日本科学者会議の「エネルギー・原子力問題研究委員会」が,去る10月9日に資源エネルギー庁と民主党政策調査会に,また佐賀では佐賀県庁に,原子力発電所へのプルサーマル導入に反対する申し入れを行いました.

申し入れの文書と,佐賀県知事宛の送り状を紹介します.なお,翌10日の佐賀新聞と毎日新聞が報道しています.

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日本各地の原子力発電所へのプルサーマル導入に反対する(申し入れ)

 いま、玄海、伊方、浜岡、女川など日本各地の原子力発電所において、プルトニウム燃料(MOX燃料)を装荷して燃やす、いわゆるプルサーマル(軽水炉でのプルトニウム利用)が導入されようとしている。われわれ日本科学者会議エネルギー・原子力問題研究委員会は、従来からこの技術の必要性と安全性について大きな危惧と疑問を持って検討を重ねてきた(文献1、2参照)。また本年新潟市で開催した第31回原子力発電問題全国シンポジウムにおいてもこれに焦点を当て議論を行った(文献3)。

これらの検討の結果、「プルサーマルは、プルトニウムという危険な放射性物質を大量に社会に流通させる一方、資源の有効活用の点からもそのメリットはきわめて小さく、その上処分に困る、劣悪なプルトニウム(高次化プルトニウム)を大量に生み出すという、きわめて拙劣なプルトニウムの利用技術である。安全確保の上でも地域住民を十分納得させていない。国は現在進行しているプルサーマル計画を凍結して、核燃料サイクル政策の抜本的検討を行い、改めて国民合意を形成すべきである。」という結論に達した。この認識の理解と共有を目的にして、関係各位に申し入れを行うものである。

以下、上記結論に関連して若干の説明を行なう。

1.プルトニウムは半減期2万4110年(Pu239、以下同じ)という長い寿命を持ち、かつ強いα線を出し(比放射能2.3×109ベクレル/g、ウラン238の約20万倍)、体内に摂取された場合、がんを誘発しやすい危険な物質である。プルトニウム利用に当たっては、環境・生活圏に放出されないよう厳重に閉じ込めて、安全性を確保することが必要なのはもちろんであるが、同時に「大きなリスクをかかえるプルトニウムは、その利用によってよほど大きなメリットが得られない限り、利用すべきではない」というのが従来から研究開発に当たる専門家の一致した見解であった。

2.従来の研究開発から本命と目されたプルトニウム利用技術は、高速増殖炉である。燃料中に含まれるウラン238を積極的にプルトニウムに転換することにより、原理的には軽水炉におけるウランの1回使用に比べて100倍近いウラン資源の有効活用(ウラン可採年数を85年とするとこれが8500年に延びる)が可能となり、将来世界的にエネルギー資源の逼迫が予想される場合は、その安全性さえ確保できれば十分魅力的なエネルギー生産技術といえる。これに引き換え、プルサーマルは、資源の有効活用をうたっているにも拘わらず、増加分は10〜20%程度(上記可採年数換算で8.5〜17年程度)とメリットはきわめて小さく、プルトニウム利用によるリスクのカウンターバランスには到底なりえない。

3.プルサーマルの場合、軽水炉中でプルトニウムは中性子を吸収してプルトニウムの高次化(Pu239以外の同位体、240、241、242などが増加すること。これらのうち偶数番号の同位体は「燃えない」)が進み、結果として燃えない成分を多く含むプルトニウムが生成する。(燃えやすさは「等価フィッサイル値」という数値で表す。一例を挙げるとウラン使用済み燃料から取り出したプルトニウムの等価フィッサイル値は55、プルサーマルを行ったMOX使用済み燃料の値は38と、30%近く大幅に低下する)この結果、プルサーマルを行った後に生じるプルトニウムは燃料価値が低く、したがって経済的価値も低く、MOX燃料の再処理は事実上無益である。こうしてプルサーマルを行った後に、われわれは大量の「燃えない」プルトニウムを抱え込むことになる。これは利用も廃棄もできない、物質管理上きわめて厄介な存在である。

4.さらに、ウラン燃料を再処理して取り出したプルトニウムは、年月とともにプルトニウム241(半減期14.35年)が減少し、かつ、アメリシウム241(Pu241から生じ中性子を無駄食いするため等価フィッサイル値を引き下げる)が増加するため自然に劣化する。ウラン235の代替物としてなら、MOX燃料のプルトニウム含有量は3〜4%でよいはずであるが、上記プルトニウムの高次化とアメリシウム241の存在故に、わが国では最大13%の含有率の燃料を用いることになっている。このような高濃度軽水炉MOX燃料の試験は海外ではほとんど行われていない。

