6章 核兵器の法的位置付け

6.1 世界の核保有国

現在、世界で核保有国として認識されているのは8ヶ国である。それらの国は米国、ロシア、英国、フランス、中国、インド、パキスタンそしてイスラエルである。南アフリカ共和国は過去に核を保有していたことを認めているが、すでに撤去したと言っている。旧ソビエト連邦に属していた3国、ウクライナ、ベラルーシ、カザフスタンは核兵器を保有していたが、廃棄、あるいはロシアに返却している。イラク、イラン北朝鮮はかつて核兵器を保有したことがあり、また現在核兵器製造計画を持っている可能性がある。英国と同様、北太西洋条約機構(NATO)の同盟国であるベルギー、ドイツ、ギリシャ、オランダ、イタリア、トルコは合衆国の核兵器を保管している。多くの核兵器は潜水艦に装備されているため、実際、核兵器は国際海域どこでも存在するのである。

6.2 核兵器一覧

合衆国とロシアは飛びぬけて多くの核兵器を保有している。最近の条約により両国は多くの核弾頭を破棄しているが、それでも米国は約11500、ロシアは7500の核弾頭をいまだに現役で使用することが可能であり、両国とも予備としてもっと多くの核を保有している。アメリカ、ロシアは共に落下爆弾としていくつか核爆弾を保有しているが、多くが地上或いは潜水艦から発射される大陸間弾道弾(ICBM)である。英国の核兵器はトライデント核ミサイル潜水艦システムに組み込まれており、計185の核弾頭を保有していると推定される。フランスは短距離空中発射ミサイルと同様に潜水艦発射の大陸間ミサイルを保有し、核弾頭の数は約450基である。中国の核兵力は推定することは難しいが、長距離発射システムはほとんど保有していない。中国は100基強の旧ロシア式の爆弾、いくつかの長距離と、多くの中距離と、地上発射ミサイルを有する。中国はまた4から6機のミサイル発射潜水艦を建設中であり、急速に近代化している。多分、500ほどの核弾頭を保有していると思われる。インドとパキスタンがいくつ核弾頭を保有しているかは不明である。イスラエルの推定核弾頭数は約200基である。

核弾頭数と発射システムの詳細な情報がほしい人はCNDへ連絡ください。しかしながら、詳細な情報は情報源が秘密のためかなり幅があるということを考慮しておいてください。その時点でいくつの核弾頭を保有しているか正確に把握しているものは誰もいませんし、違うデータと比べるとどの数もいつも異なります。

最も信頼のある全世界の総核弾頭の推定数は、実際に配置されているもの、保管されているもの、撤退されたがまだ廃棄されていないものも含めて約3万基である。

6.3 英国の核兵器

現在の英国の戦略核戦力はトライデント潜水艦より発射される大陸間弾道弾ミサイルシステムである。これは1996年に廃棄された旧ポラリス潜水艦システムの後を次いだものである。英国は過去に他の核兵器を保有していたが、すべて撤去され、バーグフィールド(Burgfield)で解体されている。

トライデントは4つの潜水艦からなる潜水艦発射弾道弾ミサイルシステムである。それら4隻の内3隻が常時戦闘可能である。計42基の操縦可能なミサイルが装備され、各潜水艦には14基のミサイルが装備されているようである。3隻の戦闘可能な潜水艦は48基の100キロトン核弾頭を備えており、それぞれの核弾頭は別々の標的を攻撃できる。

トライデントの一弾頭は広島に落とされた核爆弾の8倍もの威力がある。広島に落とされた核爆弾で14万人もの人が亡くなったと推定されている。

1隻のトライデント潜水艦が24時間、365日常時パトロールしている。ジェフリ・トール(JeffreyTall) 指揮官(1989年から1991年まで原子力潜水艦HMS(英国軍艦)リパルスの船長を務める)は、パトロールについて次のように述べている。「我々が海に出る時は戦争に行くときである。」トールと彼の後任者は標的がどこにあるのかわからなくともミサイルは発射されるであろうと語った。なぜなら標的の座標はコンピュータによってすべて中継されるからである。

トライデントは英国の独立した核防衛システムとして知られているが、核弾頭を搭載しているミサイルは英国製ではなく米国から借り受けているものである。このことは2つの重大な結果を生み出している。トライデントは完全に独立した兵器ではなくそれらのミサイルがメインテナンスや修理のために米国に引き渡されたとき米国はそれらの返還を拒否する可能性があることと、英国トライデントミサイルは飛行中、米国のトライデントミサイルと見分けがつかないということである。後者が意味するのは、米国政府は敵側のすべての兵器を発射前に破壊してしまう壊滅的な、すなわち核戦争に勝利するための先制攻撃能力を確保したがっており、いまだに断念しておらず、したがって、たとえ英国が一発でもトライデントミサイルを発射すれば、それはアメリカの初期攻撃の一部と誤認され、ロシアはその一撃での壊滅を避けるため総反撃し、全面戦争となる危険をはらんでいる、ということである(「核を使うか、さもなければすべて失うという」状況)。

最初のトライデント潜水艦システムのHMS(英国軍艦)バンガード(Vanguard)は1994年12月に初のパトロールを行った。続いて、1996年にはHMSビクトリアス(Victorious)が、1998年にはHMSビジラント(Vigilant)が偵察を実施した。4隻目のトライデント潜水艦であるHMSベンジェランスは現在2001年初頭に初の偵察を実施する予定である。

CND(反核運動)は、年間のトライデント運用費用は約15億ポンド(1200億円)と概算している。数千トンの中レベルの軍主要核廃棄物はロジス(Rosyth)、デベンポート(Devonport)、アルダーマストン(Aldermaton)の3つの主要な核用地に保管され、年に約750トンずつ増加しているが、これらの数字に廃棄処理決定まで待機している廃船になった原子力潜水艦(11隻以上)は含まれていない。軍の核計画に伴う有毒放射能廃棄物の安全処理の問題はいまだに解決されていない。

核兵器は当初英国国民や議会に諮られることもなくアテリー(Attlee)政権によって秘密裏に導入された。それ以来民主的説明責任を欠いている。常に多くの英国国民が核兵器に反対しており、この傾向はイングランドやウェールズよりスコットランドの方が強い。スコットランド国民党、スコットランド労働組合議会、13のスコットランド地元団体、スコットランド教会総会、スコットランドローマカトリック司教もトライデントに反対している。しかしながら、トライデントはスコットランドの人々に押し付けられてきている。非核地帯を宣言している地方自治体の全英運営委員会は英国人の全体的な考えを調査するために1997年9月5日から10日にギャロップに世論調査を委託した。回答者の59%が英国が核兵器を保有しない方が社会安全にとって良いことだと考えており、たった36%が持っていたほうが良いと考えている。また54%がトライデントの核弾頭を海上配備から撤退させ貯蔵庫保管すべきであると考えている。そして、87%が世界規模の核兵器撤廃条約の実現に向けた交渉に協力すべきであると考えている。

6.4 英国の核防衛政策

英国は、トライデントは英国が保有しているたった一つの核システムであると言い、世界の核兵器廃絶に専心していると主張している。1970年代に比べ、弾頭数は21%減少し、破壊力は59%低下している。しかし、これは事実をゆがめている。全体的に英国の弾頭数は減り、破壊力も低下しているが、政府の示す数字は英国から引き上げられたアメリカ兵器の減少分も含んでいるのである。

それにもかかわらず、トライデントは英国の核能力としてかなりの増強傾向にある。ポラリス同様の破壊力を持ち、3倍の射程距離を持ち、より速く、より正確であり、ミサイルの核弾頭は個々に誘導されるので、最高で8倍の標的を攻撃できる。それに加えて、英国は、次世代の核弾頭の生産のために引き続き研究、開発しているということが明らかにされつつある。新しいトリチウム製造原子炉がチャペルクロス(Chapelcross)とセラフィールド(Sellafield)に建設されるようである。

核能力を増大することによって、また旧式になった核兵器システムをのみ排除し、トライデントに取り替えることによって、冷戦が終結した今、英国は軍縮ではなく再軍備に力を入れているのである。

英国はすべての核保有国内での核兵器数が同数になるまでトライデントを軍縮交渉の対象にはしないと言っている。しかし一方で、英国の核能力を維持し増大するという態度は多くの非核保有国からは全くの偽善であると受け取られている。それらの国々は、なぜ英国や他の核保有国が自らの義務を遂行しないのに自分たちが核拡散防止条約の条項に従わなければならないのかと常に疑問を投げかけている。

1998年7月、英国政府は戦略防衛の見直し(Strategic Defense Review)の結果を公表したが、実際の核兵器政策には何の変化も見られなかった。その見直しを行った関係者にはトライデントの廃棄処分を進めるような考えは許されず、この選択は国防大臣のジョージロバートソン(George Robertson)によって審理のはじめより除外されていた。トライデントを保持する決断は見直しの中で次のように記述されている。「したがって、政府の公式声明文においてトライデントは英国の安全保障の要として保有することが公約されている。」(SDR:戦略防衛の見直し 第5文)

トライデントを保持するという決定は「今日英国や西ヨーロッパには直接的な軍事的脅威は存在しないし、またそのような脅威の再現も見られない」という見直しの中で述べられている脅威に関する査定内容(SDR:戦略防衛の見直し1章、第3項)に真っ向から反している。政府はまた、英国に対していかなる緊迫した核の脅威も見られないと言及している。(国会議事録98.6.10)。

[見直し]計画はトライデントを保持するばかりでなく、1隻の潜水艦を常時継続して海中パトロールさせることも決定した。

英国政府はまた、NATOが核政策を変更しようとする試みにも反対をしている。ドイツ政府が、NATOは核の先制攻撃はしないという政策に変更をすべきであるという提案をした時、英国と米国はドイツ政府に核政策の定説に反すると考えられているその政策を強制的に撤退させた。

冷戦中トライデントはソ連に対する核抑止として正当化された。国防省は今日トライデントに別な役割を与えようと躍起になっている。そのため英国政府はトライデントを英国の国益に対する脅威となる「潜在的侵略者」に対する戦略的そして準戦略的あるいは戦術的核抑止力と再定義することによってトライデントの論理的根拠を新たな戦略的情勢に適応させようとしている。これは侵略あるいは他の方法で英国の国益を脅かす全ての国がその対象になる。この侵略は核兵器によるものとは限らず、もし、この侵略国が核兵器を保有する国と同盟関係にあれば、通常兵器でもありえる。

英国の国益とは英国の貿易、その貿易に使用される海上ルート、海外からの原材料そして、英国の推定3兆ドルにのぼる海外投資であると1995年防衛白書に明記されている。

英国の防衛政策は内政政策同盟政策の2つに分類されている。同盟政策においては英国が属しているNATOや西ヨーロッパ連盟(WEU)などの核兵器同盟を考慮しなければならない。

WEUは1987年10月にヨーロッパの国益に関する次のような政策要網を立案した。「確実で有効的であるために、抑止力と防衛戦略は適切な核兵器と通常兵器との相応な混合使用を基盤にし続けるべきであり、核の力のみが、容認できない危険性をもつ潜在的侵略国に対抗できるのである。」この政策では、核兵器を使用しない、または核兵器を保有もしていない敵国に対する核兵器使用あるいは核による威嚇の可能性を残したままである。

英国のNATOとの関係は、明白な同盟への義務と米国の政策への統合の二つに分けられる。同盟への義務において、NATO政策は核兵器の先制攻撃を認めている。1967年に立案された古典的な柔軟政策は、「柔軟でバランスの取れたあらゆるレベルの侵略あるいは侵略脅威に対し、通常兵器と核兵器での適切な対応」を許可している。これは実際には威嚇のため通常兵器を使用した報復として、侵略が始まる前に核兵器の使用を認めることになる。近年、NATOはあまり好戦的に見られないようにしながら、今日、核兵器を最終手段として位置付ける政策を掲げている。しかし、この政策はいまだにNATOが最終手段に頼らざるをえないと判断したときはいつでも先制攻撃をすることを認めている。

英国はNATO戦略に統合している米国以外の唯一の核保有国のため(フランスは長年独立を維持している)、英国の核兵器はNATOに献じられてきたが、国益が脅威にさらされたり同盟国によって防衛されなかった時は、NATOと離れいつでも単独に核兵器を使用することが出来る。英国の核兵器は米国が核戦争を遂行する際の単独作戦計画(SIOP)の一部として米国によって組み込まれた。SIOPは数年の間に劇的に変化した。一つの新しい選択はSIOPエコーと呼ばれる核遠征部隊であり、1992年初頭に漏洩したトップレベルのペンダゴン(米国国防総省)の研究によると、基本的には中国あるいは第三国などの標的に対して使用するためのものである。しかし、SIOPは引き続き両大西洋側の核戦争戦略を支配決定することに変わりはない。言い換えると、他のNATO同盟国の同意を得なくとも前もって決定された米国の計画によって、英国の核兵器が発射される状況があるということになる。

今日、英国の核政策には2つの分野がある。それは戦略的核抑止と準戦略的核抑止である。2つの大きな違いは、前者は総合的核攻撃に関するもので、後者は小規模な核攻撃に関するものである。「戦略的」分野では、全ての弾頭を含む、トライデントミサイル16基全てのミサイルを発射することを意味し、「準戦略」分野では、1つの弾頭を搭載した1つのトライデントミサイルのことを意味する。1993年11月6日、当時国防長官であったマルコム・リフケン(Malclm Rifkind)は核抑止を次のように定義し、戦略的、準戦略的両核抑止は英国の国益に関与していることを明確にした。「核抑止は潜在的侵略者の心中に我々が核兵器に使うことを全く躊躇しないということを確信させ、またその核を使用する場合は、侵略者が破壊しようとする我々の国益がどのくらい重要なのかということに比例しなければならないのである。」

準戦略的核抑止は、少し違った定義をされている。リフケンは、総核攻撃は国際的危機に対する反応として必ずしも適してはおらず、そのような攻撃をするという脅威を敵国は感じてはいないだろうという見解に同意している。「そのため、国全体の命運に関わる国益を最大限守るという我々の意思を間違いなく伝えることによって、敵国が侵略を中止するという政治的決断を導くために、英国もより制限された核攻撃をする能力があるということは、我々の核抑止の信憑性を高めるために重要である。」

この意味については翌年の国際防衛見直し(International Defense Review)9月号で詳細に説明されている。「第一の(1核弾頭搭載の複数の戦術的トライデントミサイル)の使用目的は、大規模な戦力を必要とする紛争での敵の核攻撃に対戦するためであるとしている。そして、第2にそれらのトライデントミサイルは、細菌や化学兵器などの大量殺傷能力があるものを敵側が使用したような状況においても使用される。なぜなら、英国は、それに報復する同様の兵器を持っていないからである。 第三に、それらは示威的に使われる。すなわち、もしその敵国が攻撃的行動を継続するようであるなら、核兵器がその国の重要地点に向け発射されるであろうというメッセージを託して、その国のあまり重要でない非住居地域に核兵器を向けるのである。最後に、報復的役割である。軍事行動にでたら核攻撃をするという警告にもかかわらず、敵国が行動を起こしたときである。」

攻撃の目標は、常に「対抗戦力」における「核兵器施設、ミサイル試験地域や、核爆撃に備え補強された燃料庫」などであり、居住地域や産業地域ではない。しかし、補強燃料庫に隣接している居住・産業地域がいかに爆風、熱、放射線、死の灰の影響を避けるのかという説明はされていない。

1995年4月5日にジュネーブでの軍縮会議で、英国代表はNPT(核拡散防止条約)を批准した非核武装国に対して核兵器の使用はしないという英国政府の公約を覆した。「英国は、英国本国や、その自治区、英国軍隊、英国同盟国や、安全保障公約をしている国に対して、核保有国と同盟/友好関係にある核の非保有国が侵略、その他の攻撃をしない限り、英国によるNPTを批准した非核保有国への核兵器使用はありえない」と言ったのだ。これはあまり意味のないことである。もし英国が、ある国が核保有国と「同盟している」と判断し、その軍隊が英国軍_あるいは米国軍にであっても_攻撃を仕掛けた時、英国は核兵器を使用する権利を確保しているということになる。また、英国政府はもし、NPT加盟国がIAEA(国際原子力機関)と衝突し、核不拡散協定が実質的な破棄状態にあると判断した時、その国を核保有国とみなすと表明している。「実質的な破棄」とは、単に全情報を報告しなかったり、IAEAが判断するに必要な権利を全く許可しないということを意味することもあり、それは必ずしも、関係国が核爆弾を保有していたり、核爆弾計画を考慮するという意味ではない。

