東北大有朋寮事件の論告要旨です.
オリジナルのイメージデータ(第1ページのみ).ただし個人名は記号に変えています.
論告求刑が行われたのは04年1月28日です.



(文中の個人名は記号に置き換えています.)


             論告要旨

傷害                     被告人 A
第l 事実関係
本件公訴事実は,当公判廷で取調べ済みの関係各証拠により,証明十分で
ある。
ところで,被告人は,当公判廷において,暴行の事実及び故意を否認し,
「公訴事実記載のN(以下,[N」という)が近づいてきた.その
とき,それまで自己のへそのちょっと上辺りにあった右手が,自然と上に動
き,その右手の甲がNの胸の下の方の服に触れただけで衝撃はなかった。
Nを突いて転倒させたことはないし,怪我を負わせたこともない。」旨弁
解し,弁護人もこれに沿って無罪を主張する。
しかし,以下に述べるとおり,公訴事実は優に認められ,被告人の上記弁
解は自己の刑責を免れるための虚偽であり,これに沿う弁護人の主張にも何
ら理由はない。以下,その埋由を述べる。
1 公訴事実が優に認められること
(1)争いのない事実,あるいは,写真及ぴピデオ(甲12,17,22,30,
38,46,54,62)以下,[ピデォ等」という。)などの客観的証拠
から明らかな事実
争いのない事実,あるいは,ビヂオ等の客観証拠から明らかな事実(以下,
「争いのない事実等」という。)として,以下の事実が認められる。
被告人が,本件に先立ち,東北大学有朋寮(以下,「有朋寮」という。)
の廃寮を決定し,この調査,取壊しを実施しようとする同大学と,これに反
対する学生らの問題を聞き及ぶなどし,平成15年3月28日,同大学教職
員〈以下,「教職員」という」が同寮に現況調査に訪れるのを監視するな
どの目的で,同日,カメラを持参の上,同寮入口前路上に赴いたこと,被告
人が,同日,同寮入口前路上において,大学職員から,写真撮影されるなど
し,これに対し,「人の写真を勝手に撮るな,何で撮るんだよ。」などと抗

              (1)

議をしたこと,東北大学教員であるNも,被告人の左前から被告人の写真
を1枚撮影したこと,被告人は,Nに,「何で撮るんだ。」などと言って
Nに近付き,これに対し,Nが,「不法行為でしょ。」などと被告人に
言って,被告人の写真をもう1枚撮影したこと,この際,被告人がNと正
対し,極めて近接して対時したこと,その後,Nが「うわっ。」と声を発
したこと,その後,Nが,舖装道路であった路上に横臥し,後頭部を手で
押さえたこと,Nは,立ち上がった後も,再三,後頭部を手で押さえてい
たこと,Nが,立ち上がってからほどなくして,被告人に対し,「暴力振
るった人の顔を撮っちやいけないの。突き飛ばしたのあんたでしよ。ヤクザ
みたいなことをするんじやないよ。」などと抗議しながら被告人の写真撮影
をし,学生らにも同様の抗議に及んだこと,被告人は,Nからの上記抗議
に対し,特段,自己が暴力を振るっていないなどとの反論をしていないこと
などが認められる。
なお,弁護人は,N撮影にかかる写真台帳(甲l 2)以外のビデオ等
につき,撮影者の尋問が行われておらず,成立過程の立証が尽くされてい
ないから,法律的関連性が認められないとして,その証拠能力を争い,か
つ,信用性に疑間を差し挟むかのごとき主張をする。
しかし,証拠能力の点については,最高裁決定が,「犯行の状況等を撮
影したいわゆる現場写真は,非供述証拠に属し,当該写真自体又はその他
の証拠により事件との関連性を認めうる限り証拠能力を具備するものであ
って,これを証拠として採用するためには,必ずしも撮影者らに現場写真
の作成過程ないし事件との関連性を証言させることを要するものではな
い。」(最高裁昭和59年12月21日第2小法廷決定・刑集38巻l 2号
3071頁)と判示するところであり,本件のビデオ等は,いずれも有朋
寮入口前路上での事件の前後にわたる被告人及ぴNの言動等が撮影さ
れていることに加え,Nも,被告人と有朋寮前で会ったのは事件のあ
った平成15年3月28日のみである旨やビデオ等は事件前後の状況が
撮影されたものである旨証言していることからすれば,ピデオ等が本件
事件前後の状況等を撮影したものであることは明らかで,これに証拠能

