8.8責任ある組織上の不服従

我々が従業員とその使用者の間の意見の不一致を考える時,しばしば頭に浮かぶ用語は「内部告発」(whistleblowing)で、ある.しかし,内部告発とはその最も一般的な用法において,会社が重大な不正を犯していると従業員が信ずる場合に,その従業員が「情報を公開する」(going public)ことをいう.これは使用者と従業員の意見の不一致が最も劇的な例かもしれないが,特に専門職にとってはそれほど一般的なことではない.ジム・オッテンによれば,「組織上の不服従」という表現が,使用者の願望に反する従業員行為の全てのタイプにわたる総称として適切であるという.この種の行為と市民の不服従との聞の類似性を考えると,この用語は適切と思われる39.我々は必ずしもオッテンの定義通りに従うものではないが,彼の表現を用いることとし,組織上の不服従organizational disobedience)を,組織体の方針又は行為に対する抗議又はそれに従うことの拒否と定義する.

組織上の不服従については,次の2点を心に留めておくと良い.第1に,専門職従業員が不服従又は抗議する時の方針は,特定のものか,一般的なものかの何れかである.つまり,上司の具体的指令か,又は会社の一般的方針であって,単一の行為の場合と一連の連続する行為の場合とがある.第2に,使用者は始めからモラル的に悪いことをするつもりはないのである.例えば,技術者が欠陥のある鋼管の生産に異議を唱えた時,彼は必ずしも会社が粗悪製品の製造を意図していると主張している訳ではない.むしろ,彼は意図した訳でもないのに不幸にしてそうなってしまった一連の行為に抗議したのである.

責任感のある技術者が巻き込まれることがある組織上の不服従には,少なくとも以下の3つの明確な領域がある.

1.会社の利益に反する活動に関与していると経営名が認識する領域(対立行為による不服従:Disobedience by Contrary Action.

2.モラル上又は専門上の異議を理由に任務の遂行を拒否する領域(不参加による不服従:Disobedience by Nonparticipation

3.会社の方針又は行為に抗議する領域(抗議による不服従:Disobedience by Protest.

 

責任感のある技術者は,どのような場合に組織上の不服従をなし,そしてその不服従をどのように実行すべきかを決めるには,何を指針とすべきか? この3領域の各々について検討する.

 

対立行為による不服従

技術者は時に,職場外での自分の行為が経営者を不愉快にさせていることに気付くことがある.経営者が不服とするのは,通常次の2つの場合のどちらかである.第1に,経営者がある従業員の個別の行為あるいは普通のライフスタイルがその組織体に好ましくない影響を及ぼしていると考える場合である.例えば,ある技術者が地域社会で評判のよくない政治団体に所属しているような場合である.第2は,経常者が従業員の活動がもっと直接的にその組織体の利益に反していると判断する場合である.例えば,技術者が地域の環境グループのメンバーになっていて,そのグループが法律も要求していないような汚染防止装置の設置を要求するとか,会社が湿地帯を購入して干拓による工場拡張計画をしているのに,ロビー活動をして会社が買えないようにする場合などである.技術者はこのような微妙な事態にどう対処したら良いのか

ここではこれらの問題の全てを十分には検討できないが,少し考察してみることは絶対必要である.対立行為による不服従は,例えば(窃盗や詐欺と比較すれば)組織体へ加える危害のパラダイム例ではなく,また組織体による不服従の制限は,(従業員がモラルに著しく反すると考えていることをする指示と比較して)個人の自由を制限するパラダイム例でもない.しかし,これらはこの2つの概念の例である.この主張を裏付けるために提起きれるかもしれない幾つかの論議を検討してみる

まず,会社が従業員の職場外活動によって被害をこうむる可能性のあることは疑いない.地域社会にとって好ましくないライフスタイルの人を雇っているという評判の会社は,望ましい人材を採用できないだろうし,それによってビジネスも失いかねない.組織体が受ける被害がもっと明白なのは,従業員が組織体の利益に直接的に反する政治活動を行う場合であろう.従業員が午後5時以降にやることは,組織体に何の影響を及ぼさないと安直に断言することは,事業及び地域社会生活の現実を現していないということを,経常者は自信をもって主張して良い.このような理由で,従業員に忠誠を求める組織体の権利が,従業員にそのようなやり方で組織休に損害を与えないことを要求するのだということを経営者は主張しても良い.