英国の核政策は核攻撃に対する防衛のためと想定される。しかし、国政と同盟国との政策の両方において英国は他の方法で核兵器を使う意思があることを表明しており、非核保有国に対しての核兵器使用と脅威を撤廃しようとはしていない。(トライデントを使用する4つのシナリオのうち3つは敵国が核兵器を保有あるいは使用することを必要条件としていないことに注意)

上記のことを考慮すると、核兵器は単なる防衛のためでないことが分かる。核兵器は英国を防衛するためだけでも、核攻撃に対する報復のためだけでも、核保有国に対して使用するためだけでもないのである。

英国は核能力を保持しようと決断しているようである。そして英国の核政策の意図は英国の国際的地位を強化しようとすることのようである。英国が事実上どんな武器にしろ武装している敵に対抗する限り、また、英国が国連の常任理事国の椅子を保持しようと望む限り、英国政府はこの理論を使ってトライデントを「この国の将来的安全を保障する」唯一の道であると正当化し続けるであろう。

英国や他の国が直面している国家の安全の課題には、社会的、経済的、民族的不安定と環境の悪化などもある。核兵器はこれらの問題解決の手助けにはならない。事実、核兵器は経済・環境問題を悪化させるばかりでなく、世界をより不安定にしているだけである。

1990年代のトライデント

90年代の英国が見せた展開は核政策を根本的に変えるような本格的な核軍縮計画に着手したような印象を与えた。

しかし、確かに部分的な核撤廃はあったが、それが実際に英国の核に対する姿勢に変化をもたらしたのかというのは議論が分かれるところである。

冷戦中英国はさまざまな核兵力を保有し、また多くの米国軍の配備基地でもあった。1980年代初頭、冷戦の緊張がピークに達したとき、英国は4隻のポラリス潜水艦と、自国製の核弾頭を搭載した約200機のトルネード(Tornado)、ジャガー(Jaguar)、バルカン(Vulcan)とバッカニアー(Buccaneer)の核発射戦闘機から成る混合艦隊を保持していた。英国海軍は核攻撃可能な戦闘機シーハリアー(Sea Harrier)と、対潜核爆雷を搭載可能な数十のヘリコプターを保持していた。英国空軍(RAF)は米国の対潜核爆雷の搭載可能な対潜水艦機である二ムロッド(Nimrod)を配備し、英国陸軍は、米国製の核薬きょうや弾頭に合わせて設計された155mmと203mmの榴弾砲とランス戦場ミサイルを装備している。また、英国は弾道ミサイル潜水艦、核搭載可能攻撃機や巡回ミサイルの補給基地を米国に提供している。

90年代半ばまでに、少数の核爆弾を除いてすべての合衆国のシステムを撤退し、同様に英国軍に使用されている合衆国の弾頭も撤去された。少数のトルネード攻撃用を除いて、すべての英国の準戦略核兵器も撤去された。このプロセスは、ジョン・メイヤー(John Major)を党首とする保守党の下で行われ、皮肉にも保守党は軍縮推進政府という認識を持たれることとなった。ロシアもまた多くの核兵力を撤退させたのだが、それに対して、英国の方は巡行ミサイルの撤退を除いて、軍縮条約に沿うような何の変化もなかったのに、である。

1997年以降の労働党政府はさらに軍縮に向けて歩を進めたように見えた。もっと控えめであった。労働党政府は最後の準戦略的核爆弾の撤廃を早め、核兵力レベルを明白にし、トライデントミサイル潜水艦兵力の警戒態勢を暖和し、核兵力のトライデント潜水艦への搭載をその能力より低く維持するという声明を出したのである。たとえそうだとしても、最後の戦術的核爆弾が撤廃されることはトライデントが英国唯一の核兵器システムになることを意味し、結果的に、準戦略的(戦術的)・戦略的役割として配備可能な高度な多目的システムに発展していったのである。

かつては爆撃機が負担していた準戦略的役割を引き受けるために、トライデント潜水艦のミサイル16機中の6機は、約100キロトンの標準型トライデント弾頭と比べ、約5から10キロトンの破壊力を持つ小型の単一の弾頭を装備している。それらの準戦略的トライデントミサイル弾頭は英国が単独使用できるのと同様にNATOのためにも使用可能である。

特に数十年先に関連のあることだが、核に対して英国がとってきたこれまでの姿勢には、興味深い微妙な差異がある。英国の核戦略の見解の大部分は、冷戦時の戦略やNATOとの関係におかれていたのだが、副次的には、冷戦中のソ連との関係においてだけではなくNATO地域以外の地域的対立においても、核兵器を通常兵器の相対的弱点を補うものとしても重要であると考えていたのである。

戦術的・戦略的核兵器は1982年のフォークランド紛争時に配備された。また、英国は限定的な核使用能力をもっており、それはすでに1960年代初頭のインドネシア紛争初期において明らかにされていたのだが、1991年の湾岸戦争時には核使用を考慮する意思があることを示した。これは驚くにはあたらない。なぜなら、NATOの核兵器先制攻撃の計画において表明されているように、核兵器の使用は、合衆国、ソ連、ロシア、フランスでも同様に軍事的思考の一部となっているのである。

英国はトライデントをNATOとは別に単独で配備する権利を確保している。準戦略的トライデント弾頭の使用目的に関する詳細な査定によると、「第一の目的は1990_91年の湾岸戦争のような大規模兵力(英国陸空軍を含む)を投入する紛争において使用され、敵国の核攻撃の報復のために使われる。第ニに、それは同様な紛争に使われるが、細菌・化学兵器などの大量殺戮兵器を使用する敵に対戦するためである。なぜなら英国は同様の兵器による報復能力を持っていないからである。第三に、それらは示威的に使われる。すなわち、もしその敵国が攻撃的行動を継続するようであるなら、核兵器がその国の重要地点に向け発射されるであろうというメッセージを託して、その国のあまり重要でない非住居地域に核兵器を向けるのである。最後に、懲罰的役割である。軍事行動に出たら核攻撃をするという警告にもかかわらず、敵国が行動を起こしたときである」

4つの仮想状況のうち3つが英国による核の先制攻撃を意味しているということは注目すべきことである。そして、そのようなシナリオは米国やロシアの現在の、あるいは予測可能な将来での核標的や核戦略とも似通っているのだ。英国のトライデントミサイルシステムは21世紀の最初の4半世紀は機能しつづけ、あらゆる紛争状況に対しても対応可能な柔軟性のある核システムであると認識される。英国の核兵力が依存しているトライデントを撤退するという考えは今のところ英国の政治要網にはない。

ポール・ロジャー教授

6.5 戦争時における英国トライデントの使用

公的には英国の核標的政策の詳細はほとんど明らかにされていないが、もし英国のような国がトライデント級の核兵力に攻撃されたときにどの程度の被害が出るのか指摘することは可能である。英国を例にすると、トライデント級の核能力を容易に評価することが出来る。

英国の核攻撃目標の直接情報は折々の政府の声明や機密情報リストからはずされたものから入手できる。同盟国との核攻撃目標戦略に関するより実質的な情報も入手可能であり、特に冷戦時代のスクエアレッグ(Square Leg)訓練のような民間防衛訓練から英国も敵対国の攻撃目標になりえるということが分かる。

同盟国間における爆撃目標は4つのグループから成り立っていることが知られている。核とそれに関係する施設が全体の5%、海軍、空軍、兵舎、そして補給施設を含む通常軍事目標が50%である。そして約8%が指令中枢と主要通信情報施設を含む政治的軍事的統率施設である。残りの3分の1以上は、戦力維持産業、軍需品、武器製造工場、輸送、エネルギー施設や、核戦争後の経済復興に貢献するような産業を含む、経済産業的な攻撃目標である。

英国独自の核攻撃目標がモスクワとその周辺を破壊することを第一にしているため、モスクワの中心を攻撃目標にすることに重点が置かれているが、これは広範囲攻撃の一部であり、前述した同盟国の攻撃対象と一致している。

英国のトライデント艦隊は、理論的には4隻の船に各3つの100キロトンの核弾頭を搭載する16のミサイルを供給できることになっているが、実際には米国に注文したミサイル注文に関する政府声明やデータからは、3隻の船を装備するだけのミサイルしかないことが指摘できる。従って、いくつかのミサイルは単一の準戦略用弾頭を装備していることになるが、そうした制限は3つ以上の弾頭を装備している他のミサイルを配備することで帳消しにされてしまう。トライデントが各100キロトンの144弾頭能力を有すると推定することは合理的なことである。

1980年8月の「スクエアレッグ」民間防衛演習は、130のソ連弾頭が英国を攻撃したという想定で行われた。その演習やソ連の持っている英国軍拠点の地図や同盟国間の攻撃目標の資料などから、それを英国にあてはめた時、トライデント級核戦力の攻撃目標領域を示すことが出来る。

核基地

主な攻撃目標となるものはグラスゴーに近いファスレーン(Faslane)のトライデント基地と、クールポート(Coulport)にある核軍備用地である。エジンバラ(Edingburgh)に近いロース(Rosyth)とプリマス(Plymouth)に近いデボンポート(Devonport))基地の補助施設も同様に攻撃対象となるであろう。サホルク(Suffolk)のレイクヒース(Lakenheath)のアメリカ核施設もグロシェスターシャー(Gloucestershire)のフェアホード(Fairford)にあるB-2核爆弾の前線となる可能性のある基地や補給基地と同様に攻撃されるであろう。ラグビー(Rugby)近くにある低周波数通信局を含むトライデントに直接関係のある通信施設も、スカボロー(Scarborough)近くのフィリングデイル(Fylingdales)にある弾道ミサイル早期警報局と同様に標的にされるであろう。リーデング(Reading)近郊とロンドン西近郊のアルダーマストン(Aldermaston)とバーグフィールド(Burghfield)にある核製造センターも主要な攻撃目標である。

通常軍事力

戦時下において軍隊使用が可能となる民間施設を含む通常軍事施設は攻撃標的となる。これは英国空軍ロイチャーズ(Leuchers)基地や英国海軍レシーノウス(Lessienouth)基地と、東ミッドランド(East Midlands)と東アングリア(East Anglia)にあるいくつかの英国空軍基地また、オックスフォード(Oxford)近郊のブリズノートン(Brize Norton)や、ウイリィトシャー(Wiltshire)のリネハム(Lyneham)などの輸送基地を含む全英国空軍と海軍基地を含む。ファスレーン(Faslane)、ロジス(Rosyth)とデボンポートに加えてポートマス(Portsmouth)も直接の海軍の攻撃目標となる。そして、ハル(Hull)とアバーデ_ン(Aberdeen)を含む海軍が使用可能な港も標的となる。

英国中の陸軍基地でもっとも有名なアルダ_ショット(Aldershot)やカターリック(Catterick)のような大きな基地も補給所と同様攻撃目標にされる。民間空港では、特に、ヒースロー(Heathrow)、スタンステット(Stanstead)、ガトウィックGatwick)、バーミングハム(Birmingham)、マンチェスター(Manchester)、グラスゴー(Glasgow)、プレストウィック(Prestwick)やエジンバラなど重要な施設や長距離滑走路を持つ空港は標的になるだろう。そして必然的に、その多くが人口密集地域に近いのである。

命令・制御・政治的・軍事的指揮系統

主要な軍隊指揮中枢はロンドン近郊のノースウッド(Northwood)(海軍)、ハイウィコム(High Wycombe)(英国空軍)と、エジンバラ近くのダンフェ_ムライン(Dunfermline)(海軍)とポーツマス(Porstmouth)(海軍)である。各地区の陸軍中枢はロンドン、コルチェスター(Colchester)、ブレコン(Brecon)、ヨーク(York)、プレストン(Preston)、そしてエジンバラである。情報中枢はMI5(英国国内防諜部)、MI6(英国国外防諜部)とセントラルロンドンの防衛情報局員、リード(Leeds)とブラッドフォード(Bradford)に近いチェルテンハム(Cheltenham)とメンウィズヒル(Menwith Hill)のGCHO(国家通信本部)を含む。政治的指揮中枢は、ロンドン、エジンバラ、カルディフ(Cardiff)とベルファースト(Belfast)にある。

経済産業攻撃目標

商業・産業の中心地はロンドン、エジンバラ、グラスゴー(Glasgow)、ベルファースト、カルディフ(Cardiff)、スワンシー(Swansea)、ブリストル(Bristol)、バーミングハム(Birmingham)、コベントリー(Coventry)、マンチェスター(Manchester)、レイセスター(Leicester)、ノッティンガム(Nottingham)、ダービー(Derby)、ミドルボロー(Middlesborough)、ニューカッスル(Newcastle)、ダンディー(Dundee)とアバーデーン(Aberdeen)などである。

エネルギー資源は特に重要であり、グランジマウス(Grangemouth)、ティーサイド(Teeside)、スタンロー/エルスメアポート(Stanlow/Ellesmere Port)、ミルフォードヘイボン(Milford Haven)、フォーリー(Fawley)そしてテムズエスチュアリー(Thames Estuary)などにある精製や石油化学複合体を含む。特にスコットランドにある北海石油ガス施設は、北ヨークシャー(North Yorkshire)のセルビー(Selby)に現存する大石炭産地や、ドラックス(Drax)やティルブリー(Tilbury)のような重要な電力発電所などと同様に第一の攻撃目標となるであろう。

輸送機関の集中地域は、セバーン(Severn)、フォース(Forth)とダートフォード(Dartford)の河川合流地点や、重要鉄道合流駅や道路のインターチェンジを含み、そして通信施設はより強大なラジオテレビ送信機とマイクロ波塔などを含み、その多くが人口密集地にあるか、近郊にある。

犠牲者

前述した攻撃目標の概要はトライデント級の核戦力が英国を標的にした時の想定に過ぎない。しかし、トライデントそのものは他の国に対して同様な広範囲の攻撃能力があるのである。総犠牲者の推定は難しいが冷戦時代のハードロック(Hard Rock)や他の市民防衛演習では即死者何百万、その後、数ヶ月に渡り何百万人もの犠牲者が出ると想定している。

広島の原爆は約13キロトン級で10万人以上の犠牲者を出した。各トライデントの弾頭はその約8倍の能力を持つ。多くの標的は人口密集地域にあるか、隣接しており、攻撃を受けた場合死傷者数は英国が同様な攻撃にされされた時の推定数と同様何百万人に上るであろう。

6.6 核兵器が与える影響

核爆弾は明らかに通常兵器とは違う特色を持ち、その特質は米国の核原子力委員会によって次のように要約されている。「核兵器は3つの重要な観点より他の爆弾と区別される。第一に、核爆弾より放出されるエネルギー量はもっとも強力なTNT(トリニトロトルエン)爆弾の1千倍ないしそれ以上である。第2に爆弾の爆破は高熱と閃光に加え高度の浸透力をもつ有害な目に見えない放射線を伴う。そして、第3に爆破の後に残る物質は放射性物質であり、生物に有害な放射能を放出する。」

次のより詳細な分析は、公聴会は無論のこと、核兵器を合法であると主張する国々さえも否定しない国際司法裁判所に提出された資料をもとにしている。それらの資料は法的論拠に基づく本質的な事実で構成され、法的議論を単なる学術論争に還元させないだけの事実の重みを持つものである。

(a) 環境、生態系への被害

他の兵器では引き起こしえない核兵器の環境への被害規模は、1987年世界環境開発委員会によって次のように要約された。「核戦争がもたらすであろう被害は環境に及ぼすそれ以外の脅威をかすませてしまった。核兵器は戦争の発展において質的に新たな段階を示している。ひとつの熱核爆弾は火薬の発明以来戦時に使用されたすべての爆発物より強力な爆発力を持つ。核兵器はそれがもたらすより膨大な爆風や熱の破壊効果に加えて、新たな致命的な物質_電離放射能を放出し、空間と時間を超えて致命的影響を及ぼす。