              (2)

力があることは明白てある。
そして,ビデオ等の内容からして、何らの作為も加えられてないことは
明らかで,その信用性に全く疑義はない。
(2) 平成15年3月28日夜,Nの後頭部に擦過傷があったと認められるこ

G医師(以下,「G医師」という)は,同日午後7時ころ,同
医師の元を訪れたNの診察を行い,同人の頭部の髪を分けて確認する
と,後頭部右側に直径約3センチメートルの範囲に,かさぷたが出来て
おらず少し血がにじんでいるような複数の細かい擦り傷を認め,同擦り
傷について,加療・経過観察約1週間を要する頭部外傷と診断したこと
などを証言するが,同医師の証吉は,具体的かつ詳細で,同医師らが野
口を診察した都度に記載したカルテの写し(甲75)や診断書(甲1)
とも符合している。同医師が本件について虚偽を証言する理由も見当た
らず,証言態度を見ても,事実をありのままを真摯に証言しているこ
とは明らかで,全面的に信用できるものである。
よって,同日夜,Nの後頭部に擦過傷があったことは優に認められる。
(3)N証言により認められる事実
前記各事実に加え,N証言から,以下の証言の要旨記載の事実が認め
られる。
ア 証言の要旨
当公判廷におけるN証言の概要は以下のとおりである。
東北大学教員のNは,平成15年3月28日,他の同大学教職員(以
下,「教職員」という。)と共に,有朋寮の建物老朽化等に関する調査を
行うため,同寮に赴いた。同日午前8時30分ころ,同寮入口前路上に
到着したN及ぴ教職貫は,同所に机を並べるなどして同寮に対する立
入りを妨害していた学生らに立人りを求める交渉をしつつ,同妨害状況
を写真撮影するなどしていたが,Nは,かかる妨害状況を撮影する一
貫として,付近にいた被告人の写真を撮影したところ,被告人が,「何
で撮るんだ。」などと言いながら近づいてきたため,これに抗議し,さ

              (3)

らに被告人の写真を撮影をした。すると,被告人は,さらに近づいてき
てNの面前5〜10センチメートルに来たため,両足を拡げて被告人
の顔面を写真撮影しようとしたところ,同日午前8時35分ころ,被
告人に手で胸の中心辺りを突かれ,強い圧迫を感じ,後方に突き出さ
れるような衝撃を受けた。Nは,この際,両足を拡げるという体勢
であり,かつ,両手にカメラを構えかけていたことから,咄嵯に対応
が出来ず,そのまま後方に倒れ,舖装道路に後頭部を打ちつけた。
かかる被害を受けたNは,後頭部を手で押さえながら,上半身を起
こした後,路上から立ち上がり,その後も被告人に対し,「突き飛ばし
たのあんたでしよ。手を出して何を言ってんだ。」などと抗議しながら
被告人の写真を撮影し,学生らに対しても「私は突き飛ばされたよ。」
などと抗議し,その後も後頭部を打ちつけたことによる頭浦のため,
たぴたび,後頭部を手で押さえた。
Nは,上記のとおり後頭部を路上に打ちつけたことにより,後頭部
の右側の髪の毛がある部分に直径2〜3センチメートルのじくじくする
ような傷を負い,同部位は,おぴただしい出血はなく多少血がにじむ程
度で黄色い漿液のようなものが出ていた。
Nは,事件後も頭痛が止まなかったため,脳に損傷等が生じたので
はないかと心配になり,同日夜,同大学医学部に赴きjG医師の診察
を受けた。
イ N証言の信用性の検討
(ア)Nには虚偽を述べる理由がなく,被害申告の経過も極めて自然で
あること
Nは,被告人とは,事前に何ら面識はなく,ことさら虚偽を述べ
て被告人に罪責を負わせるべき理由は全くない。
しりもちをついたか完全に転倒したかはともかく,Nが路上に倒
れたこと自体は疑いのない事実であるから,仮にこれが弁護人らの主
張するような大学側と学生側の対立に端を発するでっちあげであるな
ら,あらかじめそれを計画したとしか考えられないが,事件後の経過

