引き返す勇気を

-- 調査検討会議中間報告「新しい『国立大学法人』像について」への意見 --

2001年10月25日
11月2日誤植修正

国立大学独法化阻止全国ネットワーク
 代表 山住 正己(東京都立大学名誉教授)
 連絡先 豊島耕一(佐賀大学教授)
 840-8507 佐賀市本庄町1
 佐賀大学理工学部物理科学科
 電話/ファクス 0952-28-8845
 メール toyo@cc.saga-u.ac.jp

 この「調査検討会議」は言うまでもなく,昨年5月26日の国立大学長・大学共同利用機関長等会議における文部大臣説明に端を発するものである.その際大臣は「大学にふさわしい制度設計が可能であるかどうか」を「十分に時間をかけて慎重に検討する必要がある」と述べている.すなわちこれは,さかのぼって1997年10月に文部大臣が記者会見で「所信」(注1)として独立行政法人化に明確に反対を表明した内容に関して,そこで述べた反対の理由が解消されるかどうかが,文部科学省の立場としても明確にされなければならないはずである.すなわちこの記者会見では項目2の(2)として次のように具体的にその理由を述べている.

 「独立行政法人のねらいは,効果的な業務の実施にあるが,文部大臣が3〜5年の目標を提示し,大学がこれに基づき教育研究計画を作成,実施する仕組み,及び計画終了後に,業務継続の必要性,設置形態の在り方の見直しが制度化される仕組みは,大学の自主的な教育研究活動を阻害し,教育研究水準の大幅な低下を招き,大学の活性化とは結びつくものではないこと.
 また,効率性の観点から一律に大学を評価することは,各大学の特色を失わせ,現在進めている大学の個性化に逆行すること.」

 文部科学省は,この「所信」を撤回していないことを本省における今月5日の私たちとの交渉において明確に表明した.したがって文部科学省には,検討の結果がこのような具体的な制度内容を含まなくなったかどうかを検証する責任があろう.しかし,中間報告では,この批判の前段で述べられた仕組みはなんら変更されていないのである.したがって文部科学省にとっても「大学の自主的な教育研究活動を阻害し,教育研究水準の大幅な低下を招き,大学の活性化とは結びつくものではない」と判断されるはずで,とうてい受け入れがたい内容となっているはずである.まずこのことを文部科学省自身明確にすべきであろう.

 このように,そもそも大学にとって「ふさわしくない」独立行政法人制度を基本にしているので,各論にわたっての検討に価するものではないとも言えよう.しかしこの中間報告には,大学にとって有害であり,ひいては社会全体にとっても有害である事柄がいっそう明確に出てきており,また欧米など「国際標準」からもかけ離れた異例の制度であることも明らかになっている.それらの点をいくつか指摘することにしたい.

 まず,上に述べたこととも重なるが,この制度の中心的な問題点である,政府による目標の指示,実行計画の認可という制度が大学にとってふさわしくないことはかつて文部省が指摘したとおりであるのみならず,このような手法を大学に対して採っている例は,欧米の大学には存在しないのである.これは昨年1月に公表された,国立学校財務センターの「大学の設置形態と管理・財務に関する国際比較研究・第一次中間まとめ」(注2)によって明らかにされている.もちろん,単に外国と違うからいけないと言っているのではない.同報告書によると,諸外国がそのような制度を採らないのは「大学の自主性と自治的運営を尊重して,特別の配慮を払っている」結果であることを考えれば,「独立行政法人」の表向きのメリットとされる「大学の独立性を高める」こととも明らかに矛盾するのである.

 第二に,「大学評価」はこれまで「第三者機関」によるとされてきたが,これも実は「第三者」ではなく政府機関そのものであることが明らかになった.「中間報告」によれば,既存の「大学評価・学位授与機構」が専門的な評価を行い,それを受けて新たに設置される「国立大学評価委員会」が「総合的な評価」をおこなうとされている.つまり後者の委員会が上位に位置するのであるが,これは文部科学省に設けられる事になっている.すなわちこれは政府による評価以外の何ものでもない.しかもその評価結果は次年度以降の予算配分に反映することになっている.

 このような点についても,先に挙げた国立学校財務センターの報告書は,欧米では「資金交付にともなう政府の干渉の抑制」をするような方法で予算配分がおこなわれているとある.すなわち政府機関が直接大学を評価し,それに予算配分を直結させる制度を取っている国はないようである.これもやはり「独立行政法人」制度を取ることにより世界と大きく乖離していくことを示すものである.

 役員人事の面でも同様の問題がある.新しく設置される「監事」は,中間報告では「国立大学法人の業務を監査し」「学長又は文部科学大臣に意見を提出することができる」とされる権限の大きな役職であるが,これの任免権は文部科学大臣が握ることになっている.これも財務センターの報告書が示すヨーロッパの制度と本質的に異なる.すなわち,「イギリス、ドイツ、フランスでは、大学管理機関の職に就く者の選出は、学内機関により行われ、原則として政府は実質的な介入はしない」とされている.

 このように,中間報告によって具体的になってきたこの制度が重要な点で欧米と大きく異なり,「国際標準」からの離脱をもたらすことは明かである.しかしそれだけではなく,実は我が国の教育をめぐる法制度の基本からも乖離しているのである.すなわち,教育基本法10条の「不当な支配の排除」が官僚支配の弊害から教育を守ることを重要な内容としており,また憲法23条の「学問の自由」の保障はそのための手段として「大学の自治」を重視しているのは衆知のことであるが,上の制度はこれらの条項を冒す疑いが強い.

 中間報告は他にも多くの問題点を持っているが,その中でもこれが学生の勉学条件や諸権利についてほとんど考慮した形跡がないことは注目に価するだろう.ユネスコの「高等教育世界宣言」(注3)はその10条C項で,「国および教育機関の意思決定者は、学生および彼らのニーズをその関心の中心に置き、彼らを高等教育の革新における主たるパートナー、そして責任のある当事者とみなさなければならない。‐‐中略‐‐そして教育制度の施行、方針の作成と運営における学生の関与を含まなければならない」,「学生は組織化し、代表者を立てる権利を有する」と述べている.しかし中間報告にはこのような観点が見られないどころか,「権利」の語が一度も使われていないのである.因みに「教育基本法」も一回も引用されておらず,これはこの会議がユネスコの水準や我が国の法制度の基本に無関心であることを示すものではないだろうか.

 国大協がこの会議に参加する際,文部科学省は国大協メンバーに「大学に適さないことが分かればいつでも引き返せばいい」と述べて参加を説得したと言われている.この会議の国大協メンバーにとっては今やこの制度が「大学に適さない」ことが明白となったはずである.今こそ「引き返す」勇気が求められている.



(1)宮崎大学のサイト参照.
 http://edugeo.miyazaki-u.ac.jp/reform/r770.html
(2)「大学の設置形態と管理・財務に関する国際比較研究」,国立学校財務センター,2000年1月
 http://pegasus.phys.saga-u.ac.jp/UniversityIssues/zaimc2000.html
(3)「高等教育世界宣言」,ユネスコ,1998年
 http://www.unesco.org/education/educprog/wche/declaration_eng.htm
 日本私立大学協会訳
 http://pegasus.phys.saga-u.ac.jp/UniversityIssues/AGENDA21.htm
 金澤哲氏 訳
 http://www.geocities.co.jp/CollegeLife-Cafe/3141/dgh/unesco-jp.html
 全大教訳
 http://www.zendaikyo.or.jp/daigaku/unesco/komuji.htm