(b) 未来世代に及ぼす影響

核兵器爆破により発生する放射能物質は死の灰と呼ばれ、短期残留と長期残留する放射能元素が混在したもので、通常アイソトープと呼ばれる。各アイソトープは半減期と呼ばれる特殊な期間を持つ。一半減期中に放射能は当初のレベルの半分に減少し、10半減期で、約一千分の一にまで減少する。そして、20半減期で、百万分の一にまで減少する。放射能物質の半減期はほんの一瞬から数十億年までそれぞれである。最短半減期のアイソトープは爆弾爆破の直後に放射能を作り出す。半減期が数時間から数日のアイソトープは死の灰を構成し、爆破後数週間、数百キロメートルに及ぶ爆風の風下にあたる地域に致命的影響を与えるが、通常一年後、それらの残留物はほとんど影響力がなくなる。人間の一世代にあたる30年の半減期を持つストロンチウム90や、セシウム137として知られるいくつかの核分裂物質があるが、それらの物質は広範囲に拡散し、数世代に渡り人体にガン発生などの有害な影響を与える。たとえ少量の放射能でも人間を含むすべての生態種の突然変異の割合を高める。

加えて、初期の核分裂物質の多くは爆破によって消費されずに気化し、ちりとして濃縮される。 旧式の核爆弾はウラン235を使用しているが、新式の核融合爆弾は初期爆破にプルトニウム239を、そして核分裂段階の補充としてウラン238を使用している。ウランアイソトープは何百万年もの半減期を持つが、深刻な被害をもたらすほどの放射能はもたない。 プルトニウム239は2万4,000年の半減期を持ち、もし、吸引したり、食物連鎖に取り込まれるとガンを発生する可能性があり、人類の歴史という時間規模から見ると永久に全世界の環境を汚染するのである。

(c) 市民への打撃

このことについては特別な説明は必要ない。というのは、核兵器はこの点で他のいかなる大量破壊兵器をも上回るものだからである。しかし、多分、広島のハチヤ・ミチコさんの目撃証言が私たちの認識の甘さを痛感させてくれるだろう。「それは悲惨な光景でした。丘に避難しようとする何百人もの負傷者が私の家の前を通り過ぎました。その姿はとても見るに堪えないものでした。人々の顔や手は焼けただれ、膨れ上がっていました。そして、大量の皮膚が剥がれ、まるでかかしの衣装のようにぶら下がっていました。その人達はアリの行列のようでした。夜じゅう人々は私の家の前を通り過ぎましたが、今朝その行列は止まりました。私は人々が道路の両側で横になっているのを見つけましたが、あまりに多くの人で、だれかを踏まずには通り過ぎることが出来ませんでした。そして、なんと、彼らには顔がありませんでした。彼らの目、鼻、口は焼け落ち、耳は解け落ちてしまったようで、どれが顔か頭かわからないような状態でした。一人の顔が崩れ落ち残った白い歯だけが突き出ている人が私に水を求めてきましたが、私は水を持っていなかったので、自分の手をあわせ、彼のために祈りました。彼はそれ以上何も言いませんでした。水を求めた言葉が彼の最後の言葉だったのかもしれません。」

(d) 核の冬

核戦争後に起こりえる状況のひとつは核の冬である。それは核兵器による市街地、森、田園地域の火災によって発生し大気圏内に蓄積される何百万トンもの煤によって起こる。複数の爆発による煙や残留物は太陽光線を吸収し、農作物が不作になり世界的飢餓が発生する。タルコ、トーン、アッカーマン、ポラックそしてサガン(作者の名前からTTAPS研究と呼ばれる)らによる核の冬に関する論文、「Global Consequences of Multiple Nuclear Explosions(核の冬、核兵器使用後の地球)」を筆頭に、核戦争により引き起こされる灰塵や、煙雲について、多くの詳細な科学的研究が行われている。TTAPS研究は、地球の片一方の半球に発生した煙雲は数週間でもう一方の半球に移動してしまうと述べている。TTAPSやその他の研究は核の冬によって数度の気温の低下が作物の実りの時期に起これば半地球規模で作物の不作が発生すると述べている。そうなれば非交戦国にも悲惨な結果を及ぼすことになる。

現在では、核の冬による気候の変化や社会的生産基盤の破壊により悪化する食物不足は、核爆発による直接的な影響より世界の全人口に及ぼす影響が大きいというのが大多数の意見である。核戦争後の人類には生活できる環境がまったく残されていないということが明白になっている。地球上の全生命が脅かされるということは確かなのである。

(e)生命の喪失

WHOによれば、核兵器ひとつが使用された時の死者の数は限定戦争か全面戦争によって異なるが大体百万人から十億人の間であり、さらに負傷者が同程度加わるであろうと推定されている。

日本当局によると、広島と長崎にわずか2つの核爆弾が投下されただけで、死者はそれぞれ人口35万人中14万人と24万人中7万4千人にものぼった。もし同じ爆弾が東京、ニューヨーク、パリ、ロンドン、モスクワなどの数百万人規模の人口密集都市に投下されていたら、死者数は数え切れないほどになったであろう。

長崎市長が国際司法裁判所へ提出した興味深い統計では、英国戦闘機773機の爆弾投下とそれに続くアメリカ戦闘機450機の6万5千発の焼夷弾投下によるドレスデン爆撃で13万5千人の死者を出したが、それは広島に投下されたひとつの核爆弾、現代の標準で言う「小さな」爆弾による死者とほぼ同数であることを示している。

(f) 放射線の医学的影響

核兵器は巨大な爆風と熱を発生させ、それは通常の高性能爆薬や目がつぶれるような閃光よりも強力なものである。通常の高性能爆薬にはない核兵器の特色は高エネルギー放射能、要するに、イオン化放射能である。その一部はX線とガンマ線と呼ばれる高エネルギー電磁放射能の瞬間爆発である。また、核爆発は塵や残留物の死の灰を構成する放射能アイソトープを発生させる。放射能アイソトープはアルファ粒子、ベータ線と呼ばれ、イオン化した高速の準原子核粒子をガンマ線同様放出する。中性子は爆発によって形成される別の種類のイオン化準原子粒子である。

イオン化したX線、ガンマ線、高速粒子は体の細胞や組織内の分子分裂(イオン化)などの放射能作用を引き起こすものである。これらの化学変化は生物細胞にとって有害である。身体に及ぼす害の深刻さは一般に一定の時間にどれだけの細胞が影響下にあったかによる。なぜなら、その害は身体の限られた自然治癒能力によって中和されうるからである。また、幾つかの器官や組織は放射能に対してより敏感である。

核爆発の半径数百メートルにいた人間は、厚い金属や石造物によって遮断されていない限り致死量放射能を浴び、主に脳に回復不可能な障害を受け数時間で死亡する。しかし、広島や長崎に投下されたものよりずっと大きな100キロトン以上の「戦略的」核爆弾の場合、放射能が致死量に達する地域にいるものはほとんど爆風によって死亡する。そこから少し離れた地域では爆風からの生存者はいるだろうが傷ややけどに対する身体の治癒能力が損なわれるほどの放射能を浴びるであろう。

核攻撃を受けた一般市民に対する最大の放射能の影響は、数日から数週間ににおよんで死の灰の放射能にさらされた人たちの上に表れる。放射能アイソトープのガンマ線から体内に蓄積される放射能は消化器官(胃と腸)、脊髄、そして、他の血液製造器官や腎臓に影響を及ぼす。初期症状は、吐き気、嘔吐、下痢、それに続く出血である。その後、貧血や慢性的な出血が起こる。感染に対する白血球と抗体の自然防衛システムが弱まりあるいは破壊される。被爆量と被害者の抵抗力によって多少の差はあるが、主に消化器官の疾患、あるいは、部分的な回復後の貧血、出血、そして感染による悪化で数日のうちに死に至る。付随して起こる顕著な症状は髪が抜け落ちることである。

空気、食物、水から体内へ吸収される放射能の被害は概ね似通っているが、その吸収過程、放射線物質の化学的属性、物質が身体のどの部分に蓄積されるかによって少しずつ異なる。甲状腺の特質は放射性であるかどうにかかわらずかなりのヨウ素元素を蓄積する。大量の放射性ヨウ素は徐々に甲状腺の機能を破壊する。また、後に、放射能に侵された甲状腺は悪性腫瘍を生じさせる。

やけどや爆発による傷害と放射能の初期的被爆による外傷を受けた生存者は長期にわたり健康を損ない、少なくともある程度の損傷は一生続くであろう。それら生存者は常に白血病や、あらゆる種類のガン発生の危険性に脅かされる。長期残留のストロンチウム90は骨に吸収され、骨のガンを発生させる。空気で運ばれるプルトニウムの粒子は肺に蓄積され、動物実験の結果から、肺ガンを引き起こす可能性が高いと考えられている。あるいは、それらは吸収され、血液によって骨あるいは他の器官に運ばれる。そのため広島や長崎で被爆した長期生存者は常にガン発生の高さに不安を抱いている。

また生存者の他の健康への害は免疫抗体の減少と、それによるあらゆる種類の感染に対する抵抗力の低下、爆破時に受けたやけどや骨折などに対する治癒能力の減少である。広島、長崎では負傷者の数が多すぎて適切な処置がなされなかったのだが、これはいかなる核爆発の後にも起こることである。そのうえさらに、放射能が自然治癒力を減少させるのだ。これが原因の損傷は、ケロイド痕と、手足の変形である。

何世代もの長期に渡る放射能の影響により、身体の再生産細胞での突然変異の割合が増加しており、それは健康への不安と社会問題を引き起こす主な原因になっている。

放射能の影響は単にその時に被害者に苦痛をもたらすだけでなく、それが生涯に渡ってじわじわと広がっていくのである。広島、長崎では、核爆弾を投下されてから何十年たってもなお、長い苦難の末死んでいく人がいる。広島市の市長は国際司法裁判所で生存者の長期にわたる苦悶の片鱗を伝えた。それらはすべてのこの問題に関連する膨大な文献資料の中に記録されている。アントニオ・カッセの「Violence and Law in the Modern Age (現代の暴力と法)」についての言及もなされたが、それは「被害者の苦しみの質は・・・数値や、統計のみからではなく、・・・生存者の言葉からもまた現れるのである」という真実に注意を喚起している。

(g) 熱と爆風

核兵器の特長はそれから生じる膨大な熱と爆風の統計からも見ることが出来る。日本代表が提出した、広島と長崎に投下された爆弾の爆発から生じた数百万度の熱と数十万気圧の爆風の想定値が国際司法裁判所での関心を集めた。鮮烈な核爆発の火の玉の温度と気圧は太陽の中心部と同じであると言われる。爆発による旋風と火事あらしは爆発後約30分で発生し、それにより広島で7万147世帯、長崎で1万8,400世帯が崩壊した。国際司法裁判所に広島市長が提出した数値によると、初期の衝撃波による爆風は一時間あたり風速1000マイル近くあったと観測されている。

(h) 先天性奇形

核兵器の影響力は世代を超え、他のいかなる兵器の影響力をも凌ぐ。将来に渡って何代にも引継がれる環境への被害のほかに、放射能はまた遺伝子障害を発生させ、広島と長崎そしてマーシャル諸島や他の太平洋諸島で証明されたように奇形や欠陥をもつ子孫を作り出していく(広島、長崎の被爆者はこの件で、長年にわたり社会的差別を受けてきたことに抗議している)。

長崎市長によると、「被爆者の子孫は数世代に渡り遺伝的影響がないかどうか注意しなければならない。これは、その子孫が幾世代にも渡り不安な生活を送らざるをえないということである。」広島市の市長は法廷で、次のように発言した。「母親のお腹の中で被爆した子どもはしばしば、精神遅滞や、未熟などの症状をもつ小頭症を伴って生まれてくる。それらの子供たちには正常に成長する希望は残されていない。医学的には何もすることが出来ない。原爆はお腹にいるまったく無垢な赤ん坊の生命に消すことの出来ない傷を残したのである。」

日本では被爆者の問題は悲惨なケロイドの症状が悪化している人たちばかりでなく、奇形児や、生まれてくる子供が奇形になるような欠陥遺伝子を持っていると思われる被爆者をも含んでいる。これは爆弾投下から長い年月をへて浮上し、何世代にも及ぶ重大な人権問題となっている。

マーシャル諸島のリジョン・エクニラング(Mrs. Lijon Eknilang)は法廷でマーシャル諸島では核兵器の大気圏実験以前に遺伝的異常を見ることはなかったと語った。彼女はその諸島で住民が放射能にさらされた後に見られる悲惨な数々の出産異常を報告した。マーシャル諸島の女性は「出産はするが、それは私達が思うような子供ではなく、私達の経験からは、たこ、りんご、亀などとしか言い表せないような物を出産するのです。マーシャル諸島の住民にはこのような子供を表現する言葉はありません。なぜなら、放射能以前にはこのような子供が生まれることはなかったからです。マーシャル諸島のロンゲラプ(Rongelap)、リキエップ(Likiep)、アイルック(Ailuk)や他の環礁の女性たちは「モンスターベイビー」を出産しています。リキエップの一人の女性は2つの頭を持った子供を出産しました。今日、アイルックにはひざがなく、足の指が3本で、片腕のない女の子がいます。ロンゲラプとその周辺の島々でもっとも多い出産異常はジェリーフィッシュ(くらげ)ベイビーです。これらの子供は体内にまったく骨がなく透明な皮膚をもって生まれてきます。子供の脳や、心臓の鼓動が見えるのです。多くの女性が異常妊娠で命を落とし、命を落とさなかったものも紫の葡萄のようなものを出産し、私達はそれをすばやく隠し埋めます。私は、私達マーシャル諸島の住民の苦難を世界中の他の住民に再び経験させることのないよう遠路はるばる法廷に訴え嘆願しにきたのです。」

出産異常を経験した別の国、バヌアツから世界保健委員会に同様な悲惨な報告がなされた。その時、委員会は核兵器に関する国際司法裁判所への参考文を議論していたときでもあった。バヌアツ代表者は「妊娠9ヵ月で産まれたものは、息はしているが、顔も、足も、腕もない」と語った。

(i)国境を越えて広がる被害

一旦核爆発が起これば、たとえ限定された地域における爆発であろうと放射性降下物は一国だけには留まらない。WHOの調査によれば、降下物は風に乗って数百キロに広がり、地中に堆積し、食物や空気を汚染し、国境の外にいる当事国以外の人間の体をも放射能によって蝕む。その結果、不特定多数の人々がこのような被曝の危険にさらされることになる。

地下実験を実施している国を含むすべての国は、地下核爆発実験の実施にあたって、環境汚染を防ぐために、入念で詳細にわたる防止策をとる必要があるということで同意している。だが、戦争で空中、地上で爆発させる目的で核兵器を使用する場合、このような予防措置が不可能であることは明白である。大気圏内で核兵器を爆発させることがどれ程悪影響をもたらすかは、部分的核実験禁止条約が締結されたことからも明らかである。

放射能は国境にまたがって影響を及ぼし、その副次的影響をくい止めることが不可能なことは、広大な地域に破壊的な被害をもたらしたチェルノブイリの炉心溶融をみても明らかである。人間の健康、農作物、酪農製品、数千マイルに及ぶ地域の住民がかつて経験したことのない影響を受けた。1995年11月30日、国連人道問題担当事務次長によれば、甲状腺ガン(子どもに多い)は、ベラルーシにおいて事故以前の285倍にものぼり、ベラルーシ、ロシアとウクライナでは未だに37万5000人の住民が避難を余儀なくされ、その結果ホームレスになることも多く、900万人が何らかの形で被害をこうむっている、とのことである。事故から10年が経過した今もなお、ロシアだけでなくスエーデンなど、周辺国の広大な地域で悲劇が続いている。核兵器で意図的に与えられた損傷ではなく、単なる事故から生じるこのような結果には、核兵器使用に伴う熱や爆発による損傷はない。ただ、核兵器が持つ3つの致命的な破壊力のひとつ、放射能による被害のみをもたらす。しかしそれは、ヒロシマ、ナガサキ級の爆発よりはるかに小規模の事故から生じているのだ。

