日本物理学会59会年次大会(04年3月,九州大学)27pYB 「物理と社会シンポジウム」で配布
佐賀大学教職員有志声明 「自衛隊のイラク派遣に反対する」も同時に配布

社会的問題と教授会

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佐賀大学理工学部 豊島耕一
http://pegasus.phys.saga-u.ac.jp

 大学の教授会には固有の「審議事項」というのが決まっており,このためほとんどの人は,例えばイラク派兵問題や有事法問題を議論するなどと言うことはあり得ないと考えているようだ.しかしどのような団体であれ団体としての「意見表明」は有り得ることで,何に対してそれを行うかは,その団体の性格をベースに,その構成員の総意によって決められる.

 大学の教授会がどのような性格を持ち,社会のどのような問題について発言すべきかについては,ユネスコの文書がその指針を与えている.98年の高等教育世界宣言は,「高等教育機関」は「ある種の学術的権威を行使することによって、倫理的、文化的および社会的問題について完全に独立に、そしてその責任を十分に自覚して発言する機会を与えられ」るべきである,と述べている.個人だけでなく機関にそのような役割を求めていることに注目しなければならない.

 しかし現実には,このような「政治的」問題はもちろん,大学みずからの運命に関わることですら,教授会が意見表明をすることがほとんどなかった.国立大学の独法化に対して,これに何らかの意見を表明した教授会は数えるほどしかない.

 このような教授会や大学の状態は,今日さかんに喧伝される「社会貢献」への姿勢とは全く正反対である.なぜなら,大学にとって「学問の自由」や平和に貢献することよりも重要な「社会貢献」があるとは思えないからである.

 このような状況を少しでも変えようとしてこの数年間所属の教授会でのささやかな試みをしたが,それについて紹介したい.

1)独法化問題と米のイラク攻撃反対

03年2月18日の教授会に,2名連名で次の二つの決議案を提案した.何れも議論はなされたが,採択はされなかった.

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決議案1

次のようなメッセージを国大協と学長に送る.

本年1月に文部科学省から国大協に渡された「国立大学法人法案の概要」によると,「国立大学法人」は独立行政法人通則法による法人化と本質的に変わらないものとなる疑いがある.国大協は正式の法案の提出を待って,全教職員による詳細な検討を組織すべきである.あいまいな情報によってこれへの賛否を表明すべきではない.

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決議案2

次のようなメッセージを総理大臣と外務大臣に送る.

アメリカがイラクに対して計画している戦争は明らかに先制攻撃であり,国際法に合致するものとはとうてい考えられない.戦争は科学技術の悪用の最大・最悪のものであり,その研究に携わるものの社会的責任を自覚する立場から,私たちは貴下が戦争の防止のためにに最大限の努力をされるよう要請する.

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(付録)

決議案2が審議事項となりうる根拠

日本学術会議「戦争のための科学に従わない声明」,1950年
../UniversityIssues/scjd1950.html

ユネスコ高等教育世界宣言(98年)第二条,「倫理的役割」の項
../UniversityIssues/AGENDA21.htm#Anchor21276578

 以下はその抜粋

「高等教育機関」は「ある種の学術的権威を行使することによって、倫理的、文化的および社会的問題について完全に独立に、そしてその責任を十分に自覚して発言する機会を与えられ」るべきである. 

「UNESCO憲章にうたわれているように、平和、正義、自由、平等および連帯を含む普遍的に受け入れられている価値を擁護し積極的に普及するために、知的能力およびその道徳的名声を行使」すべきである. 

2)イラクへの自衛隊派遣問題

 04年1月13日の教授会への提案.

 席上,あらかじめ佐賀大学教職員有志による「自衛隊のイラク派遣に反対する」と題した声明(有志声明)を配布した.
http://www.geocities.jp/chikushijiro2002/seimei0312.html

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意見書(案)

 イラクへの自衛隊派遣は,隊員の生命の危険はもちろん,武器を携行する以上,イラク人の殺傷につながる恐れがある.さらに,このような形での日本の関与は,復興とは逆にイラクの情勢をさらに複雑にすることが懸念される.

 憲法を擁護する立場から,また科学研究と教育に携わる者の平和に貢献する責任にもとづいて,政府に次のことを要請する.

 1.自衛隊のイラク派遣を中止すること.

 2.イラク復興支援は,十分な安全確保を前提に,文民により行うこと.

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 教授会メンバーのうち23名が「有志声明」には賛同しているので十分に下地はあったが,一回目の審議で発言したのは私以外は一人だった.

 この意見書案は,この後2回続けて審議され,実に合計3教授会にわたって議論された.ただ,内容審議に入るべきかどうかという入り口での議論にほとんど終始した.

 物理科学科は学科の多数意見として内容そのものの審議を支持,数理科学科の出席者からも賛成意見が出されたが,他は審議そのものに反対であった.

 内容審議に反対する理由として「いろんな意見がある,意見が分かれているから」という奇妙なものもあった.発言自体が非常に少なく,特に30代の若手の発言が皆無に近いというのも気になる.

 このような声明を採択してもらうことはなかなか難しいとは思うが,結果に関わりなく審議すべきものは審議すべしと主張し続けることが重要だと思われる.この種の活動というものは,百回に一回,あるいは千回に一回うまく行って御の字という性質のものであろう.言い換えると,このような提案が数百の教授会でなされれば,一つぐらいうまく行くチャンスもあろうというものである.そのあとは「非線形効果」が期待できる.たとえ否決でも出席者の心には何かが残り,それは数年後,十数年後に効果を現すかも知れない.要するに行動・アピールの“abundance”こそが大事である.

(以上)