度増やすこと,つまり専門教育とのバランスの是正も視野に入れるべきだろう.
教員組織の面では,いわば異業種間交流の場であった教養部というそれこそ”特色ある”部局がなくなったことは大学にとって損失だと思う.講座制でなくメンバーが互いに対等平等であるというのも専門学部には見られない良さであった.教養部のままでも現在に近い改革は可能であったはずだが,なぜかその可能性の検討はなされなかった.
どのような制度を選ぶかという問題は多かれ少なかれ「一長一短」という性質のものであろう.私には教養部廃止というこの改革の中味もさることながら,問題はむしろそのプロセスや手法の方に含まれていたように思われる.個々の大学によって違うかもしれないが,私の受けた一般的な印象は,公平で冷静な議論の結果と言うより,「教養部解体は文部省の意向であり不可避だ」とのいわば文部省従属思想にリードされて行われたということである.これは大学にとって一種の心理戦の試練であったが,大学はこれに全く無力であることを露呈したのである.意図的に計画されたものか,それとも文部省と大学の間の相互作用による「カオス」的現象の結末なのかは分からないが,いずれにせよ国立大学の示した権力への従順さや「横並び主義」は明らかに後遺症として今まさに大学を蝕んでいるように思われる.すなわち任期制法,そして今回の「新大管法」への大学の無抵抗の予行演習ではなかったか.今日この「改革」への科学者運動や組合運動の対応についての検証が可能な時期に来ている.つまり総括が,いま風に言えば「自己点検・評価」が大学関係者全体に,そして全大教にも求められている.(著者ホームページはpegasus.phys.saga-u.ac.jp)