(j)すべての文明を破壊する可能性

核兵器には人類の持つすべての文明を破壊する力がある。現在すでに存在する核兵器のわずか一部を使用するだけでそれは可能なのだ。元米国国務長官、ヘンリー・キッシンジャー博士はヨーロッパにおける戦略的保障に関して次のように述べている。「ヨーロッパ連合は我々ができないような戦略的保障を増強するよう求め続けるべきではない。もしできるとしても、我々は実行しようとするべきではない。なぜなら、もし実行してしまえば、文明を破壊するリスクを負うことになる」

1961年から1968年まで米国の国防長官を務めたロバート・マクナマラもこう述べている。「仮に、それぞれの陣営が使用可能な数万の核兵器を有しているとして、それにもかかわらず、核戦争で数十の、いや数百の核兵器の爆発にさえとどめることができると期待するのは、はたして現実的だろうか。答えは疑問の余地なく『ノー』である」

たしかに兵器の貯蔵量は減少しているかもしれないが、その数が数千であろうと、数百であろうとそのレベルの数については考える必要はほとんどない。なぜなら壊滅的な破壊を引き起こすには数十の兵器があれば十分こと足りるのだ。このような危機をもたらす核兵器を、たとえどの国であれ、どのような事情があれ、使用することは許されない。

(k)社会制度

すべての秩序ある社会制度_司法、立法、警察、医療、教育、運輸、通信、新聞、郵政の各制度_は核攻撃後、瞬時に消滅してしまうだろう。国家の命令中枢とより高度な指揮系統は麻痺し、人類史上例を見ない社会的混乱がもたらされるであろう。

(l)経済構造

経済面では、社会は人類の最も原始的なレベルに後退するだろう。よく知られたジョナサン・シェルによる研究は、このシナリオを検証して以下のように述べている。「・・・なすべきことは、いままでの経済システムを回復させることではなく、はるかに原始的なレベルで新しいものを作り上げることである。たとえば、中世の経済は現在のそれに比べて著しく生産性が低いが非常に複雑である。したがって、20世紀の経済が崩壊した後で、中世の経済システムをいきなり作り上げるのは現代人の能力ではとても及ばない。宇宙時代の残がいが散乱する中で、破壊された現代経済の名残りである車や洗濯機が、自分たちの基本的な欲求といかに隔たったものであるかを悟るだろう。・・・彼らが心を悩ますのは自動車産業や電子産業を再建することではなく、どうやって森で放射能に汚染されていない木の実や食べられる木の樹皮をさがせばいいかということなのだ」

(m)文化財

この点についてもう一つの惨事は、それぞれの時代の文明の発達を示す文化財の破壊である。核爆弾はそのような文化財に配慮するわけがなく、文化的建造物があろうとなかろうと、破壊が及ぶ範囲のあらゆるものを灰にし、倒壊する。第二次世界大戦中、多くの大都市が猛攻撃を受けたにもかかわらず、これらの都市には多数の文化的記念物が焼け残った。しかし核戦争後にはそのようなことはありえない。それらは他のすべての建造物と共に、放射能を帯びた瓦礫の砂漠の一部と化すだろう。

(n)電磁波パルス

さらに核兵器の顕著な特質として電磁パルスがあげられる。この影響は予測されたものではなく、初期のころに行われた大気圏内実験の際に偶然発見されたものである。兵器は太平洋上の超高層で爆発し、ハワイで電気機器に大規模な故障をもたらした。

ほとんど真空に近い高度では、爆発時に生じる高速度電子は非常に長距離にわたって飛び散り(低空ではそのようなことはない)、地球の磁場によってらせん状に渦巻く。電子はほとんど光に近い速度で移動し、非常に鋭い電磁放射能パルスを引き起こし、それが及ぶ範囲のすべての伝導体に瞬間的高圧力を誘導する。

少数の核兵器を敵の領土の上空で爆発させ、電気通信とすべての電子機器に混乱をもたらす、という戦略がある。超高層での一発の爆発が数百キロに及び機器を狂わせるのだ。これは攻撃の最初の段階でなされ、軍は攻撃される前に報復する必要があるので、それが「警告発射」という非常に危険なやり方をとる理由ともなっている。

軍の電気機器は、かなりの費用をかけて複雑化され、EMP(電磁波パルス)に対して部分的に防御対策がとられている。だが、民間の機器は通常防護されておらず、この先制の一斉核攻撃はコンピュータを含む電気・電子機器に関わるすべての民間の活動を徹底的に混乱に陥れるだろう。高層での爆発は半径数百キロの範囲に放射状に広がるので、この混乱は交戦国だけにとどまらない。現代社会は電子通信に大きく依存しているので、このような混乱は中立国の通常の機能を深刻かつ不当に妨害することになるだろう。

(o)原子炉に与える影響

核攻撃による広範囲に及ぶ地域の破壊と放射された高熱により、その地域のすべての原子力発電所が壊滅し、核爆弾それ自体の放射とは別の危険レベルの放射能を放出する。ヨーロッパだけで200を越える原子力発電所がヨーロッパ大陸に点在し、中には人口の密集地域近くに位置するものもある。おまけに、150のウラン濃縮装置が存在する。破壊された原子炉から「放出された致死量の放射能に、風下240キロの範囲にいる人々がさらされ、千キロ離れた地域に深刻な環境汚染を引き起こす」

現在世界に存在する450の原子炉のうち数基でも持つ国に核兵器が投下されれば、チェルノブイリ原発事故のような状況が次々に起きるだろう。さらに、放射能によって食欲不振、血球の生成停止、下痢、出血、骨髄損傷、けいれん、血管損傷、心臓血管虚脱などの疾患が引き起こされる。

(p)食物生産に与える被害

通常の兵器は、直接の衝撃が損害の最も破壊的な部分であるが、核兵器は直接の衝撃より事後に出てくる影響がはるかに深刻な被害をもたらす。詳細な技術的研究である「核戦争が環境におよぼす結果」は、核戦争の間接的影響については未だ解明されていないものもあるとしながら、「しかしながら確かなことは、地球上の人類は、核戦争による直接的被害より間接的影響、特に食物の生産や確保への影響を通して間接的に受ける影響に対してはるかに無力である」と述べている。

多くの核兵器が使用された結果生じるとされる核の冬は、地球上のすべての食物の供給を不可能にする。1954年、米国が太平洋上で行った核実験後8ヶ月の間、太平洋の様々な地域で獲れた魚は、汚染されていて食用とすることはできなかったし、日本の多くの生産地の穀物は放射能の雨にさらされた。A及びB爆弾(原子及び水素爆弾)に反対する日本医師協会に任命された医療専門家国際委員会の調査結果によれば「核兵器が使用されれば、水、食物、土壌及びそこに生育する植物が汚染される。放射性落下物の影響を受ける範囲は、直接放射能を浴びた地域だけでなく、きわめて広い範囲の、予測しがたい地域にまで影響をおよぼす」

(q)自己防衛が引き起こす多重性核爆発

もし先に核攻撃を受けた国が、自己防衛の為に核兵器を使用すれば、すでに初めの攻撃で衝撃を被っている生態系はさらに報復攻撃の影響を受けることになる。報復攻撃は一発かもしれないし、複数の可能性もある。攻撃を受けた国はすでに損壊されており、必要な報復力を正確に割り出せないからである。このような場合、出来る限りの報復力を行使しようとする傾向は、どのような現実的な評価をしようと生じうる。生態系は複数の核爆発の脅威にさらされ、永久に取り返しのつかない打撃をこうむることになるだろう。

(r)「きのこ雲の影」

国際司法裁判所に提出されたオーストラリアの意見書で指摘されたとおり、戦後のすべての世代は恐怖の雲_「きのこ雲の影」とも言われる_の下で暮らしており、人類の未来はそれを抜きにしては考えられない。この恐怖、特に子どもの未来に立ちはだかる絶望的な恐怖は、それ自身の中に害悪となる部分をもち、核兵器が存在する限り存続する。若い世代は希望のもてる状況の中で成長する必要がある。人生のある時期に、交戦国でさえない戦争によって、大事なものとともに瞬時に命を落としたり、健康を損ねたりするような世の中で成長させてはならない。

(s)精神的ゆがみ

リフトンとマークセンによれば、核戦略には集団虐殺心理が要求される。彼らは、著書『ジェノサイダル メンタリティ(集団虐殺心理)』で、核戦略とガス室で集団虐殺を行ったナチのやり方には重大な類似性がある、と述べている。特に、核物理学者と軍の上級参謀との面接を行った結果、彼らと、皆殺し作戦を立て、実行したナチの参謀との間には共通して内在する多くの特徴があると結論づけている。この「集団虐殺心理」には、「精神的麻痺」や「無感情な言葉」といった感情分離過程から成り立ち、距離を置くこと、観念的倫理観、問題解決への情熱などと相まって、正気で狂気の政策を実行するという結果を招く。

政府はまた国民に、このような狂気と悪魔の政策が道理にかない、必要なものであるという考えを心理的に植えつけなければならない。そのためには敵を悪魔にしたてる必要がある。たとえば、冷戦中はロシア人を悪魔に仕立て、相手がやったかやらなかったかも確認できないものの報復として、ある状況下では、瞬時に彼らを数百万人も殺すことを正当化する考えを受け入れさせようとしたのだ。

この一連の情報が示すものは、大量破壊兵器(多くがすでに国際法で禁止されている)の中でも核兵器は、人類が何世紀にもわたって築き、存続させようとしているすべてのものを破壊することにかけては並ぶものがない、ということである。ジョセフ・ロットブラット(Joseph Rotblat)教授_ロスアラモスにおけるマンハッタン計画の英国チームの一員、核戦争が健康と保健サービスに与える影響に関する1983年WHO調査の特別報告者、ノーベル賞受賞者_は国際司法裁判所で次のように述べている。「私はイギリスとアメリカが用意した弁論を読んだが、彼らの核兵器使用の合法性に関する両国の見解は、以下の3つの仮定が正しいことを前提としている。a)それは必ずしも不必要な苦痛を引き起こさないこと、b)必ずしも市民に無差別な被害を与えないこと、c)必ずしも第3国の領土に影響をおよぼさないこと。しかし私の専門的見解によれば、どのような合理的な仮定のもとでも、上記の3項目すべてを立証することはできない」

この事実にもとづいて考えれば、法的論拠はほとんど不必要となる。そもそも、大昔から守られてきた自然環境ともどもこのように大量破壊する社会を許容する原則を法体系が内包し得ることなどあり得ないのだ。

国連総会で「核の廃絶宣言」(1981)の中から引用して述べられた以下の言葉は、前述の事実の全体像を的確に要約している。「人類が経験した過去の戦争とその他の惨事のすべてを集めても、核兵器の使用がもたらす地球の文明の大量破壊に比べればはるかにおよばない」

要約  核兵器が引き起こすもの:

核兵器を効果的に使用すれば、違法となる。合法であろうとすれば、核兵器は使用できない。                     世界法廷プロジェクト

        

6.7 英国のトライデントの犯罪性 

このセクションは、2000年10月9日から13日に行われた法務総裁への付託手続きパート1でエディンバラ高等裁判所に提出されたアンジー・ゼルダーの最初の弁論からの抜粋である。全文とウエブサイトで見ることができる。

国際法と核兵器

国際司法裁判所(ICJ)の1996年7月8日付け勧告的意見書は核兵器に関連するものとして国際法の法源を要約している。

勧告的意見は国連機関に、法的問題に関して司法判断を与えようと意図するものであるが、これは国連もしくはその加盟国を直接拘束するものではない。しかしながら、ICJは、人道法や国連憲章などの法を典拠として解釈しており、英国を含む国家はそれらの国際法を遵守する義務を持つと認めている。さらに、私がグリーノック裁判所で述べたように、勧告的意見は核兵器の使用及び威嚇の合法性に関して、明確に慣習的国際法を典拠としていることから加盟国に対して拘束力を持っているといえる。したがって、どのような状況下であろうと、トライデントに搭載されている100キロトンの核弾頭は国際法に違反しているという見解が、この法廷に対しても極めて明確に示される。

1996年7月8日の勧告的意見は、核兵器は下記の国際法のすべてに一般的に違反するであろうことを明確にしている、と私は考えている。

・     サンクト・ペテルブルグ宣言(1868年)

不必要な苦痛を与えるという理由で。

・     マルテンス条項(1899年)

人類が、確立された慣習法、人道上の基本原則、社会的良心の命じるところに基づく国際法の基本原則の保護と権威のもとからはずれている、という理由で。

・     ハーグ条約(1907年)

不必要な苦痛を与え、中立国の不可侵性が保障されない、という理由で

・     国連憲章(1945年)

類をみないほどの強力な破壊力の行使、という理由で

・    世界人権宣言(1948年)

長期にわたる放射能汚染は、無辜の人々の生命と健康に対する生得権を冒すという理由で

ジュネーブ条約(1949年)_1957年のジュネーブ条約制定を通してイギリスの法律に原典どおり取り入れられた

負傷者、病人、虚弱者、妊婦、市民の病院と保健従事者の保護が保障されないという理由で

・   ジュネーブ条約への追加議定書(1977年)_これもまた、1995年ジュネーブ条約(修正)制定を通してイギリスの法律に原典どおり取り入れられた。

市民の生命が大量に失われると思われ、環境への長期にわたる深刻な損害を与えるという理由で

これらの条約と宣言に対する重大な違反は、1946年のニュルンベルグ諸原則にもとづく犯罪行為と規定されている。ニュルンベルグ第6原則に、平和に対する罪、戦争犯罪、および人道に対する罪が規定されている。特に、ニュルンベルグ第6原則(a)は平和に対する罪を次のように規定している。

「国際条約、合意、保証に違反した戦争を計画、準備、開始、実行すること‥‥‥これらの行動を行うための共同謀議に加わること‥‥‥」

ニュルンベルグ第6原則(b)は戦争犯罪を次のように規定している。

「戦争に関する法、または慣習を侵害すること」

そしてニュルンベルグ第6原則(c)は人道に対する罪を次のように規定している。

「平和を侵す犯罪、または戦争犯罪が実行される時、あるいはそれに関連して起きる、殺人、皆殺し‥‥‥およびその他の民間人に対してなされる非人道的行為」

さらに核不拡散条約(NPT)1968年にも、イギリスは核兵器の廃絶を忠実に遂行する義務を果たしていない点で違反している。

基本原則

チャールズ・モクスレイ(Charles Moxley)は国際法の様々な原則を分析し、トライデントが国際法のどの原則に違反しているのかを調べている。

以下がその要約である。

(a)  均衡性の原則

「均衡の規定は‥‥戦闘員、非戦闘員、目標に与える影響が予想される軍事的目標の重要性に比べて著しく均衡を欠く場合には、武器の使用を禁じる」

(b)  必要性の原則

「必要性の原則は、国家が軍事行動を行うに際して、敵国の軍隊や施設に対してさえ、その軍事目標に「必要な」もしくは「必要欠かせざる」レベルの軍事力の使用しか認めず、不法な追加的軍事力の行使はどのようなものであれ禁じている。国家は、武装紛争において軍事力の行使を正当化できるような明確な軍事目標を持つ必要があり、目標と当該軍事力の行使の間には正当な関連がなければならない。もし、軍事行動がこの要求を満たせないなら、国家は戦力を低下させるか、軍事行動そのものを停止しなければならない」

(c)  中立の原則

「戦争に関する法は、中立の一般的原則を認め、ハーグ規定では行動原則として『交戦国が敵を損傷する手段を選ぶ権利は拘束されている(22条)』と述べている。この原則は必要性と均衡性の原則に基づき、概ね重なっている」

(d)   制御が必要とされる区別の原則

「区別の原則は、軍事目標と民間施設を区別できないような武器の使用を禁じている。これは民間人と民間施設を保護するための原則である。この法は、軍事目標に向けた個別の武器が、予期できない副次的もしくは偶然の損傷を民間人とその施設に与える可能性があることを認め、区別の原則を含む他の当該の原則に従って、このような損傷を容認している。しかしながら、武器は軍事目標に向けて使用され、かつ目標に的確に誘導され得るものでなければならず、民間人の損傷は意図されたものでなく、副次的、偶発的なものでなければならない」