他方,組織上の束縛が,従業員が個人的に深く関与している活動の自粛を強いれば,従業員の自由は実質的な削減を受けることになる.経営告がそのような職場外の活動は,同じようなやり方で他の組織体にも危害を及ぼすかもしれないという理由で,好ましいことではないと判断しても,従業員はその活動を簡単に断念すべきではない.従って,従業員は組織体に損害を与えるようなことは決してすべきでないという主張を首尾一貫して適用すると,従業員は問題になりそうなライフスタイルや政治活動を決してしではならないという結論になる.

こうした議論を検討することによって,対立行為による不服従を理由に組織体は従業員を罰してはならないという良い事例を示すことができたと信ずる.対立行為による不服従という理由で従業員を罰することは,結果的に個人の自由に対する重大な侵害になる.その上,従業員の方でも単に仕事を変えることだけで,組織体に対してこの種の損害を与えることを避けることはできないだろう.多くの組織体は,環境の名のもとに技術省の政治的見解あるいは運動によって損害を与えられるかもしれない.従って,このような形の損害を組織管理上から損害と見なすことを容認することは,組織体が従業員の職場外生活に若しい影響を及ぼすことを容認することになる.我々の社会のように,個人の自由を尊重する社会においては,個人の自由の実質的な剥奪を正当化することは難しい.

しかし,このような考え方にもかかわらず,多くの経営者達は,自分又はその組織が従業員の職場外行為によって脅かされていると感じる時は,精力的に動くものである.これに対して,次の2つの観察が妥当であろう.

1に,職場外での従業員の行為には,他の行為よりもはるかに直接的に組織体に損害を与えるものがある.自分の会社への環境汚染の規制値をより厳しくするような技術者のキャンベーンは,会社にその技術者の私的な性生活よりもはるかに直接的な影響を及ぼす.従業員は,その組織体に対する危害がより直接的である領域では,一層気を付けるべきである.

2に,従業員の職場外活動の自粛を強いることで,彼の白由を侵害した場合,その程度には大きな違いがある.ある人の個性と密接に関係する活動や,極めて強いモラル上あるいは宗教上の信念に関係する活動の自粛は,余り重要でない信念に関係するものの自粛に比べると一層重大である.従って従業員は,最も重要な事柄のより末梢的な領域におけるよりも,基本的な個人の信条に密接に関係する領域において,自由を容認されるべきである.

 

不参加による不服従

技術者には,軍事関連プロジェクトや環境に悪影響のあるプロジェクトに対しては,不参加による不服従があり得る.技術者ジェームズは平和主義者で,自分の会社が契約を獲得した水中探査システムが軍事用であることが分かれば,自分をそのプロジェクトに割り当てないよう要請することもあろう.技術者ベティは,湿地帯に建設予定のコンドミニアム(高層アパート)の設計からは外してもらうよう要請するかもしれない.

不参加による不服従は,専門職の倫理又は個人の倫理を根拠とすることができる.技術者は自分が安全でないと思う製品の設計を拒否する場合に,その根拠を公衆の安全,健康,及ひ福利を優先するよう要求している専門職規程に置くことができる.技術者が,暴力の使用に対する個人的反対を理由に軍事目的の製品の設計を拒否する場合,その拒否は個人のモラルに根拠を置かなければならない.何故なら,規程は技術者が軍事プロジェクトへの参加を禁止していないからである.技術者が環境に有害であると思うようなプロジェクトへの参加に異議を唱える場合,その根拠については,議論の余地がある.次章で触れるように,環境に関して直接述べている専門職技術業規程は3例のみしかなく,各事例の解釈に多少の問題がある.

不参加による不服従について,幾つかの心に留めておくべきことがある.第lに,従業員にあり得るのは(恐らくありそうにないことだが)良心への訴えの乱用である.退屈で、やりがいのないプロジェクトを避けるために,あるいは個人的に難しい関係にある他の従業員との仕事を避ける手段としての利用,などというのがそれである.従業員は,そのように解釈されるような行動を努めて避けるべきである.第2に,使用者にとって時に難しいのは,仕事上の任務から外して欲しいという要請を尊重することである.これには幾つかの理由がある.代わりの任務がないとか,その仕事をやる適当な他の技術者がいないとか,あるいはその変更が会社にとって破壊的なものになるような場合があり得る.これらの問題は特に中小企業にとって厳しい.

