Date: Wed, 28 Jan 2004 08:44:37 +0900
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[he-forum 6613] 経産省研究所の処分問題と就業規則問題

経産省研究所の処分問題と就業規則問題

佐賀大学の豊島です.

この文通団で24日に流された朝日の記事には驚き,また寒気と吐き気さえ催します.権力の地位にある人たちは,自分たちがさかんに批判しているはずの独裁国家を真似ようとしているようにさえ見えます.一体どういうわけなのでしょうか.

[he-forum6604]MLで個人情報保護法案反対の研究員戒告 経産省研究所(朝日新聞04/01/24)
http://ha4.seikyou.ne.jp/home/kinkyo/index.htm#1/25_4

 同記事によると,「研究所のメーリングリストを使って個人情報保護法案に反対するアピールの賛同者を募った」ことが処分の対象となったとのことで,しかも後で規則を作って遡及適用したというのですからあきれ果てます.この研究所は,同ホームページによると「非公務員型」なので,国家公務員法による「政治活動の制限」も適用されません.一体このような処分にどのような法的根拠があるのでしょうか.もしないとすれば明らかに人権侵害であり,処分自体が不法行為ではないでしょうか.だとすれば放置してよい問題とも思えません.

 処分を実行した側には,「非公務員型」とはいえ「独立行政法人」という政府系の特殊な法人なので,国家公務員法が「準用」されるというような気分があるのでしょうか.「国立大学法人」の就業規則案にも同様の傾向が見られますので,その意味でも重大な関心を持たざるを得ません。

 多くの就業規則案に見られる言論・表現の抑圧条項については,すでに批判をしました.私は,このような案を作る人たちは国家公務員法の「政治活動の制限」を一知半解に「準用」しようとしているのではないかと推測します.そこで,現行法は公務員の言論・表現活動をどのように制限しているのかを正確に議論する必要があると思われます.以下,私の理解を述べたいと思います.物理屋の法律論を信用する人は少ないでしょうから,是非とも専門家の検証をお願いします.また,以下に引用した人事院規則以外にも何かあるのならお手上げです.

国家公務員法百二条(政治的行為の制限)には,

「職員は,政党又は政治的目的のために,(中略)人事院規則で定める政治的行為をしてはならない.」

とあります.何を禁止するかという重要な法の内容を人事院という役所に「丸投げ」してしまうこの条文は,明らかに「法治」とは対極の「人治」そのもので,わが国がまだまともに近代社会の仲間入りをしていないことを表しています.したがって,もしその役所が決めた規則が言論・表現の自由に反するものであれば,憲法に依拠してその権利を主張できることは当然です.のみならず,憲法12条が定めるところでは,その「自由及び権利は、国民の不断の努力によって、これを保持しなければならない」のであり,つまり国民の義務でもあるのです.

 しかしこのことは今はさて措くとしましょう.このような前近代的な様式を持った法規ですが,問題は,はたしてその実質的内容が,公務員の一般的な言論・表現活動を禁止しているのかどうか,ということです.結論から言いますと,実質的には何も禁止してはいません.問題の規則というのは「人事院規則14-7」です.以下,単に「規則」と呼びます.

 上記のように法律は禁止の対象を次のように限定しています.

  「政治的目的」を持ち,かつ「政治的行為」であること.

このことは「規則」5項で(念のために?)繰り返されています.その5項は8項目にわたって「政治的目的」を定義していますが,その中で一般的な言論活動に該当するものはその第五の,「政治の方向に影響を与える目的で特定の政策を主張し又はこれに反対すること」だけです.他は選挙運動や,内閣そのものへの反対など,具体的な項目になっています.

 そして,もう一つの限定条件の「政治的行為」には,17項目にわたって具体的な行為,例えば文書の「掲示」や「示威運動」などが挙げられています.しかし,これまた念のためなのでしょうか,ほとんどすべての項目に「政治的目的をもって」とか「政治的目的のために」などの限定の言葉が被せられています.経産省研究所で問題とされた署名運動も同様です.ですから,国の政策に関する署名運動も当然「政治的目的」を持つものだけが規制対象です.

 ところが,この一般的な言論活動に関することに限り,「政治的目的」という言葉が特別な意味で使われているのです.上に引用した「規則」5項の五の冒頭の「政治の方向に影響を与える目的で」というのがそれです.人事院は,またまたこの言葉の意味を「運用方針」という下位の文書に譲っています.その四の(1)の(五)がそれですが,実はこれが最も実質的な箇所であり重要なので全文引用します.

(五)第五号関係 本号にいう「政治の方向に影響を与える意図」とは、日本国憲法に定められた民主主義政治の根本原則を変更しようとする意思をいう。「特定の政策」とは、政治の方向に影響を与える程度のものであることを要する。最低賃金制確立、産葉社会化等の政策を主張し、若しくはこれに反対する場合又は各政党のよつて立つイデオロギーを主張し若しくはこれらに反対する場合或は特定の法案又は予算案を支持し又はこれに反対する場合の如きも、日本国憲法に定められた民主主義政治の根本原則を変更しようとするものでない限り、本号には該当しない。

要するに,普通選挙の否定や,クーデターなどを主張しない限り,規制の対象にはならないということです.

 要約しますと次のとおりです.一般的な言論活動・集団的言論活動は「規則」5項の五に該当し,それにはさらに「政治の方向に影響を与える目的」を持つものだけが禁止の対象になるという条件が付けられている.そして「運用方針」によれば,この「政治の方向」とは「民主主義政治の根本原則」のことであり,個々の法案や政策を云々することはこれには当たらない,ということです.

 言論・表現の自由もまた「日本国憲法に定められた民主主義政治の根本原則」の一つであるとすれば,これに違反する行動自体が「政治の方向に影響を与える意図」を持つものとして指弾されるべきでしょう.つまり朝日が報じた処分そのものが,「規則」が禁止するところの「政治的目的」を持つものである,ということになるでしょう.

 なお,「規則」は何が禁止され,またされないかを明確に規定しており,決して「管理者に許認可権を与える」などということは書いてありません.したがって,多くの就業規則案に見られる管理者の許認可権は人事院規則のコピーでも何でもありません.強いて言えば「オリジナルの存在しないコピー」とでも言うのでしょうか.

 以前の1996年3月に,私は[reform:151]「国家公務員の政治活動の制限・禁止について」という文章を投稿しましたが,「規則」と「運用方針」も含め,ハイパーリンクを追加するなど関連条文等を参照しやすくしていますので,どうかご利用下さい.

 ../UniversityIssues/PoliticalActivities.html
 ミラー
 
http://www.geocities.jp/chikushijiro2002/UniversityIssues/PoliticalActivities.html

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別件付録(イラク自衛隊派遣問題,省略)