制御の要求に関して

「核兵器の制御可能性に関して、区別の原則における制御可能とは、攻撃国が個別の軍事目標に正確に攻撃を加える能力を有することのみを要求しているのか、もしくは、その国が攻撃中、放射能を含む武器の影響を制御する能力も要求しているのか、ということが問題の中心となる」

(e)   民間人免責の原則

「区別および均衡の原則とほとんど同じ条件を有しているのが民間人免責の原則である。武力紛争の法は『民間人をこのような攻撃にさらさないために、民間人に攻撃を加えること』を禁じている」 

これらの国際法の基本的原則とICJの勧告的意見に関するモクスレイの分析は、高度な弾頭威力をもつ核兵器であるトライデントが、これらすべての原則に違反していることを明確に示している。さらに、トライデントは、上記の人道法の骨格であるとICJが詳述している国際法の2つの基本原則にも違反している。それは以下のように述べている。

「第一の原則は、民間人と民間人の所有物の保護と、戦闘員と非戦闘員の区別を確立することである。各国は、決して民間人を攻撃目標としてはならず、したがって、軍事目標と民間施設を区別できないような兵器を使用してはならない。第二の原則によれば、戦闘員に不必要な苦痛を与えてはならないことになっている。つまり、そのような害を与え、苦痛を増大するような武器の使用を禁じている。第2の原則の適用において、国家は使用する武器の選択を制限されている」

英国は、英国が関与したニュルンベルグ国際軍事法廷と東京裁判において、これらの基本的な侵すことのできない原則を慣習法であると確認し、国連安全保障理事会が創設した旧ユーゴスラビア国際刑事法廷および、ルワンダ国際刑事法廷で、この基本的原則を強く支持している。

いいかえると、核兵器の合法性を審査するために使われる、国際人道法の原則は、国際法秩序の中で、十分確立されているのである。これらの慣習法は、いつの時代もすべての国家を拘束している。さらに、これらの慣習法の原則の多くは、ジュネーブ条約(1957)とジュネーブ(修正)条約(1995)を通して原典どおりイギリス制定法に取り入れられている。

「究極の害悪ともいうべき核兵器は、人道法(不完全であるとはいえ)を揺るがせる。したがって、核兵器の存在は、生命の権利の行使に関して、長期にわたる環境破壊への影響は言うに及ばず、人道法の存在そのものへの挑戦である。ゆえに、核戦争と人道法とは相容れないものであり、どちらかの存在は自動的に他方の存在を否定することになる」

モハメド・ベジャウィ国際司法裁判長

1996年7月8日宣言付記20節

(「核兵器裁判」NHK出版より引用)

一般的違法性

ICJ勧告的意見の全文と概要は、核兵器によるどのような威嚇または使用も違法であろうことを論証している。

・     ICJは以下のような判決をくだしている。

「(人道法の)基本的規則は、それらを含む条約を批准しているかいないかにかかわらず、すべての国家によって遵守されるべきものである。なぜならその規則は逸脱することのできない国際慣習法の原則で構成されているからである」(特に強調する)

「核兵器の威嚇および使用は、一般的に武力紛争に適応される国際法の規則、特に人道法の原則と規則に反している」

・    ICJはまた、核兵器の使用と国際法が共存できるどのような状況もありえないと次のように述べている。

「より小さい、低爆発力の戦術核兵器の「きれいな」使用も含めて、一定の状況での核兵器の使用を合法だと主張する国の中で、かりにこのような限定的使用が可能だとしても、それを正当化する正確な状況を指摘することはできないし、限定的使用が高核出力の戦略核兵器の全面的使用にエスカレートしないとは言い切れない」

・   ICJは以下のことを考慮する。

「核兵器の特殊性、とくにその破壊力、人間にいいしれぬ苦痛を与える力、世代を超えて被害を与える力を」 

・   ICJはこう述べている。

「武力紛争に適用される法の原則と規則は、人道を最優先に深く考慮したものである」またこうも述べている。「核兵器の独自の特性を考えれば、・・・このような兵器の使用とこのような要件の充足とは、実際ほとんど両立できないように思われる」

結論として、ICJの勧告的意見は、全体的に違法であるとの強い根拠を与えている。14人の判事のうち、10人が核兵器の使用は一般的に違法であるとした。さらに、6人の判事は核兵器のどんな使用も本質的に違法であるという見解を示した。

合法的な使用は可能か 

ICJが残したかもしれない唯一の可能な抜け道は、法廷が105節2E項で述べたことである。

「しかしながら、本裁判所は、国際法の現状および利用しうる事実の証拠にたって考えると、国家の存亡が危機にさらされている自衛の究極の状況において、核兵器の威嚇または使用が合法か違法かについて、確定的な結論を下すことはできない」

しかしながら、この例外の可能性がイギリスのトライデント100キロトンの核弾頭に適用できないことは明確である。もし低爆発力で、そのおよぼす影響を特定の軍事的目標に限定できる核兵器が存在するとしたら、この自衛の例外のもとでは違法ではなくなるかもしれない。この点はシャハブディーン判事の反対意見によって言及されている。

「『国家の存亡にかかわる自衛のための極限状況』・・・は、合法論者が核兵器の使用を合法とする要件である。核兵器の使用を合法であると想定し、この兵器に自衛のために行使される要件となる必要性と均衡性の制限が課せられれば、この兵器の性質は「極限状況」における合法的な使用のみに制限され得る、というのがその理由である。いいかえれば、究極の状況において、自衛権を行使するための核兵器の使用に人道法が適用されないと示唆することは、核兵器使用に関しては人道法が無力であるという論旨を支持するのに等しい、ということになる。その考えは長い間取り上げられてこなかった。当裁判所がそれを指摘しているが、NWS(核保有国)自身はその見方をとってはいない。私は、受け入れがたい論旨が自衛に基づく例外に立ち戻りうることには納得できない」

疑いなく、トライデントは「自衛のための極限状況」を正当化することはできない。100キロトンの弾頭は、均衡、必要性、制御、区別、市民の免責の要件をみたすことができないからである。最も重要なことは、トライデントは軍事目標と民間施設を区別できないことに関して、国際法の基本的な、侵すことのできない規則に違反している。「自衛のための極限状況」の問題についてはまた後で触れることにする。

105節の2E項は、他の2A、B、C、D、Fの5項から分離することはできず、この項におけるICJの公式結論は、勧告的意見全体の中で解釈されなければならない。

104節によると

「この勧告的意見の最後に、本裁判所が強調しておきたいのは、総会によって提起された問題に対する回答は、本裁判所が上に述べた法的根拠(20_103節)全体によるものであり、その各段落は全体に照して読まれなくてはならない、ということである。これらの根拠の一部は、勧告的意見の最終段階における正式な結論を導き出すためのものではない。それでも本裁判所の見解によれば、それぞれの重要性が失われるわけではないと考える」

105節2E項はベジャウィ裁判長の議長採決によって8対7で採決された。なぜ2E項に決定票を投じたかについて、特に彼の「声明」の中でこう述べている。

「核兵器による威嚇・使用の合法性を承認することに、いささかでも扉を開いたものと解釈することはできないという事実をいくら強調してもしすぎることはない」

「当裁判所は、核兵器が潜在的に人類全体を滅亡させる力を持つという点を忘れたことは一度もない」

「従って、この盲目の兵器の性質こそが、使用兵器のタイプの識別を規制する人道法を揺るがせにするのである」

陳述に付記された判事の見解に基づく法廷の結論を評価することは非常に重要である。多くは非常に詳細に、厳密に結論づけられている。それは、チャールズ・モクスレイの有用な著書「冷戦後の核兵器と国際法(Nuclear Weapons and International Law in the Post Cold War World)」の3章に非常によくまとめられている。

彼は以下のように指摘している。

「反対意見を述べた、シャハブディーン、コロマ、ウィーラマントリーの3人の判事は、法廷の決定は十分に踏み込まれたものではない、という理由で反対の立場をとり、核兵器のすべての使用と威嚇的使用は本質的に違法である、と結論づけている。この3人を加えると、核兵器の使用は一般的に違法であると規定する判事の数は10人となり、最終決定権をもつ過半数をこえることになる」

 

英国の核兵器の違法性

ICJは一般的質問を考慮するよう託されたが、確信をもって述べるために十分な事実の要素をもっていなかった。しかしながら、もし私達が、1998年の戦略防衛の見直しとNATO戦略構想文書に従ったイギリスの抑止政策にそって現在配備されているトライデントシステムに対し、ICJが承認する国際法の原則及び規則を適用し、核弾頭の破壊力とその仮想目標を考慮すれば、トライデントが違法であることはきわめて明確である。

私たちがグリーノック裁判所で専門家証人を通して確証したとおり、イギリスのトライデント核弾頭は100から120キロトンあり、広島、長崎で使用されたものより8から10倍の威力をもち、軍事目標はモスクワあたりとなっている。

これらの核兵器は核兵器特有の性質として軍事目標と民間施設を区別することができないばかりか、そのように意図されてもいない。実際、広島の原爆の8倍の威力をもつ核兵器にそのようなことができると考えるほうがばかげている。核兵器がこのように目標設定されているのは、大量破壊を威嚇することで戦争を抑止しようという意図があるからである。この論理の悲劇的な欠陥は、もし核の抑止に失敗し、ただのこけおどしだと判断されれば、大量破壊が実行されてしまうことである。トライデントの目的は、NATO戦略構想文書が明示しているように恐怖を植つけ、計り難く、受け入れがたいリスクを創りあげることである。政治家やその他の関係者がその問題をいかにごまかそうと、「核の抑止」の要点は大量破壊で威嚇することにつきる。

グリーノック裁判所で、私は、英国のトライデント・システムは地球上の生命に対する目前で進行中の危機であり、国際的平和への脅威であり、特にICJによって表現されているように人道法の侵すことのできない規則の違反である、と述べた。続けて、私達はすべて、依然として差し迫った絶滅の危機にあると述べた。私たちの専門家証人として、ジャック・ボーグ教授は、ダモクレスの剣が私たちの頭上に危険をはらんでぶらさがっていると、真に迫った説明をした。

正当防衛

「正当防衛の法のもとでなされる、均衡する軍事力の行使が合法であるためには、武力紛争に適用される法、特に人道法の原則と規則の要件に合致しなければならない」

英国にとっての主な障害は、1995年11月15日、ICJに対して行ったニコラス・ライエル卿の口頭陳述から知ることができる。これは、この国の精神状態が核抑止の思考に慣れきったために、国際人道法がある所以を忘れていることを見事に示している。

「戦争の慣習法が、あらゆる武器の中でいくつかの武器の使用を禁じているのと同様に、核兵器においても使用のいくつかを禁じている、ということに疑問の余地はない」

と卿は認めた上で、圧倒的な敵の軍事力による侵略を受けた国家の状況をさらに詳しく述べて、この考え方を切り崩していった。

「攻撃された側が、防衛手段が負わせるであろう苦痛の程度のゆえに、もはや自らを守ることさえ許されないなどといわれない限り、使用可能な他の手段がすべて不十分である時、核兵器の使用は不均衡であるなどと言い得るだろうか」

しかしこれこそが国際人道法の肝心な点である。それは戦争の過酷な影響を制限し、紛争後にも生きるに値する世界を確実に存在させることを意図している。つまり正当とされる自衛にさえも自制を要求しているのである。

世界法廷のベジャウィ裁判長によれば、

「正当防衛は(国家の生存そのものを脅かすような極限状況で使用される場合でも)、国際人道法の「犯すべからざる」規範の尊重義務を免れるような状況を生み出しえない。したがって、ある種の状況においては、二つの基本的原則のいずれも他方に還元できず、乗り越えがたい対立、正面衝突が起こる可能性がある。ただある国家が生存の脅かされる状況下で核兵器を使用した場合、今度は人類全体の生存が危険にさらされる恐れがある。核兵器の使用に伴って、恐怖とエスカレートの連鎖が起こるためである。したがって、国家の生存を躊躇なく他のすべて、なかんずく人類そのものの生存に優先させることは、最低限の慎重さをも欠くことになるだろう」 (NHK出版『核兵器裁判』より引用)

ICJに先だってのヒアリングで、イギリスを代表して勅撰弁護人のクリストファー・グリーンウッド(Christopher Greenwood)教授は次のように述べている。

「人道法の諸原則を踏みにじってまで自衛の必要性を許すことは、過去100年余りにわたって築かれてきたこの法における進歩をあやうくするものであろう」

周知の通り、「人道法」は、国家は決して民間人を攻撃目標としてはならず、したがって「軍事目標と民間施設を区別できない兵器の使用」は決してしてはならない、と1949年のジュネーブ条約、1997年の第1追加議定書の48条及び国際赤十字委員会の様々な記録において述べている。

これらは上院によって承認されている。

48条はいかなる紛争においても当事国に以下のことを要求している。

「いかなるときも、非戦闘員と戦闘員、民間施設と軍事目標を区別するべきである」

1987年の国際赤十字委員会の記録は以下のように述べている。

「保護と区別の基本的規則はこの条で確認される。それは戦争の法規慣例条約を基盤としている:市民と民間施設は武力紛争において考慮・保護されなければならず、この目的のために戦闘員と軍事目標から区別されなければならない。1899年のハーグ法、1864年_1977年のジュネーブ法で確立された全体系は慣習法のこの規則に基づいている」

核兵器は一般的に国際法に相反するものであり、未だ開発されていない小規模で低爆発力の戦術核兵器の使用は必然的にあり得ない。また抑止力としての方策にもなりえないし、国家の存亡がかかる自衛の極限状態にあるときの留保にもなりえない。にもかかわらず、人道法がイギリスのトライデント核兵器の配備に対してさらに規制するのは、すべての核兵器それ自体の禁止だけではないのだ。ポイントは、人道法はいかなる核兵器もその使用をも規定するということにある。いかなる低爆発力の兵器も抑止力も自衛手段も人道法を満たしていなければならない。人道法を満たさないいかなる兵器もその使用も違法である。なぜならその規則は「基本的で」「侵すことのできない」規則だからである。

もし100キロトンの核弾頭の爆発による爆風、高熱、放射能の影響を_特に放射能の影響は時間的にも空間的にも抑えることが出来ない_という観点から考慮すれば、どのような状況であれ、トライデント核弾頭の使用はたとえ1発であろうと、先制であれ、報復であれ、攻撃目標が民間人であれ、軍事施設であれ、環境の保護を含む不均衡の原則同様、不必要な苦痛を与えることを禁じる人道法に必然的に違反することになる。英国は、先制攻撃を含む様々な状況での核兵器の使用を意図する防衛政策に従って常時核戦力を配備しており、従って、このトライデント核弾頭の配備は威嚇となり人道法とその他の国際法に違反する。

人道法の侵すことのできない原則と核兵器およびICJの勧告的意見に関する広範囲に及ぶ文献があるが、ここではその要約を提出するにとどめる。しかし国際赤十字委員会によって1999年に作成された有用な書類に注目していただきたい。それは、「無差別兵器の使用を市民への意図的な攻撃」と明確にみなしている。

市民保護の絶対的原則は、ザグレブへのロケット攻撃を命令し、市民を殺傷した容疑でミラン・マルティックの起訴を再確認した旧ユーゴスラビア国際刑事裁判の予審法廷で近ごろ確認された。すべてのジュネーブ条約に共通する第1章(慣習的国際法の最小限の基準が述べられている)を含む人権法を適用して、予審法定は次のように述べている。

「どのような状況であれ、市民に対する攻撃は、たとえ相手国がなした違反に釣り合う程度の反撃であったとしても、違法である」

多くの市民や団体は政府にどのように核兵器が合法的に使用し得るのか例を示すように求めているが、政府は未だ明確な答えを示していない。これは、ただ1発の核弾頭でも大虐殺を引き起こし得ることを考えれば、驚くにはあたらない。