それでも組織体は,可能であれば良心を根拠とする要請は,尊重すべきと考える.共通モラル(common morality)は,個人の良心を侵害することは重大なモラル問題であるとしている.使用者は授業員に,仕事を失うか,さもなければ良心に反するかの二者択一を迫るべきではない.もちろん使用者が割り当てるべき代わりの仕事の手持ちがない場合もあろうが,多くの組織体は,過大な経済的犠牲を出さずに従業員の良心を尊重する方法を見出している40).

 

抗議による不服従

場合によって,使用者の行為が余りにもひどすぎるので,技術者は単なる不参加では不十分と判断する場合がある.むしろ公聞の場で抗議(あるいは「内部告発」(whistleblowing)といった形での不服従が要求されるのである.その抗議は組織体の内でも外でも良い.そのような状況は,技術者が自分の使用者,自分の家族,自分の経歴及び公衆に対する責任をバランスきせなければならないような複合的な対立状況とみるのが良い.

規程によれば,公衆の健康,安全,及び福利に対する責務はそれ以外の何ものよりも優先さるべきであるが,それが選択を常に容易にするとは限らない.そのような対立する状況を解決することの難しさには,幾つかの原因がある.時には,ある特定の状況においては,引き換えに要求される極端な個人的犠牲(例えば経歴上の損夫)を当然のこととするほど,利益が十分決定的なものかどうかは不明確である.例えば,公衆に対する危害は軽微かもしれないしその危害が生じるかどうかは疑わしいかもしれない.更に言えば,抗議が果たして公衆を守ることに成功するかどうかはっきりしない場合もある.

リチヤード・ディ・ジョージは,ある行為に対する内部告発がモラル的に正当化されるために満たされなければならない一連の基準を設けた41.ディ・ジョージの考えでは,次の場合には内部告発がモラル的に許容される.

 

 1.危害が「その製品によって加えられるもので,深刻且つ重大である」.

 2.従業員はその懸念を上司に報告する.

 3.組織内で「直接の上司から満足すべき回答が得られず,使えるチャンネルを使い果たした.

 

ディ・ジョージは以下の場合が内部告発をモラル上の責務と考える.

 

 4.従業員が「その状況についての自分の見解は正しく会社の方針が間違っていることを,責任ある公平な観察者に確信させるような,文書による証拠」を持っている.

 5.従業員が「その情報を公開することが,脅威となっている重大な危害を実際に防止することになる強い証拠」を持っている.

 

ディ・ジョージはこの5つの要件を,不安全な製品に対する内部告発が許容され,そして責務とされるための基準としている.彼がこの基準を様々な局面にどのように適用するつもりでいるのかは明らかではない.しかしながらこれら基準を,内部告発を正当化又は要求するための一般的基準とすることには,批判がある42.それらの基準を順に検討してみよう.

1.規準1は強すぎるようである.ディ・ジョージが前提としているのは,従業員は,危害が生じるであろうこと,そしてそれが重大であることを知っていなければならないということである.多分入手できる最善の証拠に基づいてそのように信じるということだけで十分である.従業員は完全に説得力のある証拠を収集できる立場にない場合もある.

2.従業員にとって自らの上司に,彼等の批判を報告することは,必ずしも必要ではない.多くの場合,直接の上司が問題の原因なので,その人が偏見のない状況判断をするとは信じられない.

3.その組織体の指揮系統を使い尽くすことも,必ずしも必要ではない.災害の起る前に,そんなことをしている暇がないこともある.そして従業員は,公表する以外にその抗議を経営の上層部に知らせる有効な方法を持たないのである.

4.ある問題について文書化された証拠が何時でも入手できるとは限らない.組織体はしばしば,従業員が自分の立場のために,決定的な主張をするのに必要な情報を入手する機会を奪うものだ.組織は自分の立場を弁護するために,不服従の従業員が必要とするコンビューターその他の情報源に近づくことを許さない.

