「現状では国立大学が文部大臣の広範な指揮監督権の下に置かれる」は本当か?

 表題のような2000年5月26日の文部大臣の発言について,憲法,教育行政の研究者の意見を聞きました.成嶋隆氏は新潟大学所属,井深雄二氏は名古屋工業大学所属で,両氏とも本会の呼びかけ人・賛同者です.

 質問は成嶋氏宛のものしか転載していませんが,井深氏へのものもほぼ同じです.メールでのやりとりを,あいさつの部分を除いてほぼそのまま掲載します.なお,行頭に「>」があるのは相手の文面の引用で,メールでのやりとりの慣行です.(豊島)

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成嶋 隆様

               佐賀大学  豊島耕一

「調査検討会議」の発端となる2000年5月26日の文部大臣の発言があります.その中に,「国立大学が・・・文部大臣の広範な指揮監督権の下に置かれる」とあるのですが,その法的根拠を具体的に(法律名と条文)教えていただけないでしょうか.

-----------引用----------
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 また、そもそも、国立大学が、国の行政組織の一部、言葉を換えれば、いわば文部省の附属施設(施設等機関)として位置づけられている以上、規制緩和を進めたとしても、文部大臣の広範な指揮監督権の下に置かれる状況には変わりはなく、国立大学の運営の自主性、自律性と自己責任の範囲が、依然として不明瞭なままであることも否定できません。・・・・・・・・

(国立大学長・大学共同利用機関長等会議における文部大臣説明,2000年5月26日)

 全文は次にあります.

 http://133.50.152.161/agency/00526-monbu.html
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 多くの学長はこの言説を信じて,「法人化は必要」と思っているようです.また学長だけでなく多くの大学関係者に影響していると思います.私はこれは疑わしいと思うのですがいかがでしょうか.

旧文部省設置法には次のようにあります.

(文部省の権限)
第6条 文部省は、前条に規定する所掌事務を遂行するため、次に掲げる権限を有する。ただし、その権限の行使は、法律(これに基づく命令を含む。)に従つてなされなければならない。

この後の第二項には重要な「歯止め」条項があります.これを文部科学省設置法で消されるのを見逃したのは,大変な手抜かりだと思うのですが,でもこれは「法の支配」の観点からは当然の事だろうと思います.ですからもし「広範な指揮監督権」を持っているとするなら,その根拠法が必要なはずだと思います.

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豊島 耕一 様

ご依頼の件ですが、ご指摘のあった文部科学大臣の発言は、国立大学と文部科学省との関係についての驚くべき「解釈」であり、こんな論法がまかり通ることは許せないと思います。そこで、改めて旧文部省設置法と文部科学省設置法(1999年)の関係条文を比較してみました。

旧法では、第5条「文部省の所掌事務」に、

「二十三 大学及び高等専門学校の設置、廃止、設置者の変更等の認可を行うこと」「二十六 大学教育及び高等専門教育の振興に関し、企画し、及び援助と助言を与えること」「二十七 大学教育及び高等専門教育のための補助に関すること」「二十八 大学教育及び高等専門教育の基準の設定に関すること」

などの諸規定があり、また第6条「文部省の権限」の第1項に、

「文部省は、前条に規定する所掌事務を遂行するため、次に掲げる権限を有する。ただし、その権限の行使は、法律(これに基づく命令を含む。)に従ってなされなければならない」

とあり、そこに

「七 国立学校の施設を整備すること」「八 大学及び高等専門学校の設置並びに教育、学術又は文化に関する法人の設立につき認可を行うこと」「九 大学、高等専門学校、研究機関その他の教育、学術又は文化に関する機関(他の行政機関に属するものを除く。)に対し、その運営に関して指導と助言を与えること」

