東京高等教育研究所検討会03/09/20(改定版)

国立大学法人と学校法人の比較検討

蔵原清人(工学院大学)

国立大学の法人化が行われることになった。これが多くの問題を含んでいることはすでに多くの方々から指摘されているとおりである。ここでは国立大学法人と私立学校の学校法人との制度設計と運用問題を中心に比較検討を行いたい。国立大学法人の発足・準備と平行して学校法人制度の見直しが進められている。私立学校関係者としては、国立大学法人の特徴を理解しておくとともに、現在の学校法人制度の長所と課題を十分把握して、学校法人制度の見直しに対処していく必要がある。

1、全体的問題

設立に関しては、国立大学法人は法律によって行われるとともに、必要な資金は国が出資するという点では、これまでの制度と大きく変わることはない。しかし法人制度としてみるとき、設置者としての法人と設置される学校とは区別がなく一体化している点に十分注意を払う必要がある。現在の学校教育法では、設置者と、設置される学校は明確に区別されており、その点で国公私立の間での差異はない。今回の国立大学法人制度はこの原則を崩すものであり、今後の学校法人制度の検討にも大きな影響を与えることが予想される。

 次に運用に関しては、中期目標を文部科学大臣が大学に示し、大学はそれに基づいて中期計画を作成して文部科学大臣の認可を受けること(期間は6年、通則法では3〜5年)、中期計画期間終了時の検討を行うこと(法第35条による通則法第35条の準用)、学長は文部科学大臣が任命すること(ここでは国立大学法人の申し出によって)など、かつてなく文部科学大臣の統制下におかれることになる。しかも職員は非公務員型とすること(通則法では国家公務員)などまったく身分的保障は与えられていない。大学内部においては学長のワンマン体制であること、経営協議会の委員の二分の一以上は学外者とすることなどである。

2、組織の比較

1)学長(理事長)および他の役員の地位

国立大学法人では学長の権限が著しく強い。すなわち学校教育法の定める学長としての「職務を行うとともに、国立大学法人を代表し、その業務を総理する」(第11条第1項)これは私立学校における学長とは異なり、理事長を兼務するものに相当する。しかし私立学校の理事長よりもはるかに権限は強い。

まず、法第10条では、「役員として、その長である学長及び監事二人を置く」とあり、同条第二項で「理事を置く」ことが規定されている。(別表に人数は規定)。理事の役割は「学長の定めるところにより、学長を補佐」することが中心である。「学長及び理事で構成する会議」(役員会という)が置かれるが、これは学校法人の理事会に相当する位置にあるが、権限の面では学長の諮問機関にすぎない。(以上、第11条)しかも任命は学長が行う(第13条)。このように学長は本来、代表権と決定権を持っている。

学校法人の場合は、「役員として、理事五人以上及び監事二人以上を置かなければならない」。そして理事のうち一人は理事長となる。(私立学校法第35条)この場合、代表権は第一義的には理事全員が持っている。その上で寄付行為によって制限することができる。理事長は「学校法人内部の事務を総括する」ことが基本であって、設置する学校に関しては限定された権限しか持たない。「学校法人の業務は・・・理事の過半数をもって決する」ことが基本である(私立学校法第36条)すなわち、学校法人の意志決定は理事の合議によるものである。この他、理事の選任に関しての要件が定められている。

国立大学法人の監事は、意見を出すのは「学長又は文部科学大臣」に対してであって、経営協議会などに出すことは規定されていない。これに対して学校法人の場合は評議員会に報告しあるいは評議員会の招集を請求することができるのである。後者は自治的に問題を解決する手順が保障されているが、前者では学長(理事長)が無視した場合は文部科学大臣に意見を出す他はないことになる。これは文部科学大臣が任命することになっている面からは当然といえるが、それだけに監事は自治的な位置づけが与えられていないといわなければならない。

学校法人の役員には選任条件として同族に関する制限がある。国立大学法人の場合は経営協議会に学外者を二分の一以上とするという規定だけで、何ら制限はない。

2)法人の機関

国立大学法人では経営協議会と教育研究評議会が置かれ、両者とも学長が議長になり主宰する。それぞれ審議機関である。したがって学長が決定するときにこれらの機関の決定により何らかの制限をするということは認められていないのである。前者のメンバーは委員といい、後者は評議員という。この呼称の違いの理由はわからないが、現在の全学評議会の呼称を引き継いだと思われる。

 経営協議会は学長及び学長指名の理事・職員(いわば学内委員)とこれまた学長任命の学外有識者よりなり、後者は2分の1以上でなければならない。つまり学外委員中心の機関である。これは、経営に関する事項、予算及びその執行、決算に関する事項、組織運営に関する自己点検評価に関する事項などを扱う。

教育研究評議会は学長及び学長指名の理事、主要部局の長、学長指名職員によって構成される。ここでは学内者が主体であるといえるが、理事は学外者でも任命は可能であるから(そもそも学長も学内者とは限らない)学内者だけで構成されるとは限らない。ここで扱う事項は経営以外の事項であるが、現在教授会で行っている事項を含む。

 学校法人の場合は、法人機関としてこのような2分法はとっていない。評議員会だけである。評議員会は理事長の諮問機関であるが、寄付行為によって議決を要することとすることが認められている。この場合は評議員会は決議機関となる。(これは学校法人によって財団法人的な運営をすることと社団法人的な運営をすることを自らの意志で決めることができることを意味している。

 これに対して国立大学法人の場合は財団法人的運営に限られているのである。これは国の財産を本質的には委託して運営させるという構想から必然的に帰結する制度設計であろう)しかし予算や組織、運営等に関わる事項も含まれており、学校法人の評議員会で扱う内容とくらべて非常に広く包括的である。学校法人の評議員会は財政的な問題、法人としての運営に関する事項であって、教育や研究の内容については当然であるが扱っていない。これは学校法人と学校法人の設置する学校は制度上区別され(人格の有無ではない)、学校で行われる教育研究に関わるものは学校の自主性が保障されているからである。

