【声明文】

国立大学法人化法案は、明らかに憲法23条及び教育基本法10条に抵触する

−同法案の廃案を訴える−

                          日本教育法学会会員有志

 去る2月28日、小泉内閣は国立大学法人法案を閣議決定し、同日、国会に上程した。

 この法案の特徴は、国立大学を独立行政法人化することで、その研究教育に対する国家財政支出のあり方を一変させる点にある。

 この法案においては、文部科学大臣が個々の大学の中期目標を決定し、個々の国立大学法人がそれを実現するための中期計画を策定して、同大臣の認可を受け、計画期間終了時に個々の国立大学による目標達成度を文部科学省に設置される評価委員会と総務省に設置された評価委員会によって評価されることになっている。そして、その結果に基づき、大学組織の改廃に関する実質的な決定が行なわれ、また、運営交付金の額が決定される。

 私たちは、国立大学法人法案が、憲法23条の「学問の自由」を根本から否定し、教育基本法10条2項に規定された「諸条件の整備」を逸脱し、それによって禁止されているはずの教育研究に対する統制権限を行政機関に付与するもので、大学のあり方を根本的に規定しているこれらの条文に違反しているものと判断し、この法案の廃案を訴える。

 教育基本法10条は、教育は不当な支配に服することなく、国民に対し直接に責任を負って行なわれなければならないと規定し、これを実現するために、教育行政の任務を教育の目的を遂行するために必要な「諸条件の整備」に限定している。教基法10条が、初等中等教育行政のみならず、高等教育行政にも適用されるものであることは、戦前の中央集権的な教育行政が教育のみならず、学問にも深刻な否定的影響を与えていたことの反省に基づいて起草されていたことからも明らかである。高等教育行政もまた教育行政である以上、教基法10条に言う「不当な支配」の禁止と、教育行政の条件整備義務は、当然に、大学行政にも適用されるものである。

 大学において、教育基本法10条は具体的に何を意味するのか。憲法付属法律として制定された教育基本法のいかなる条項も、憲法の関連条項と一体的に理解されるべきものである。殊に大学行政についてみる場合、教基法第10条は、憲法23条の定める「学問の自由」と関連付けてその意味が理解されなければならない。

 無論、「学問の自由」はすべての国民が享受する自由であり、大学人の特権的な自由ではない。しかし、「学問の自由」は、大学人にとって、次のような特別の意味を持つものと理解される。すなわち、およそ何人であれ、大学において職業的研究に従事しようとすれば、大学の設置者に雇用され、それが提供する施設設備を利用するという形態をとらざるを得ない。市民法秩序をそのまま適用すれば、被雇用者として研究に従事する職業的研究者は雇用者の命令に服さなければならない。しかし、学問が目的とする真理の探究には、研究者の自発性を必須とし、設置者ないし雇用者との関係において個々の研究者の自律性を確保することが不可欠である。それ故、「学問の自由」の中核的な意味は、市民法秩序に修正を加えて、被雇用者である研究者の自由の確保を、雇用者ないしは大学設置者に対して義務づけた点にある。

 このような「学問の自由」の意義に照らせば、教育基本法10条が教育行政の任務を「諸条件の整備」に限定したことの中には、大学設置者ないし雇用者である国が、その金銭の支配力をもって研究教育に介入することを禁止するという意味も含まれていると理解することができる。

 そして、戦後における大学法制と政策は、紆余曲折があったとはいえ、教育基本法10条のこのような意味を踏まえ、次のような仕組みを維持してきた。すなわち、大学の組織編制、規模、講座名・学科目名、を法令により決定し、積算校費を配分したところで行政権力の及ぶ範囲はストップし、それから先の研究教育内容と財源使用に関する決定は個々の研究者および研究者コミュニティに委ねられ、彼ら・彼女らの自発的な創意に基づいて、研究と教育が自律的に発展させられてきたのである。

 そこでは、行政権力による一方的な組織の改廃が一貫して否定され、また、研究教育の短期的成果や国策に対する有用度に応じた財源配分はあくまでも上乗せ的措置としてのみ許容されていたに過ぎないのである。

 国立大学法人法案は、憲法23条・教基法10条に基礎を置くこれまでの国立大学法制の仕組みとはまったく性格を異にした仕組みを提案している。文部科学大臣による研究教育の目標設定と、目標達成に関する国の評価に基づいて、大学組織の改廃が決定され、あるいは財源の増減額を決定することが予定されている。これは、大学組織と研究費配分を、研究教育の成果に対する行政権力の一方的な評価に基づいて下される決定に委ねるものである。

 このように、法案が想定する仕組みにあっては、行政権力は研究教育内容の評価と一体となっている組織改廃権限および財源配分権限によって、国立大学における研究教育を全面的にコントロールすることができる。これは、憲法23条の「学問の自由」の中核的な意味である大学研究者の設置者ないしは雇用者に対する自由を根本から否定し、さらに、教育基本法10条2項に規定された教育行政の固有の任務である「諸条件の整備」を逸脱し、それが黙示的に禁止してきた行政権力の権能、つまり、組織改廃と財源配分による研究教育のコントロールを作動させるものであるといわざるを得ない。

 私たちは、国立大学法人法案は憲法23条および教基法10条に違反し、なかんずく、教育行政の条件整備義務から明白に逸脱するものであると結論する。そして、国会に対しては、この法案を廃案とするよう強く求める。すべての大学人に対しては、法案を廃案とするためにあらゆる必要な行動を起こすよう切に訴える。

□ 名古屋大学大学院教育発達科学研究科
□□  学校情報環境学講座 教育経営学研究室
□□□  教 授 植 田 健 男 (Takeo Ueda)

5月13日午前11時半の時点で、有志声明の呼びかけ人は、以下の16名です。

姉崎洋一(北海道大学)、井深雄二(名古屋工業大学)、今橋盛勝(筑波大学)、植田健男(名古屋大学)、小野田正利(大阪大学)、小林武(南山大学)、榊達雄(名古屋大学名誉教授)、佐久間正夫(琉球大学)、佐藤修司(秋田大学)、中嶋哲彦(名古屋大学)、林量俶(埼玉大学)、成嶋隆(新潟大学)、堀尾輝久(元中央大学・東京大学名誉教授)、南新秀一(鹿児島国際大学)、三輪定宣(千葉大学名誉教授)、世取山洋介(新潟大学)

また、法学会会員で賛同して下さっている方は、以下の27名です。

新井秀明(横浜国立大学)、荒牧重人(山梨学院大学)、石井拓児(名古屋大学)、大橋基博(名古屋造形芸術大学短期大学部)、大村恵(愛知教育大学)、川口彰義(愛知県立大学)、北川邦一(大手前大学)、小島喜孝(東京農工大学)、小林和(民主教育研究所)、三羽光彦(岐阜経済大学) 、高野和子(明治大学)、田村桂子(愛知県立大学)、俵義文(立正大学・非常勤講師)、土屋基規(神戸大学)、坪井由実(愛知教育大学)、浪本勝年(立正大学)、南部初世(名古屋大学)、丹羽徹(大阪経済法科大学)、平塚眞樹(法政大学)、平原春好(神戸大学名誉教授) 、星野安三郎(立正大学名誉教授)、細井克彦(大阪市立大学)、光本滋(北海道大学)、室井修(和歌山大学名誉教授)、室井力(名古屋大学名誉教授)、山本健慈(和歌山大学)、渡部昭男(鳥取大学)。

なお、この他にも、教育法学会の会員ではない方からも多数の賛同を頂いています。