5.プルサーマルの炉工学的安全性等に関しては、制御棒の「効き」が悪くなる、燃料融点の低下、プルトニウムスポットによる燃料破損の可能性など、が指摘されているが、現在のところ決定的危険要因は見出されていない(ただし、即発中性子割合が増加するため「制御棒逸脱事故」の場合の危険要因の増大については十分な説明がなされていない)。しかしながら10%以上のプルトニウム含有燃料という大きな潜在的リスク要因が存在する以上、住民の不安は大きいものがあり、事故のシナリオと関連して、住民が十分に納得できる説明が行われているとはいえない。

6.国の核燃料政策において、本来プルトニウム利用は、高速増殖炉、新型転換炉、軽水炉の三本の柱によって行われる予定であった(例、1996年「原子力開発利用長期計画」)。ところが1995年に「もんじゅ」事故が発生、また経費増大を嫌った電力業界からの申し入れによって新型転換炉の開発が中止となったため、軽水炉利用のみが残り、これが強引に推進されることとなった。核燃料サイクル全体の齟齬を正そうとせず、部分的につじつまを合わせようとすればするほど、技術的ひずみや矛盾は蓄積するばかりである。

7.国の核燃料政策として、「使用済み燃料の全量再処理」「諸外国から核武装を疑われないために、生成したプルトニウムの全量利用」などの方針がある。前者は、技術的現実から見て既に破綻しており、後者は政治問題の「つけ」を科学技術にまわす奇妙な政策である。核武装を疑われたくなければ国際社会で先頭に立って核廃絶のために奮闘すべきである。

8.このように技術的、経済的に合理性、整合性のないプルサーマルに、電力会社の協力を得て、国(資源エネルギー庁)が強引に推進しているのは、使用済み燃料の流れ(再処理工場への引取り)を確保し、同時に再処理工場の存在理由を強調したいためである(再処理工場の問題は本申し入れと直接係わらないため、ここでは触れない)。使用済み燃料の流れ一つとってみても、プルトニウムの高次化によってその燃料価値が下がるためにプルサーマルは早晩立ち行かなくなり、利用も廃棄もできない高次化プルトニウムを大量に抱え込むという、更なる困難を生じることは明白である。国は、当面を糊塗するようなプルサーマル政策を凍結し、中間貯蔵施設や高レベル廃棄物処理処分を含む核燃料サイクル全体について、国民的合意を形成することこそ先決すべきである。

 プルサーマルという技術体系は一見当面の問題を解決するように見えて、長い目で見れば「健全な」核燃料サイクルに大きな禍根を残す愚かな技術である。関係各位の再考を強く望む。

             2009年10月9日
          日本科学者会議 エネルギー・原子力問題研究委員会
 
文献1:日本科学者会議 原子力問題研究委員会編:『プルトニウムQ&A』リベルタ出版(1994年8月)
文献2:舘野淳、野口邦和、吉田康彦編:『どうするプルトニウム』リベルタ出版(2007年4月)
文献3:日本科学者会議『第31回原子力問題全国シンポジウム講演予稿集』(2009年9月)

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佐賀県知事
古川 康 殿
  日本科学者会議 エネルギー・原子力問題研究委員会の「申入書」提出者一同
   佐賀大学理工学部     豊島耕一 *(日本科学者会議佐賀支部)
   佐賀大学農学部      半田駿(日本科学者会議佐賀支部事務局長)
   九州大学総合理工学研究院 三好永作(日本科学者会議福岡支部事務局長)

県政運営の日頃のご尽力に感謝申し上げます.
さて,このたび,玄海原子力発電所におけるプルサーマル導入問題に関し,同封の「申入書」をお届けいたします.これは,私たちも会員である日本科学者会議の「エネルギー・原子力問題研究委員会」がまとめたもので,私たちもこの文書の主旨を支持するものであります.

プルサーマル問題は,県民のみならず隣県も含む広範囲の住民の安全に関わる重大問題であるだけでなく,六カ所事業所の再処理施設の稼働を前提としているため,巨額の国民の税金の行方に関わる問題でもあります.前者,つまり安全への懸念は決して消えておらず,また後者の再処理事業に将来性はなく,いわゆる「ムダ公共事業」の典型と言えるものです.ムダというだけでなく,もしこの施設が本格稼働を始めれば,日常的に大量の放射能を環境に放出し,周辺住民にはもちろん,地球規模で放射線によるリスクを増大させます.

また,最近明らかになった関西電力でのMOX燃料「不合格品」問題での情報隠蔽は,自主,民主と並んで重要とされる原子力三原則の一つ,公開の原則が守られていないことを示しています.高価なMOX燃料を放棄するというのは,原子炉運転上の,あるいは安全上の,決して些細ではない問題があるからに違いないと想像するのは自然なことです.

県におかれましても,関西電力からこの件に関する詳細な情報を入手され,また玄海原発における同様の「不合格品」の有無について独自に調査され,これらを県民に公開されますようお願い申し上げます.
               敬具

2009年10月9日

* 連絡先: 840-8502 佐賀市本庄町 佐賀大学理工学部物理科学科 豊島耕一
       メール toyo@cc.saga-u.ac.jp
       職場電話/ファクス 0952-28-8845