5.最後に,抗議をすれば危険防止に必ず成功するという強力な証拠は,その抗議をする責務がある場合には,必ずしも必要ではない.抗議が,危害に曝される人々に,自由なインフォームド・コンセントの機会が与えられれば,それで、十分に正当化される.

ディ・ジョージが提供した基準には多くの例外があるように思われる.正当化されるかあるいは必要とされる従業員からの抗議に対して,例外のない基準を構築することは多分不可能である.抗議が正当化されるかあるいは求められる前に,満たされなければならない必要条件のチェックリストを提案するよりむしろ,使用者の行為に抗議した後に考慮すべき色々なことを提案することの方が有用であろう.使用者との対立は通常,階段的に深まるはずであること,そして公開の抗議は最後の手段であると思われる.もしそうだとすれば,技術者が責任をもって異議を唱える場合には,次のような事頃を考慮しておかねばならない43

1に,責任感のある技術者は,自分達の抗議が正当であることを自ら確信するようあらゆる努力を払うべきである.できれば,文書化された証拠を捜し求めるのが良い.少なくとも従業員は,得られた中の最良の証拠が,自分達の抗議を正当化できるかどうか,確かめておくべきである.関連の情報を持っていそうな他者にも相談し,自分達の抗議が他の人達の判断によっても正当化されるかどうか,白分達の判断が正しいかどうかをチェックしておくべきである.

2に,その組織体にオンブズマン,すなわち「倫理ホットライン」あるいは倫理事項を取扱う内部機構があれば,責任感のある技術者はそういう組織内の手段を活用すべきである.これがうまくいかなくても,抗議を外部に向かつてするのが不可避なら,助言,専門的技術評価,経済的支援,あるいは公衆の支援などという形で,専門職協会や外部コンサルタントが援助を提供できるかもしれない.

3に,責任感のある技術者は,同僚の専門職が支持するように働きかけるべきである.責任感の技術者は他者に収集した書類を見せて,経営の上層部に働きかけるための支援を頼むのが良い.更に言えば,その働きかけは対決的な姿勢ではなく,専門職の責任を明らかにし組織体の長期的な利益を推進するような姿勢を取るのが良い.

4に,責任感のある技術者は,自分の直属の上司に白分達の異議を知らしめることが適当である場合は,そうすべきである.討論はできるだけ対立的でないようにやるべきである.焦点を置くべきは,その問題であって個人攻撃ではない.「私は問題を抱えています」とか「我々は問題を抱えています」というように問題を提起すべきで,「あなたには問題がある」では駄目である.

5は,責任感のある技術者は,目前にある問題をどう解決するかについて,積極的且つ具体的な提言をすべきである.単に何をすべきでないかを指摘するよりは,むしろ代わりに何をすべきかを示すべきである.犯罪活動が関係しておらず,特に問題が偶発的に起きたと思われる場合,責任感のある技術者は,多くの場合事態に関係なく個人又は組織全体の面子が立つような解決策を提案することができる.困難の中からやさしい解決法を示すことが,しばしば問題のエスカレーションを防止する鍵になる.

6は,責任感のある技術者は,自分の上司が共感せず冷淡な場合,他の理解ある管理者を探してみるべきである.しかし自分の上司の「頭越しにうまく避けて通る(end run)」ような様子を見せるようなことは絶対にしない方が良い.その管理者に,自分の上司に話す時にはどんな話でも内密に,非公式にするように強く念を押すことによって,そういう印象を与えることを避けられる場合もある.

7は,他の全てがうまくいかなかった場合,責任感のある技術者は,反対すべき活動が公衆に知られるようにすべきである.それには通常,報道や政府機関を何らかの形で巻き込むことになる.多くの場合,技術者が既に組織体を辞めている時は,その抗議は最も効果的でなる.すなわち,その場合はその人の活動が私利私欲によって動機付けられているのではないかと他人から疑われることはほとんどない.

内部告発の組織体に及ぼす影響についてなされた研究はほとんどないが,内部告発者達自身を調べてみると,彼等は通常かなりの損害をこうむっている.大抵の内部告発者達は,自分のやったことを誇りに思い,またもう一度やりたいものだと言っているが,彼等及び彼等の家族はかなりの苦難をこうむったことを彼等は認めている44.次頃で,組織体が内部告発の必要を避けるためにやれることを考えてみよう.