違憲の就業規則には特別の関心を

- その2 -

佐賀大学 豊島耕一
2004.1.8

全大教近畿のサイトで各大学の就業規則案を見ることが出来ます.以前に私は高専の就業規則案に見られる「集会条例」を問題にしましたが[1] ,ほとんどの大学の案に同様の言論・集会を規制する条項が見られるのは残念です.それがないのは,同サイトで紹介されている中では静岡大と熊大だけのようです.自由民権運動の弾圧のために出された1880年(明治13年)の集会条例が,なぜ足かけ2世紀も経た今日甦らなければならないのでしょうか.それも,こともあろうに自由な言論活動がどこよりも尊重されるはずの大学においてです.もちろん明らかに違憲だと思います.

憲法は第一義的には政府を規制するものですが,「私人間効力」も,つまり国家権力だけでなく対私的団体(私人)との関係でも,その条文が規定する人権を保障する効力を持つだろうと常識的には考えられます.またこれは法学研究者の多数意見であると,ものの本[2]には書かれています.すなわち憲法21条が保障する集会、結社及び言論、出版などの表現の自由は,基本的人権として私人や私的団体による侵害も許されないということでしょう.職員が,職務専念義務以上に,たとえば休み時間の行動まで管理者によって規制されるいわれはないわけです.

各組合は当然の事ながらこのような規制に反対していますが,その批判の視点には不満があります.たとえば,「組合活動を縛るもの」といった言い方がありますが,その程度のものでは決してありません.憲法違反,人権侵害という重大性を持つものだという指摘が,大阪大学の組合によるもの以外,ほとんどなされていません.これはあたかも,国立大学の行法化が問題になったときに,「行革の視点で大学改革を考えるのはけしからん」とか,「新自由主義改革だ」というような言い方だけでこれを批判する向きが多かったことと重なります.もっと重大な問題点,つまり憲法23条,教育基本法10条に反する違法なものであるという批判がほとんどなされませんでした.そしてそのことは,行法化反対運動の動機付けを大きく弱めました.この誤りを繰り返すことになりかねません.

また,公務員ならしかたがないが,非公務員だから問題ないはず,と取れるような言い方も見られますが,これもおかしいと思います.問題のある現行の国家公務員法でさえ,そしてそれを受けた人事院規則も,公務員の言論を特別に規制していると読みとることは出来ません.なぜなら,規制対象には「政治の方向に影響を及ぼすもの」という制限が付けられているのです[3] .そしてこの「方向」とは,規則の「運用方針」によれば,憲法的な民主主義の原則を破壊する意思のことだそうです.むしろそのような意思が認められるのは,「集会条例」まがいの反憲法的な規則案を作っている人の方ではないでしょうか.

名古屋大学の案にも「集会条例」がありますが,同大の「平和憲章」と矛盾することはないのでしょうか.

(本稿は高等教育フォーラムへの投稿[he-forum 6544]にわずかに加筆修正したものです.)


[1] [he-forum 6397] 違憲の就業規則には特別の関心を
http://www.geocities.jp/chikushijiro2002/UniversityIssues/shugyokisoku.html

因みに明治13年の集会条例の第一条は次のようになっています。

第一条 政治に関する事項を講談論議する為め公衆を集むる者は、開会三日前に、講談論議の事項、講談論議する人の姓名・住所、会同の場所・年月日を詳記し、其会主又は会長・幹事等より管轄警察署に届出で其認可を受くべし。

[2] 憲法研究所・上田勝美編,「日本国憲法のすすめ」,80ページ.法律文化社,2003年.

[3] 「国家公務員の政治活動の制限・禁止について」を参照下さい.
http://www.geocities.jp/chikushijiro2002/UniversityIssues/PoliticalActivities.html