それに対して、政府は次のように述べている。

「正確な攻撃の能力をあいまいにしておくことは、最低限の抑止を確実にする上で重要な要素である。攻撃力を不明確にし、最低限の抑止力を保持するためには、この機密が維持されなければならないことは、明確である」

しかし、政府はこの機密というベールの後ろに隠れることで、ゆがんだ政策をごまかしながら続行させている。

トライデント核兵器が、想像を絶する恐怖の念を起こさせ、大量破壊を威嚇するために使用されてきた事実がある。これは違法である。海の真ん中の戦艦あるいは砂漠の真っ只中の一台の戦車を標的とする1キロトンの核弾頭の使用が合法と考えられないことはないかもしれないが、そのような目的を遂げるには、核のエスカレーションという不当な危険を冒さずにすむ通常兵器の使用で十分である。ICJの勧告的意見にあるように、核兵器の使用および威嚇は、一般的に違法であり、国家の存亡がかかる自衛の極限状況でのみ、違法か合法かについて確定されていないからである。つまり、このような存亡の危機が存在しない限り、核兵器の使用および威嚇は違法なのである。

その上、トライデントはそのように設計されたものではない。トライデント潜水艦に現在配備されている核弾頭を見れば、英国はすべての弾頭を1キロトン以下にまで下げていないこと、NATO・USの合同計画、戦略、攻撃目標構想(integrated targeting structures)と英国が共同歩調をとっていることが分かる。さらに、国防省が考えている、すべてではないにしろほとんどの標的は、市民が住む町や都市の周辺にある。トライデントに現在配備されている核弾頭がこれらの場所を目標とすれば、おびただしい数の市民の命が奪われ、人道法に違反することになる。

加えて、英国は現在の防衛政策として、「自衛のための極限の状況」で、核兵器使用の威嚇を制限するつもりがないとしている。しかし政府は、英国が「存亡にかかわる」脅威に直面していないことを明確に認識しているのだ。

戦略防衛の見直しで政府は以下のように述べている。

「冷戦の終結によって安全保障環境は変化した。世界戦争の影はもはやない。西側世界や英国にとってかつてのような直接の脅威はもはや存在しないし、海外の領土も重大な脅威に直面してはいない」

英国の存続は現在脅かされてはいないのであるから、トライデント潜水艦の配備による

威嚇は違法である。144の120キロトン核弾頭の配備は勿論のこと、たとえ政府が1キロトン以下の核弾頭をひとつしか配備していないと保証したとしてもだ。

さらに、私がトライデント・プラウシェアを代表して受け取った2000年9月28日付けの法務長官スティーブン・ウイルマー(StephenWillmer)からの手紙では、以下のように述べられている。

英国は

「『核拡散防止条約に加盟している非核保有国』に対して、英国の武装軍、同盟軍もしくは安全保障を交わしている国に対して攻撃が加えられない限り、核兵器を使用することはない」

これは、核兵器使用が考えられる可能性のある唯一の状況は、「国家の生存そのものを脅かすような自衛の極限状態である」と述べているICJの105節2Eとほとんど両立しえない。

ひとつの可能性として、ノルウェー国境に近い北部の町、ユリヤミーがある。その人口は2万8千人を上回り、原子力潜水艦を補修するいくつかのロシア海軍造船所に近接している。造船所上空で一発の核弾頭が爆発したら、直径800メートルの火の玉ができるだろう。そうすれば町は完全に壊滅するだろう。放射線、高熱そして建物の崩壊によって、人口の約9割以上が死亡するだろう。そのうち、子どもの死者は7千人にのぼるだろう。爆発によって、学校、病院そして教会が破壊される。わずかに生き残った者も重傷を負っているだろう。爆心から4.5キロメートル離れていても、屋外にいた人は3度のやけどを負うであろう。10キロメートル離れたセヴェロモルスクの町でさえ、爆風の被害が広がり、数百人の犠牲者が出るだろう。これらに加えてさらにノルウェー住民にも二次被曝が及ぶであろう。国際法をどのように解釈したとしても、これが合法的だというのは難しい。

           ジョン・アインスリー、スコットランドCND

命運にかかわる利益の防衛

英国の核兵器の配備と政策は、単に自衛のためや他の核保有国からの核攻撃に対する報復のためだけでなく、リフキン・ドクトリンで述べられているように「我々の命運にかかわる利益を最大限守るため」でもあることは明白である。

「戦略防衛の見直し」では、特に軍事力を「政治的目的を果たすための強制手段」と捉え、報告書の後半ではそれが経済及び石油絡みであることをはっきりと述べている。政府はこの「見直し」の中で、トライデントが「準戦略的役割」を果たさなければならないとし、

「抑止に信頼性があるのは、全面核戦争にならない程度の限定的な攻撃を実施するという選択肢があるからでもある」と述べている。

トライデントの準戦略的役割が実際にどのようなものになるかを巡っては多くの混乱と幾分かの懐疑が生じている。先の保守政権において国防大臣を務めたマルコム・リフキンは「警告発射」或いは「船首すれすれの一撃」と表現した。最近では、英国政府関係者が準戦略的攻撃を次のように説明している。

「戦略的攻撃にならないよう限定的、選択的に核兵器を使用するが、我々の決意を読み間違えてしまった侵略者に対して、攻撃を中止して手を引かないと破壊的な戦略攻撃を受けるだろうと思わすには十分な攻撃」

この準戦略的役割に関しては様々な憶測があり、100キロトンの複数個別目標誘導弾頭の幾つかが1キロトン、或いは5キロトン、更には10キロトンの単一弾頭だけになるとか、指揮官が爆発させるかどうかを決定できるのは初期段階のものだけで、2_3キロトンの核弾頭威力にしかならない、などともいわれている。侵略的行為を抑止するための警告発射という概念に関しては以下の3点が大きな問題となる:

_)国連安全保障理事会での決議984号(1995)に記されたように、英国の安全保障が侵略されない限りNPT(核拡散防止条約)に加盟している非核保有国に対しては使用することができない。

_)そのような警告発射が民間人に危険を及ぼさないとは言い切れない:さらに

_)対立が激しさを増すという不確かな状況下で、英国はトライデントから発射した核爆弾が核攻撃ではなくて警告であることをどのようにして敵国に分からせるのか。

先制攻撃に対しては相手側の即座の意思決定が必要となるので、準戦略的核使用は核による報復を引き起こし全面核戦争になる可能性が高い。英国の立案者たちはジレンマの解決に取り組むよりも問題を避けようとする傾向があり、橋を渡ることはおろか橋そのものに直面せずに済むことを願っているといった印象を与える。

マレー卿(前スコットランド法務総裁)が指摘したように、たった1キロトンの爆弾でさえ

「半キロ以内の建物を全て破壊し、1キロ以内の人間は半分が死亡する。死の灰は風に乗って25キロ離れた所まで到達する」

ポール・ロジャース教授はグリーノックでこのように証言している。

「英国で最も小型の核爆弾(でさえ).大量破壊兵器である」

核兵器の配備は殆どの国から一触即発の、常に存在する脅威と見なされており、危機の際には言葉による威嚇によって具体的に裏付けられてきた。こうした見方は、大量破壊兵器の地球規模の拡散に関する米上院公聴会における、シュウェーベル判事の報告によっても確証される。報告にはエケウス大使の証言として、イラクが1990年に核兵器を使われる脅威を感じていたことが挙げられている。シュウェーベル判事は砂漠の嵐作戦に関して

「核兵器の威嚇が近年で最も効果的に使われたのは砂漠の嵐作戦の前夜であった」と述べている。

続けて彼はその威嚇がどのようにして行われたかを数ページに渡って述べている。

1998年2月のイラク危機の際、イラクに対して核兵器の使用もあり得るという話があった。

しかしそのような使用は一切非合法であったであろう。何故なら、英国や米国がイラクによって抹殺されるという脅威の下にはなかったからである。IJC(国際司法裁判所)によって未決定として残された唯一の合法性の抜け穴が「国の存亡そのものが問われるような自衛の極限状態」であったことは記憶に値する。

それにもかかわらず1998年2月17日の下院での討論において、英国外務大臣ロビン・クックはサダム・フセインについて、

「1991年同様、もし彼が英米連合の空爆に対抗して化学兵器を用いるならば、それ相応の報復がなされるだろうことを覚悟しておくべきである」と述べた。

1998年2月18日のBBCラジオのインタビューで、英国国防大臣ジョージ・ロバートソンは核という選択肢を否定する機会を与えられつつも、それを否定しなかった。これら全てのことは、核兵器の使用が検討されていたことを示すシグナルであったし、そう理解されるよう意図されていたのでもある。

モクスレーの著書の第20章には、核保有国による核の威嚇がこれまでにも行われていたことが記されている。そしてその核保有国とは、英国とも密接な関係にある米国なのである。

「威嚇は抑止政策に内在するものであるが、現在行われている威嚇以外に、米国は冷戦時代に少なくとも5回は核兵器の使用を口にしている。1950‐3年の朝鮮、1956年のスエズ、1958年レバノン、1962年キューバ、1973年中東の5回であり、冷戦後は湾岸戦争におけるイラクである」

更に彼は、オーストラリア戦略及び防衛研究センター所長のデズモンド・ボールの報告によると、「米国高官が核兵器の使用を公式に検討した」ことは20回余りあると続けた。

核抑止の目的というのは、意図するところを不確かなものにすることである。つまり、英国が国際法をすすんで破るかもしれないということを、英国政府は暗黙のうちに「敵」に分からせなくてはならないということを意味する。例えば1991年のNATO戦略構想文書では、核兵器が非常に重要で常に必要なのは

「いかなる侵略のリスクをも予測不能で容認不能にするという類の無い貢献をする」からであると述べている。

核兵器の影響が予想不能で容認不能であるなら、それはまた核兵器が非合法であるということでもある。核兵器は国際法に違反する威嚇を行うのにのみ有効なのである。核抑止は英国の正式な政策かもしれないが、だからといって核抑止が合法であるという訳ではない。

ICJ(国際司法裁判所)によって使われた表現をもう一度強調すると、105節2Eで、核兵器は一般に違反であるがその使用が合法であり得る唯一の状況は「国家の存亡にかかわる自衛の極限状況において」であると明記している。海外からの安価な石油供給を守るためや外国における自国軍隊の存続を確実にするためというような状況は含まれないのである。

戦争犯罪

英国のトライデント潜水艦には核兵器が配備されているが、その使用を命令した個人は国際刑事裁判所設置規程にあるように戦争犯罪を犯したことになるであろう。設置規程には国際刑事裁判所が設置されれば個人が起訴されることになる違反が挙げられている。その実質的な規定に関しては、すべての国の現在ある法律に影響を与えてしまうということで細かい交渉が重ねられた。設置規程はまだ発効していないが_規程発効には60カ国の批准が必要(英国は今回の国会開催中に批准を予定している)_戦争犯罪を規定し法律を拘束しているということで意見が一致している事に変わりは無い。

国際刑事裁判所設置規程第8条(2)(b)(_)及び(_)には

「戦争犯罪とは…確立された国際法の枠組みの中で、国際武力紛争に適用される法規及び慣習に対する重大な違反を意味する、すなわち次にあげる行為のいずれかである;…(_)攻撃が、予期された具体的かつ直接的な軍事的利便に照らしても明らかに過剰となる、民間人の生命の損失もしくは負傷、または民用物への損害もしくは自然環境に対する広範で長期にわたる重大な損害を付随的に含むことを知りながら、意図して攻撃を加えること、(_)無防備で軍事的な対象にはならない町、村、住居、建物などをいかなる手段によるのであれ攻撃したり爆撃したりすること」

国際刑事裁判所に関するローマ規程第25条は、犯罪責任を違反者だけでなく命令を出した者にも負わせることを意図している。第28条には、そうした不適切な命令を出した状況になんらかの責任があるかもしれない司令官やその他の上官の責任について広範囲に及ぶ規定が記されている。

この責任という事に関して言えば、攻撃目標が暗号化されていて自分たちの発射した核弾頭がどこで爆発するのかトライデントの乗組員には知らされていないのに、どうして彼らに個人的責任が取れるのか、という我々の質問に対する回答を英国政府は常に拒否してきた。

武力紛争に関する法律では、

「軍人は合法的命令に従う必要がある。『上官の命令』という言い訳は通用しない。非合法な命令に従った場合は、本人及びその命令を出した上官の両方に責任がある」と記されている。

ニュルンベルグ原則は拘束性を持つ。トライデントの乗組員が攻撃目標を知らされていないとしたら、彼らにはその目標を攻撃することが合法なのかそうでないのか区別ができない。トライデントの乗組員は盲滅法に発射していることになる。これは犯罪行為である。

トライデントに搭載されている100キロトンの核弾頭は、それ一つで広島に落とされた爆弾の8倍の威力を持つ。広島の爆弾によって、罪も無い何千人もの子供を含む140,000から150,000もの人たちが1945年の終わりまでに殺されている。そして、18の主要な病院、14の高校、短大や大学、多数の歴史的建造物や神社、13のキリスト教会、4つの主要工場_つまり市の全域が破壊された。更に、この3月に私は広島を訪れて原爆の被害者の方たちに会い、彼らがいまだにその後遺症に苦しんでいる事実を知った。資料館で渡された本には、

「原爆による被害は時間が経てば治るというものではない。何年何十年という年月を経て放射線の恐ろしさは益々顕著になってくる。放射線の影響についての調査は、(米国による)占領下では厳しく制限されていたが、日本の主権回復後急速に進展した。その結果、放射線のもたらす後遺症や被爆者の惨状が徐々に明らかになったのである」

シモダケース(下田訴訟)において広島への原爆投下は戦争犯罪とされた。

「このように残酷な爆弾を投下する行為は、不必要な苦痛を与えてはならないという戦争法の基本原則に違反する」

国際司法裁判所は、全員一致で採択された105節2Dで、核兵器による威嚇またはその使用は、「武力紛争に適用される国際法の諸要請と両立するものでなければならない」と明記している。更に、

「国は民間人を決して攻撃対象としてはならず、従って民間と軍事目標を区別できない兵器を決して使用してはならない…国は使用する兵器に関し選択の自由を無制限に有するものではない」とも明記している。

従って、民間人を攻撃目標にする威嚇は、いわれのない攻撃であれ報復であれ、非合法である。1995年11月15日、英国による国際司法裁判所での口頭陳述においてニコラス・ライエル卿は次のように認めている。

「…例え軍事目標であっても、それを攻撃することによって民間人の犠牲や民間施設に被害がもたらされ、予想される具体的かつ直接的な全面的軍事的有利に比べてそうした被害が明らかに大きすぎるような場合、攻撃してはならない」

しかしながら国際司法裁判所が指摘しているように、

「まさにその性質により…核兵器は膨大な熱とエネルギーを放出するばかりか、強力で長期にわたる放射線をも放出する…これらの特徴のゆえに、核兵器は潜在的に破壊的なものである。核兵器の破壊力は空間的にも時間的にも抑制できない。それらはこの地球のすべての文明とすべての生態系を破壊する潜在力を持っている」

核兵器に対するこの一般的意見は、特に英国の核兵器についてぴたりと当てはまる。

スコットランドのファスレーンは、英国の4隻の核装備トライデント潜水艦の母港である。常に最低1隻のトライデント潜水艦が24時間パトロールしている。各トライデント潜水艦は100から120キロトンの核弾頭を48基搭載している。100キロトンの核弾頭は強力過ぎて軍事目標と民間施設を区別して攻撃できないし、それがもたらす長期的影響は空間的にも時間的にも抑制できないので国際法に違反する。

「現在の英国の核戦力とその配備計画を見ると、依然としてロシアを主要攻撃目標にしていることが伺える。1隻のトライデント潜水艦から発射される弾頭によってモスクワ周辺で300万の死者が出るであろう」

そして

「都市部には大量の死の灰が降り注ぐであろう。何千人という人々がこの灰によって4週から12週ぐらいの間に死んでゆくであろう」

考えられるその他の攻撃目標はロシア北部艦隊潜水艦基地である。ファスレーンの近くにグラスゴーがあるように、英国の主要な潜水艦施設の近辺には必ず町や村がある。同じことがムルマンスク(Murmansk)に近いロシアの基地についても言える。これらの基地の上空で爆発するトライデント弾頭は広範囲にわたる破壊をもたらし、都市圏の何千という民間人が犠牲になるだろう。影響を受けた地域は救助者や医療関係者や今後その地域を使う市民にとっても危険となるだろう。