などの規定がありました。さらに同6条の第2項には、

「文部省は、その権限の行使に当って、法律(これに基づく命令を含む。)に別段の定がある場合を除いては、行政上及び運営上の監督を行わないものとする」

との規定もありました。

 ところが改正後の文部科学省設置法では、旧法の5条と6条が4条「所掌事務」に一本化され、豊島さんご指摘のとおり、旧6条1項の「但し書き」部分および同条2項の規定が全文削除されています。つまり、一見、文科省による国立大学等への「指揮監督権」?の行使に対する「歯止め」条項がなくなったように見えます。

 しかし、戦後、文部省が発足したときは、戦前の文部省のような指揮監督機関ではなく、あくまでも教育条件整備を主要な任務とする指導助言機関として発足したのであり、その性格はこれまでの数々の設置法改正で、多少歪められてはきたものの、基本として維持されているはずですし、私たちもそのような法の解釈をすべきです。

 ちなみに、改正後第4条の大学関係の規定をみますと、

「十五 大学及び高等専門学校における教育の振興に関する企画及び立案並びに援助及び助言に関すること」「十六 大学及び高等専門学校における教育のための補助に関すること」「十七 大学及び高等専門学校における教育の基準の設定に関すること」「十八 大学及び高等専門学校の設置、廃止、設置者の変更その他の事項の認可に関すること」

などとなっておりますが、これらは内容的には「指導助言行政」にほかなりません。つまり、これらの具体的な規定をみても、文科省が国立大学に対して「指揮監督権」を行使するという規定の仕方ではないわけです。

 以上のことから、問題の文部科学大臣の発言は、設置法の解釈としてかなり無理があるように思われます。

2002/09/30

成嶋 隆

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豊島耕一さま

       井深

>以下の文書の「国立大学が・・・文部大臣の広範な指揮
>監督権の下に置かれる」という法的根拠があるかないか,
>あるとすればどういう法律のどの条文かを具体的に教え
>ていただけないでしょうか.
>http://133.50.152.161/agency/00526-monbu.html

ここで大臣が念頭に置いているのは、国家行政組織法であると思われます。

第8条の2(施設等機関)

第三条の国の行政機関には、法律の定める所掌事務の範囲内で、法律又は政令の定めるところにより、試験研究機関、検査検定機関、文教研修施設(これらに類する機関及び施設を含む。)、医療更生施設、矯正収容施設及び作業施設を置くことができる。

 つまり、国立大学の存立根拠は、この規定とこれに基づく国立学校設置法にあると解されており、従って、国家行政組織法の法論理が、国立学校にも及んでいるという理解が導き出されることになります。

>「また、そもそも、国立大学が、国の行政組織の一部、
>言葉を換えれば、いわば文部省の附属施設(施設等機関)
>として位置づけられている以上、規制緩和を進めたとし
>ても、文部大臣の広範な指揮監督権の下に置かれる状況
>には変わりはなく、国立大学の運営の自主性、自律性と
>自己責任の範囲が、依然として不明瞭なままであること
>も否定できま
>せん。」
>(国立大学長・大学共同利用機関長等会議における文部
>大臣説明 2000年5月26日)
>
>この「おことば」が,「法人化は必要」という言説のイ
>デオロギー的背景になっていると思います.

 国立学校の「自主性、自律性と自己責任の範囲」は、憲法、教育基本法、学校教育法、及び教育公務員特例法をベースに、条理解釈によって十分明確にできるものと思います。従って、大臣の発言はためにする議論と言えるように思います。ただ、戦後の早い時期に大学管理法を制定する動きがあり、これは大学人が、大学の自治を根拠に廃案にしてきた経緯があります。大学管理法案自体は種々の問題点があったかとは思いますが、そこで提起されていたところの、大学と社会を結ぶ機関の必要性という問題は、いわば封印されたまま、今日に至っているといえるように思われます。従って、独立行政法人化に対抗するためには、大学人自らが企業社会ではなく市民社会と組織的に切り結ぶ構想を打ち出すことが求められているのではないでしょうか。