 学校法人で特徴的なことは評議員に卒業生を必ず含むとされている点である。これは実態として私立学校の運営やサポートには卒業生の力が大きく関わっているのであって、国などが財政的支出をしない以上、卒業生の関わる部分が大きな位置を占めていることの反映である。国立大学法人の場合は、単に学外者を含めるというだけで、実態的には大学の活動を大きく支えている卒業生を含めることの明文規定はない。

3)教授会の問題

国立大学法人法には大きなトリックがある。それは第1条の目的と第2条の定義の齟齬である。第1条では「国立大学を設置して教育研究を行う国立大学法人」とし、第2条では「この法律において「国立大学法人」とは、国立大学を設置することを目的として、この法律の定めるところにより設立される法人」としている。これは明らかに異なる定義である。すなわち第1条によれば教育研究を行うことも国立大学法人の業務に含まれる。

 第2条の定義は、私立学校の場合と同様である。私立学校法では、「この法律において「学校法人」とは、私立学校の設置を目的として、この法律の定めるところにより設立される法人」(第3条)とされている。したがって定義だけを見れば、国立大学法人は国立大学を設置する法人であり、学校法人は私立学校を設置する法人であって、この点には何ら齟齬はない。しかし国立大学法人法全体を見れば、国立大学法人は設置だけでなく、教育研究を行うことも明らかに業務として含まれている。

 このことがなぜ問題かというと、現在の制度は設置者と設置される学校を区別しているという大原則があるからである。これは「学校の設置者は、その設置する学校を管理し、法令に特別の定のある場合を除いては、その学校の経費を負担する」(学校教育法第5条)とともに、教育研究は学校自体が責任を持って進めることを保障するための規定である。これは学問の自由、教育の自由を保障するための制度の一つといえる。特に大学の場合は教授会の自治の保障が問題である。

 学校教育法第59条では、「大学は、重要な事項を審議するため、教授会を置かなければならない」と規定されている。このことと、国立大学法人の教育研究評議会の審議事項の中に、学則(国立大学法人の経営に関する部分を除く。)その他の教育研究に係る重要な規則の制定又は改廃に関する事項、教員人事に関する事項、教育課程の編成に関する方針に係る事項などなど(第21条第3項)は、まさしく大学にとっての「重要な事項」ではないだろうか。国立大学法人法では直接教授会についての規定はないが、こうした形で教授会の権限を制限しようとしていることに十分な注意が必要であろう。

3、財政

1)設置者の財政負担

先にふれた設置者経費負担の原則からすると、国立大学法人は設置者として経費を自ら負担するということになるのだろうか。この場合、国の財政支出は「法令に特別の定めのある場合」ということになるだろう。それとも国の支出が通例と考えるならば、国は事実上の設置者ということになる。この点では実態と法令の関係が大きな問題となる。

私立学校の場合、国庫助成の合憲性をめぐって今日なお議論が蒸し返されている。このことからすれば、国立大学についても国庫支出の是非について議論が起こる可能性を否定できない。あるいはその議論を回避するために中期目標の指示、それに基づく中期計画の承認が制度化されることで、「公の支配に属」す(憲法第89条)こととしたのかもしれない。しかしそれは大変見当違いの対応である。そもそも1条校は公教育機関なのであるから、それ自体で「公の支配に属」しているのである。

2)収益事業

学校法人の場合は収益事業を行うことができ、その利益を学校運営の資金として使うことができるとされている。しかし国立大学法人の場合は、会計処理において利益又は損失の処理の仕方が規定されているのであり、その事業全体がいわば収益事業となるものである。(法によって準用される通則法による)学校法人の場合は教育関係以外の事業も認められるが、国立大学法人の場合は教育研究の活動を通して収益活動を進めるということになる。これでは会計処理上、本来の業務と教育研究に関する業務の区別はつけられないだろう。

3)企業会計の原則

準用される独立行政法人通則法によれば、企業会計原則によるとしながら具体的な内容については何ら規定がなく、文部科学省令で定めるとされる。

4)利益等の取扱

国立大学法人法第32条第3項の規定によれば、「残余の額を国庫に納付しなければならない」とされている。私立大学の場合はそういうことがないのはもちろんであるが、解散にあたっても残余の財産は教育事業に使われるための手順が厳密に定められている。利益を還元することのないように、制度設計がされているのである。

 国立大学法人の解散は別に法律によって定めるとしており、何らかの理由によって国立大学法人が廃止されるとき、それまでその大学が使用していた土地建物などが他の国立大学などによって引き継がれるという保障はないのである。国庫に回収されることは十分にあり得ることである。この意味では国立大学法人はあくまでも国の事業としての大学の委託を受ける存在であることになるだろう。すなわち特殊法人型の組織である。

4、国立大学法人の影響と課題

すでに地方公共団体に関しては地方独立行政法人法が公布され、来年4月より施行されることになった。これにより公立大学の独立行政法人化が加速されるだろう。

 私立大学に関しては大学設置・学校法人審議会の小委員会での検討が進み、「学校法人制度の改善方策について」の中間報告が8月7日に出された。これは理事会の権限を著しく強めようとするものである。そしてあわせて教授会の諮問機関化が要求されるだろう。

 したがって日本の学校制度、特に設置者のあり方、設置者と設置される学校の関係が全面的に見直されることになる。それは大学における学問の自由と自治がどうなるか、教育行政との関係はどうなるかが注目される。そのなかで日本の大学と高等教育全体に関わる制度設計についての検討と提案が求められよう。