トライデントシステムの影響をより理解するために、英国の攻撃政策に従って英国トライデントを英国自体に適用するとどうなるかをポール・ロジャース教授に説明してもらった。

それによると、

「主要攻撃目標はファスレーンにあるトライデント基地とコールポートの核兵器施設になるであろう。どちらもグラスゴーの近くである。基地の供給施設のあるロシス(Rosyth)(エジンバラ近郊)とダベンポート(プリマス近郊)も攻撃を受けるであろう」

その他フェアフォード(Fairford)、フィリングダラス(Fylingdales)、オルダーマストン(Aldermaston)、長い滑走路を持つ

「ヒースロー、スタンステッド(Stanstead)、ガトウイック(Gatwick)、バーミングハム、マンチェスター、グラスゴー、プレストウイック(Prestwick)、そしてエジンバラ」の民間空港も攻撃目標になるであろう。

主要軍事司令部のあるノースウッド(Northwood)…ハイ・ワイコーム(High Wycombe)…ダンファームリン(Dunfermline)…国防情報参謀部のあるセントラル・ロンドン…」

さらに「グランジマウス(Grangemouth)、ティーサイド(Teeside)、スタンロー(Stanlow)/エレスミアポート(Ellesmere)」などのエネルギー供給施設などが攻撃されるであろう。

彼は、多くの攻撃目標が必然的に居住区域の近くにあるので死傷者数は「数百万人」に上るだろう、と推断している。

このハンドブックの第10章10.2にはマンチェスターの地図があり中心には攻撃目標が示されている。トライデントから発射された核弾頭1基がこの攻撃目標上空1100メートルで爆発した場合の被害の及ぶ範囲が示されている。まさに背筋が凍るものであり、英国の軍事施設がいかに多くの都市や町近辺に集中しているかを改めて思い知らされる。

つまるところトライデントの核弾頭は、いかに正確に狙いを定めても、「軍事目標」を攻撃することによって多数の市民を殺すことになるのである。英国に対するこのような核兵器の使用は、例えわが国の指導者が他国を侵略してその国が自衛のために使用したとしても、戦争犯罪であることは明白である。そして英国に対するそのような使用が戦争犯罪であるなら、世界中のどの国に対しても同様のことを行うのは戦争犯罪である。

戦争犯罪の準備

戦争犯罪の準備がそれ自体犯罪であることは、国際刑事裁判所設置規程に明示されているとおりである。

「本規程に従って、何人も、次に挙げる場合に、当裁判所の管轄に属する犯罪について刑事責任を問われ、かつ処罰される責めを負う:…(c)このような犯罪の実行を容易にする目的で、犯罪実行のための手段の提供を含む、犯罪の実行または実行の着手を援助、扇動、その他幇助する場合」

これは、「共同計画もしくは共謀…に加わる扇動者、共犯者」に対するニュルンベルグ国際軍事法廷憲章第6条の最終パラグラフのような様々な先例の頂点に立つものである。

英国首相以下国の高官は、核兵器使用の計画と準備に携わり、合法的には決して使用され得ない規模の核兵器を積極的に配備している。これは、国際法において個人的刑事責任を問われる行動である。現在英国が配備している核兵器のいかなる使用も明らかな違法であり、それゆえ政策決定者、国家公務員、研究者、技術者は人道法に対する重大な違反の計画と準備に携わっていることになり、それ自体が国際法上の犯罪である。

核政策

英国による核兵器の使用が違法であり犯罪であるように、そのような核兵器の使用の威嚇もまた違法であり犯罪である。そしてトライデントの配備及び英国政府が核抑止を拠り所としていることこそまさに威嚇に他ならない。これは私の個人的な意見ではなく事実である。1995年に日本の法律家たちが国際司法裁判所に提出した声明書には

「今この瞬間にも世界中の市民が実際に脅威に晒されているのだ…広島と長崎以来、何かというと核保有国は核兵器の使用をほのめかしてきた。そしてその合法性を主張してきた。私たちはこうした核保有国の『人間性』を当てにしながら暮らしていく訳にはいかない。何故ならそれは奴隷状態に身を任せることであり、人間としての自分の存在が一握りの核保有国に左右されることを意味し、人間性に反し、世界人権宣言及び国際人権規約で保障されている私たちの最高にして譲渡されえない存在権を脅かすものだからである。こうした核による奴隷状態は私たちのその他の人権や基本的自由をも脅かすものであり、故に『人間としての尊厳』が侵されたことになる」

国際司法裁判所は、信頼性のある抑止は威嚇であると述べている。

「核兵器を保有していることは、なるほど、それを使用する用意があるという推測を裏付けることもあろう。…その政策が効果的であるためには、核兵器を使用する意図が本物と思われなくてはならない。これが[国連憲章]第2条第4項に於ける『威嚇』であるか否かは、武力の特定の使用が…必要性と均衡性の原則を侵しているか否かにより決定される。これらの状況のいずれにおいても、武力の行使及び武力による威嚇は、国連憲章という法の下で違法である」

米国のシュウェーベル判事でさえ、核保有国は以下のようなやり方で己の核兵器を使用すると威嚇してきたと述べた。

「核兵器の保有と配備という動かしがたい事実と不変の暗示によって;1年365日、毎日24時間核兵器が発射される態勢にあるという状況によって;軍事計画によって戦略的、戦術的に配備され、時には自らそれを公然と明らかにすることによって;そして極稀に発生する国際的危機において核兵器を使用すると威嚇することによって。まさに抑止の理論と実践にこそ、核兵器の使用があり得るという威嚇が内在しているのである

さらに第3ページでも要点を繰り返し述べている。

「核兵器を使用する可能性が抑止に内在していないとしたら、抑止は効果のないものになるであろう」

英国政府の政策は、「信頼性のある核抑止」である。これは単なる保有よりはるかに大きな意味を持つ。核抑止に信頼性を持たせるためには、核兵器を使用する意図が本物と相手に思わせなくてはならない。つまり信頼性のある核抑止とは、核兵器を使用する用意が整っていて、状況次第ではそれを使用する意図があるということである。戦略的考え方の構成要素の一つに「存在論的抑止」がある。これは、核兵器を配備せずに、保有核兵器の存在だけを公にして抑止を図るというものである。この存在論的抑止は、現在どの主要保有国も使用していない。

国防省の元常任次官マイケル・クインランはこの存在論的核抑止を次のように退けた。

我々の兵器が抑止に恒久的効果があるかどうかは存在論的核抑止からは推論できない。使用に関する実際的な構想もなく、決して使用しないという確固とした決意の下で最も必要とされる状況に追い込まれた場合には特にそうである。…抑止と使用の論理は区別できるかもしれないが全く切り離されているという訳ではない。例え使用の可能性が非常に少ないとしても、核兵器は抑止のためのものであり使用するものではないと言い切ることはできない。武器が抑止になるのは使う可能性があるからこそである;抑止能力と戦争能力を区別する試みが時折行われるが、厳密な意味で言えば根拠がない…従って抑止の概念を現在だけで考えることはできない_どんなに不確かであれ、将来の行動への言及を必然的に含むものである。その言及は自律性を伴う必要はないし、明確な仮説に結びつく確固たる意図をも必要としない;使用の可能性を一切排除しないことだけが必要である;使用の可能性がいささかでも妨げられることがあってはならないのだ」

実際英国はこれよりはるかに先を行っている。1994年の国際防衛見直しの中でデェヴィット・ミラーは、準戦略的トライデント核弾頭の威力の選択肢に関する詳細な査定において4つの使用目的の概略を挙げている。その3番目として次のように述べている。

「示威的に使用する:すなわち、もしその敵国が攻撃的行動を継続するようであるなら、核兵器がその国の重要地点に向け発射されるであろうというメッセージを託して、その国のあまり重要でない非住居地区に核兵器を向けるのである」

2000年9月28日付けの国防省からの手紙には、侵略者に「信号」を送ることや「配備してある核兵器は全て自由に発射される」可能性があることなどが書かれていて、このことを裏付けている。しかしながら、限定的な警告発射でさえ非合法の可能性がある。何故なら警告発射の「目的」とは、もっとひどい目に合うぞ、と警告することであり、そのもっとひどい目とは、疑いの余地の無い違法な規模の核弾頭を使用するということだからである。つまり(非合法な武器の使用を示唆する)警告発射自体が非合法の威嚇に当たるのである。再び言うが、英国の核抑止に内在している潜在的な目的とは_ひどい破壊をもたらしてやると脅すことである。そして私たち3人の女性が行ったことは、そのひどい破壊、そうした犯罪行為を阻止するための行動である。

国際司法裁判所の勧告的意見は、ある行為が違法であるならその違法な行為を行うと威嚇することもまた違法であると明確に述べている。

「もし、想定された武力の行使そのものが違法であれば、それを使用する用意があると表明することは、(国連憲章)第2条第4項で禁止された威嚇にあたるであろう」

英国の保有している核兵器は、民間人と軍事目標を区別できない規模のものであり、そうした兵器が使用可能状態で潜水艦に常時配備されている。英国政府は政策の中で、こうした核兵器を条件付で使用することを明らかにしてきた。この、「使用する準備があるという意思の表明」こそ、国連憲章第2条において禁じられた威嚇にあたる。

英国の100キロトン核弾頭が、必要性と均衡性の原則と国際法の基準を満たして使用されることは決してない。従って、必要ならばそれを使用する準備のあることを表明しながら継続的かつ積極的に核を配備することは、違法な核兵器による威嚇であり、それ自体違法である。

核不拡散条約(NPT)第6条の拒否

国際司法裁判所は「核軍縮に誠実に取り組む義務があるとしたNPT第6条の重要性」を認識し、全員一致で次のように決めた。

「厳格で効果的な国際管理下で全面的かつ完全な核軍縮に導く交渉を誠実に行い、完結させる義務がある」。さらに99節では、「この義務の法的意味は、単なる行動の義務を超える;ここに含まれる義務は、特定の行動の進路、すなわち、この事項について誠意ある交渉を進めることによって、明確な結果_全面的核軍縮_を達成することである」と述べられている。

英国政府は、トライデント・システムを直ちに排除する意思の無いことをはっきりと表明している。「戦略防衛の見直し」には、中期的にはトライデントを改良し、長期的にはトライデントに取って代わる選択肢を残していくことが明記されている。さらに、最近暴露された報道やアラン・シンプソン下院議員の報告によれば、オルダーマストンにある核兵器製造保管施設 に1億5千万ポンド(約268億5千万円)をかけて新しいプログラムを導入することや、核弾頭改良のために米国の「次世代トライデント」プログラムを検討していることを示す証拠があるという。また英国、フランス、米国の間で科学協力が進められている証拠もあるという。シンプソンの報告は次のように結んでいる。

「現在のトライデント核弾頭に替わる試作品の開発に、英国が深く関わっている明白な証拠がある」

英国はまた、国連の核軍縮決議に誠実に取り組んでもいない。例えば、1998年に英国は「核兵器のない世界へ_新しいアジェンダの必要性」という決議案に反対票を投じている。英国国連大使イアン・ソーターは、決議案には「現在においては信頼できる最低限の抑止力維持という政策とは両立しない」項目が含まれていたためだと述べている。1999年の国連決議「国際司法裁判所の勧告的意見に対するフォローアップ」に対しても英国は3年連続で反対票を投じている。

英国がトライデントの廃止を拒否して配備を続けることは、国際司法裁判所の勧告的意見99節及び105節(2F)で述べられているNPT第6条に対する侮辱である。核兵器の開発を進めることも同じく第6条の違反であり、国際法違反となる。2000年5月にニューヨークで開かれた「NPT再検討会議」で英国は「核保有国は核兵器全面廃絶を無条件に進める」ことに同意したが、実際には何一つ実践していない。NPTで核保有国が約束したことは果たされていない。私たちは現場で事実を確かめなければならない。英国は依然として新しい核兵器システムの研究開発を進め、核ミサイルを配備し、核抑止に依存している。こうした状況に於いては、一般市民が自分たちの手で核廃絶を始めなくてはならないと感じたとしても驚くには値しない。

結論

これまで頻繁に問われてきたにもかかわらず、英国政府は、国際司法裁判所に対しても、英国国民に対しても、どのようにして核兵器を合法的に使用するのかを一度も説明していない。たった一つの大まかな仮想例さえも挙げることが出来ずにいるのである。政府は、そのような状況を詳しく予想することはできないし、それゆえにその時になってみなければ、核兵器の合法性について確定することはできない、と極めて慎重に述べてきた。実際のそうした状況下で、指針となる基準もなしに、制限時間15分位で、トライデントミサイルを発射するかどうかが決定できるか疑問である。これまで英国政府は、自分自身で合法性に関する独自の審査をすることもできず、また進んでそれをしようとしたこともなかったのは明白である。

英国政府が用いる常套句は:

「核兵器の合法性、または特定の使用は…そのような使用が考えられるような、あらゆる状況に照らしてのみ決定されうる。起こりうるかもしれない、どのような確実な状況を考えても、予想を先取りすることは不可能であり、仮定のケースを推測することは、どんな目的にも役立たないであろう」

このような考えはばかげている。もし、事前に合法性審査とシミュレーションが行われないのなら、英国の存亡を左右するような防衛戦争の真っ只中で、どうやって核兵器の実際の使用に関する合法審査がなされうるのか。国際司法裁判所によれば、核兵器の使用が正当化されうるかもしれない唯一の場合がそのような状況なのである。英国政府が、独立した合法性審査のために、国民にシミュレーションをただ一つも示すことができないという事実は、結局合法性はないということなのである。

 「マルテンス条項は、国際赤十字の存在が物語っているように、市民の良心の声こそが国際人道法の源であることを再認識させる。私たち一人一人が市民の良心を守る番人なのである。私たちはその気になれば、国際司法裁判所の勧告的意見を基にして国際人道法を発展させ、各国に法の支配を広めることができるのだ。そして各国政府に働きかけて政府の努力をも引き出すことができれば21世紀においては国際法の支配が現実のものとなるであろう」

マレー卿、1998年

 

6.8 平和、戦争、人道法に関する多文化的、宗教的背景

戦争に関する人道法というのは最近出来たものでもなければ、ある一つの文化や宗教から生まれたものでもない。その概念は古代から存在し、少なくとも3千年にわたって引き継がれてきたものである。ヒンズー教文化、仏教文化、中国文化、キリスト教文化、イスラム教文化、伝統的アフリカ文化といった様々な文化の根底に流れているものであり、これら全ての文化において、敵と戦う際には様々な制限が設けられてきた。

ヒンズー教文化

核兵器と特に関連があるのは、過度に殺傷力のある武器の使用を禁止している古代南アジアの伝統である。古代インドの二大叙事詩「ラーマーヤナ」と「マハーバーラタ」は、南アジア及び東南アジアで広く知られており、伝統文化として現在も定期的に再演されこの地域の人々の生活に深く浸透している。この二大叙事詩は約3千年前の歴史を描いており、過度に殺傷力のある武器は使用しないという原則を具体的に表現している。

ラーマーヤナでは、インドのアヨーディヤーのラーマ王子とスリランカの支配者ラヴァナとの戦争が描かれている。ラーマ王子の異母兄弟であるラクシュマナは「敵の民族を、武器を持たない人々をも含めて完全に抹殺する」ことの出来る武器を手に入れるが、ラーマ王子はその使用を禁止する。「そのような大量破壊行為は古代の戦争法で禁じられており、例え敵のラヴァナが邪悪な目的のために不正義な戦争をしていても使うわけにはいかない」としたのである。

ラーマ王子が従った戦争法というのはすでにこの当時においても古代のものであった。マヌの法典は、戦争が正義のものであるか否かに関わらず、敵を欺く戦略を禁じ、また非戦闘員や武装していない敵に対するあらゆる攻撃を禁じていた。ギリシャの歴史家メガスセネスは、インドでは土地を耕していた農民は近くで戦闘があっても攻撃されなかったし、敵国の土地を火や伐採で荒廃させることもなかったと記している。

マハーバーラタでは、クル族とパーンドゥ族の争いが話の中心である。そしてここでも過度の破壊をもたらす武器の使用が禁止されていたことが描かれている。「アルジュナは戦争法を守り、過度の破壊をもたらす武器である『パスパサストラ』を使用しなかった。なぜなら戦闘が一般の通常兵器に限定されている時に、並外れた、あるいは通常でない兵器を用いることは、宗教上や容認されている戦争法上は勿論、道徳的にも許されない行為だからである」

不必要な苦痛をもたらす武器もマヌの法典では禁止されていた。例えば刺さるとなかなか抜けない鈎針状の矢や、熱したり毒を塗ったりした矢などである。

ヒンズー教の不殺生という教義は他の生き物に対して肉体的精神的苦痛を与えないということである。「地球の女神よ、ヴィシヌの配偶者よ、海は御身の衣装であり丘や山脈は御身の装飾品である、今日御身の上を歩く私たちをどうぞお許し下さい」_マヌ

ユダヤ教文化

古代ユダヤの伝統に基づく環境を守る知恵は次の申命記の一節(20:19)からも明らかである。「都市を手に入れようと思うなら占領までにどんなに長くかかろうと果樹を切り倒してはならない。果物を食べるのはかまわないが木を駄目にしてしまってはならない。木々は敵ではないのだから」

トーラには、人間に地球を守らせる使命が与えられたことが述べられている:「そこを耕させ、またそこを守らせた」_(旧約)創世記2:15

「世界は3つのもので成り立っている、正義、真実、平和」_神の倫理(Ethics of the Fathers)

「トーラは平和を構築するために与えられた」_ミドラシュ(古代ユダヤの聖書注解書)

アフリカ文化

アフリカ部族間の戦争に関する最近の研究で、武力紛争の際に敵に対して寛容と温情を示す人道的伝統が存在していたことが明らかになった。例えば語り継がれている戦争の中には、ある特定の武器の使用を禁止する決まりがあったし、地域によっては交戦前、交戦中、交戦後の礼儀や協定、規則に関して高度に発展した制度があり、その中には賠償制度も含まれていた。

戦争とキリスト教の伝統

「だが私は汝に言う:汝の敵を愛せ;汝を憎む者に尽くせ;汝を迫害し中傷する者のために祈れ;それでこそ天におられる汝らの父の子どもになれるのである。天の父は善人にも悪人にも太陽を昇らせ、正しい者にも正しくない者にも雨を降らせて下さるからである」_マタイ5:44-45

初めの300年間、キリスト教徒たちはイエスのこの言葉を文字通りに捉え、ローマ軍に加わることを殆ど例外なく拒否してきた。彼らは、人類の解放と救済というイエスの教えは兵役と矛盾すると信じていた。殺すという行為を初期キリスト教の愛するという戒律に一致させることは不可能であった。「かつてお互いを殺しあっていた我々は敵との戦争は行わない」と殉教者ユスティノスは述べている。神学者テルトゥリアヌスは「ペテロから武器を取り上げる際に、主は全ての兵の帯を解いた」と語った。オリゲネスもまた「私たちキリスト教徒はいかなる国にたいしても武装しない;私たちはこれ以上戦争を行わない。私たちは平和の子どもでありイエスは私たちの指導者である」と述べている。

兵役を拒否したキリスト教徒は多くが処刑された。「私は神に仕えるために存在する。この世で兵士になることは出来ない」殉教者マクシミリアンの処刑されたときの言葉である。

キリスト教平和主義はコンスタンティン皇帝が313年にミラノの勅令を発効してキリスト教禁止を廃止するまで続いた。テオドシウス皇帝(346-395)の時代にキリスト教はローマ帝国の正式な宗教となった。

そしてキリスト教国と呼ばれるようになった以上、それを脅かそうとする異教徒の攻撃からキリスト教帝国を守る義務があると人々は主張し始めた。ヒッポレギウスの聖アウグスティヌスは、戦争に対するキリスト教の理論的根拠を筋の通った論理的な形式に著した最初のキリスト教神学者であった。彼はアフリカに派遣されたローマの若い役人に平和と戦争について助言を与えた。ボニファティウスという名のこの役人は、キリスト教徒が治める北アフリカにサハラ部族を入れないようにする任務を負っていた。アウグスティヌスは戦争をする場合の実践的助言を与えている(手紙189)。戦争は平和のためにのみ行うべきであり、その場合も暴力は必要最小限に抑えるべきである;敵に対してさえも真実は遵守されなければならない;敗者に対する寛容の心を持ち死刑を行ってはならない、などであり、「愛は善良な人たちによる寛容な戦いを拒絶することはない」と彼は記している。

正義主義を福音の束縛と融合させようとする聖アウグスティヌス等による努力は、やがて「正義の戦争」論としてキリスト教神学の主流を占めるものとなっていった。

最終的にローマ帝国を倒した異教徒たちはキリスト教を信じるようになった。そして戦争は伝統の一つとしてしっかり残った;かつての自分たちの戦争の神をキリスト教の聖人たちに置き換えたのである;竜を殺した聖ジョージ、天国からサタンを追い出した天使長ミカエル、剣を手にしたペテロ等である。

中世の偉大な神学者であるトマス・アクィナスは、アウグスティヌスの説く「正義の戦争」について不滅の大作である神学大全の中で簡潔に述べている。1)正当な権威者(政府)によって行われなくてはならない:2)正当な理由がなくてはならない:3)正しい意図に基づいていなくてはならない。例えば善を広めて悪を滅ぼすなど。これらはそもそも戦争に訴える正当な理由_ius ad bellumがあるのかという点に関わってくる。戦時における兵士の行為_ius in bello_に関しては、どんな状況であれ罪のない人間を殺すという行為が正当化されることは絶対にないとアクィナスが述べていることからも推定することができるであろう。

平和主義と正義の戦争に続いて3番目にキリスト教が組織的暴力に対して執った姿勢は、十字軍として知られているように神の敵に対する徹底的な攻撃である。東の異教徒たち_イスラム教徒やユダヤ教徒_を敵と見なしキリスト教徒は彼らに対して激しい怒りを浴びせた。なぜならそれは「神が望んだ事」であり、神は_当然のことながら_私たちの側にいるのだから。十字軍は宗教史上恥ずべきことであり、今日では宗教戦争や聖戦を擁護する神学者は皆無である。だが冷戦に関する美辞麗句や潜在的心理_精神異常とは言わないまでも_には聖戦に参加するという考え方を強く連想させるものがあり、核戦争に着手(広島/長崎)して軍拡競争を進めた欧米の責任を認めないのも、敵の人間性を過度に否定し_その昔イスラム教徒に『異教徒』の役をふり、今度はロシア人に『邪悪な』敵の役をあてたのもその現れである。

「正義の戦争」という教義を展開する上で最も貢献した2人はフランシスコ・デ・ビクトリアとヒュ_ゴ・グロティウスである。2人は宗教改革とヨーロッパの国々が専制君主の支配から立ち上がる時代に活躍した。真の意味での国際法が必要になり可能になったのはまさにこの時代に於いてである。この時代の法学者たちは、正義の戦争という理論を宗教的なものから自然法則や人道主義の原則に基づいた非宗教的なものへと変えて普遍的に応用できるようにした。これが近代国際法の始まりである。

だがこの時代国家は己の都合により自らを裁くことを廃止するのである。英国国教会アングリカン規約第37条(the 37th Anglican Article of the Church of England)には「キリスト教徒が行政長官の命令で武器を持って戦争に行くのは合法である」とある。『正義』という言葉が入っていないことに気づくであろう。国家が布告すれば戦争は正当化されるのである。キリスト教徒は単に盲従すればよいとされたのである。今や事実上「良かれ悪しかれ国」の問題になったのである。戦争が正義のためなのかそうでないのかを判断するのは市民にとって不可避な道徳的義務であり、それを否定した結果例えば_ナチスドイツの露骨な反キリスト教的民族主義理論を広めようとしてキリスト教徒がキリスト教徒と戦うという悲劇的なパラドックスに至ったのである。中国にアヘンを課すために戦争をしたのも、アフリカやその他の国を植民地として手に入れるために戦争をしたのもそうである。個人の責任を否定することはキリスト教徒に全くふさわしくないものである。国家を崇めることはまさに不信心以外の何者でもない。

産業革命は効率よく機械的に人間を殺すということを可能にした。第二次世界大戦の絨毯爆撃やABC兵器(原子・生物・化学兵器)による無差別殺戮などはそれらの頂点に立つものである。こうした状況に於いては、民間人を攻撃しないということや加減をするということ_ius in bello(武力紛争中の法)に欠かすことの出来ない側面_は明らかに不可能である。

近代戦争が戦争法と両立しない場合、執るべき道は二つある。一つは戦争のルールという概念を完全に捨てて、全面戦争もしくは大量殺戮に向かうという道である。ナチスドイツが選んだのがこの道であり、核兵器による威嚇もこれである。もう一つは、戦争はもはや国と国の争いを解決する方法ではないことを認識するという道である。

無差別に多くの人を殺す近代兵器はキリスト教徒に戦争というものを改めて考えさせた。だからこそ、第2回ヴァチカン公会議で出された文書Gaudium st Spesには、本来はローマカトリック教徒に向けたものにもかかわらず、戦争に対する「全く新しい姿勢」_omnino nova mente_が示されそこに全キリスト教宗派に広がりつつあった姿勢が反映されたのである。こうした新しい姿勢は、1998年6月に米国のカトリック司教たちが「核抑止が国家政策であることに対し道徳上許されざるものとして非難する」と力強く宣言したことにも現れている。

初期キリスト教が唱えた平和主義が完全に消滅してしまったことは一度もないということを忘れてはならない。それは宗教界や修道士社会だけでなく多くの個人_アッシージのフランチェスコ、ドロシー・デイ、キング牧師など_に引き継がれてきた。

また年月と共に発展してきた歴史的に有名な平和宗派においても平和主義者はその姿勢を貫いてきた;ワルド派教徒、モラヴィア教徒、メノー派教徒、クエーカー教徒などがそうであり、個人による平和主義もそうである。人数こそ少ないが、平和を本来あるべき場所_キリスト教徒の生活の中心_に戻す上で彼らの影響というのは計り知れないものであった。

 「兄弟の身体に鋭い刃を突き刺しながら『父なる神よ』などとよくも言えたものだ」

ロッテルダムのエラスラム

 

イスラム教文化

イスラム教文化では伝統的に、毒矢の使用や剣や槍に毒を塗るなどを戦争法で禁止してきた。必要以上に残虐な方法で殺すことや手足の切断なども明確に禁止されてきた。非戦闘員、女性や子ども、僧侶や礼拝所などは攻撃の対象とされず、作物や家畜は常に守られてきた。捕虜は、「アラーの愛のために、貧しい者、孤児、囚われの者に食べ物を与えよ」というコーランの一節に従って慈悲を持って扱われてきた。戦時における行為に関するイスラム法は非常に進んでおり、捕虜を丁寧に扱うだけでなく、捕虜が遺言を残した場合はしかるべき方法によってその遺言を敵に伝えなくてはならないとまで定めていた。

地球はアラーにより人類に手渡されたものであり、大切に守っていかなくてはならないとイスラム教徒は信じている。「汝はアラーによって地球の相続人となり、その管理を任されたのである」_スーラ6:165.戦争が正当化されるには厳しい条件があった。すなわち戦争は最後の手段であり、領土拡大の目的で行うべきではなく、無差別に殺したり罪を犯していない人を巻き込むような殺し合いをしてはならない。そして自然環境を破壊してはならない。こうした条件に照らした時、大量破壊兵器の使用はイスラム教徒にとっておぞましいものとなるであろう。

仏教文化

仏教の伝統はさらに進んでいた。完全な平和主義であり、生命を奪うこと、苦痛を与えること、捕虜にすることや他人の所有物や領土を奪うことをいかなる状況であれ是認しなかった。戦争は全て禁止されているので、破壊兵器_とりわけ核爆弾など例えどんな状況であれ認めることはできない。「仏教によれば『正義の戦争』など存在しない。それは憎悪、残忍性、暴力、虐殺を正当化し見逃すために作られ広められた偽りの言葉に他ならない。何が正義で何がそうでないのかを一体誰が決めるのか?力があり勝利を得た者が『正義』であり、力がなく負けたものが『不正義』とされるのである。我々の戦争は常に『正義』であり、敵の戦争は常に『不正義』である。仏教ではこうした見方は通用しない」

仏教では愛こそが全ての問題を解決する究極の武器とされる。八正道では、攻撃性といった人間の持つマイナスの感情に打ち勝つ道を説いている。「勿論先ず、私たちの中にある怒りや憎しみを抑制しなくてはならない。心の平和を得て初めて世界平和のために真の声を社会に届けることができるのだ。私たち自身が絶えず怒りに身を任せていては世界平和を唱えても何の意味もない」_HMダライ・ラマ

参考文献・謝辞

6.1 世界の核保有国

Nuclear weapons, whos got them, who might have them, who could have them and where they are from _ CND

6.1、6.2、6.3及び6.4はライオネル・トリプレット(Lionel Tripprtt)の協力により更新

6.2核兵器一覧

An inventory of Nuclear Illegality Fred Starkey, Pax Legalis

NRDC Nuclear Notebook The Bulletin of the Atomic Scientists, July/Aug 1999

Nuclear Weapons Inventories of Seven Declared Nuclear Powers Bob Aldridge, April 1999

6.3 英国の核兵器

British nuclear Weapons_the position in 1997_ CND

Taking on Trident Scottish CND

General Election Lobbying Pack 1996/7 CND

Nuclear Weapons Databook, Vol. V.

Gallup Poll, 5-10 September 1997, commissioned by the UK Steering Committee for Nuclear Free Local Authorities

NATO Nuclear Illegality George Farebrother, World Court Project

How can we link the ICJ Opinion to existing nuclear weapons George Farebrother, World Court Project

Tactical Trident, the Rifkind Doctrine and the Third World Milan Rai

The Strategic Defence Review CND Submission William Peden, June 1997

The Strategic Defence Review Government Publication, 1998

6.5 戦争時における英国トライデントの使用

このセクションはポール・ロジャース教授により執筆

6.6 核兵器が与える影響

このセクションの大部分は、1996年7月8日の国際司法裁判所の勧告的意見に於けるウィラマントリー判事の個別意見より引用。項目b、g、i、nはアラン・フィリップにより改訂

Genocidal Mentality. Nazi Holocaust and Nuclear Threat Robert Lifton and Eric Markusen, 1990

Moral Status of Nuclear Weapons Ken Booth, November 1997

6.7 英国トライデントの犯罪性

このセクションは、エディンバラ最高法院での法務総裁の事件付託におけるアンジー・ゼルターの陳述より抜粋。脚注を参照のこと

6.8 平和、戦争、人道法に関する多文化的、宗教的背景

このセクションの多くは、1996年7月8日の国際司法裁判所の勧告的意見におけるウィラマントリー判事の個別意見より引用。また引用文の幾つかはデヴィット・マッケンジーのレポートより収集。キリスト教に関する項目はブライアン・クウェイルにより執筆

さらに理解を深めるために

Fate of the Earth Jonathan Schell, 1982

From Nuclear Deterrence to Nuclear Abolition General Lee Butler, Address to the National Press Club in Washington on December 4th 1996

Going to Court Not War, An Introduction to the ICJ C.Soane and P. Norris, January 1995

Hiroshima John Hersey

Humanising Hell George Delf

Nuclear Weapons and the Law Lord Murray 1998

Nuclear Weapons and International Law in the Post Cold War World Charles J Moxley, Austin & Winfield, 2000

Nuclear Weapon and Scientific Responsibility C.G. Weeramantry

Overkill John Cox, Peacock Books, 1977

Statement on Nuclear Weapons International Generals and Admirals December 5th 1995

The Judgment of Nuremberg 1946 HMSO

The Pax Legalis Paper Robert Manson

The Right to Refuse Military Orders Meindert Stelling

Useless Weapons Field Marshall Lord Carver