              (4)

に照らし,その可能性も全くない。
すなわち,Nは,被害を受けた後,怒りにまかせて抗議はしたが,
一通り不満を述ベると立ち去っており,自らの被害を大学側の有朋寮
立入りのための交渉に何ら利用していない。
また,被害申告の経緯からも,計画的なでっちあげとは考えられな
い。
Nにより本件被害届がなされたのは,被害から11日後の平成
15年4月8日で,被害直後に被害届がなされなかった理由につき,
同人は,「被害直後は頭浦があり,脳に及ぷ障筈があったら大変だと
の思いから,即,被告届を出すという発想には行かなかったし,学
会や大学の仕事等があってそちらを優先したが,平成15年4月4
日ころ,大学関係者から事件のことを放置でぎないから被害届を出
すべきだ,大学もバックァップするからと言われ,それはそのとお
りだと思って被害届を出すに至った。」旨証言する。一般人である
Nが,直ちに被害届を出すとの発想をせず,頭痛を心配してまず
通院したというのは至極白然な行動である上,有朋寮が廃寮間題等
で学生と大学側が対立していた状況からすれば,大学の教員である
Nに対して,被害届をした後に学生等からの圧力があることは容
易に予想し得,これらの事情も相まって被害届が被害直後になされ
なかったのは極めて自然である。
むしろ,本件が,Nによるでっち上げであれば,被害届も事
件直後になされると考えるのが自然であるが,事件直後に被害届
がなされていないばかりか,前記のとおり,Nは,G医師に
対し,披告人に突き飛ばされて怪我をした旨申告しながら,事件
当日は,診断書の発行すら求めていないのである。
以上のとおり,Nの被害申告は極めて自然な経緯でなされて
おり,真実被筈にあったからこその申告であることは明らかであ
る。
(イ)供述のなされた惜況及ぴ証言内容等の検討

              (5)

@ 供述経過及ぴ証言のなされた情況からもN証言の信用性が極め
て高いと認められること
Nは,被害届を出した後,平成l 5年5月ころか.ら同年9月こ
ろまでの間,同人を中傷誹辞する内容のピラが同人の研究室付近や
講義の部屋等に撤かれたり,自宅の郵便ポストに入れられたり,同
様に中傷誹謗の電話を受けさせられるなど種々の嫌がらせを受け,
研究室に監視カメラの設置を余儀なくされる状況に置かれ,また,
当公判廷においても被告人の支援者とおぽしき者らが傍聴席を占
めるという心理的圧迫を受けてなお,被害申告から当公判廷まで
一貫して被害状況を供述,証言しており,かかる供述経過,証言
がなされた情況等に照らしても,N証言は橿めて信用性が高い
と認められる。
A 証言内容も,具体的でその時々の心情を交えた迫真性に宮み,一
貫していて自然で合理的である上,真摯に事実関係を証言している
と認められること
N証言は,足を拡げてカメラを構え被告人を写真撮影しようとし
たところ,突如,虚をつかれる形で胸を突かれ,路上に転倒したなど
というもので,その時々の心情を交えた具体的で迫真性に宮むもので
ある上,極めて自然で合理的な内容であり,弁護人の反対尋問に対し
ても何ら揺らぐことなく,一貫した被害状況が供述されている。
また,Nは,被告人は左手でカメラを持っていたから右手で押ざ
れたと思うが,咄嵯のことでどちらの手かは確定できないこと,後頭
部を打ちつけ興奮するなどした後の状況については記憶があいまいで
あることなどを,隠すことなく自然に証言しており,事実関係を真摯
に証言していると認められる。
なお,Nは,捜査段階の当初において,被告人の2回目の写真撮
影を終えた後,構えていたカメラを下げかけた際,被害に遭った旨供
述していたところ,その後,3回目に被告人を写真撮影しようとカメ
フを構えかけた際,被害に遭った旨若干供述を変更しているが,本件

              (6)

は,被告人と言い争うなどの興奮状況の中,虚をつかれ一瞬の間に起
きたものであって,被告人から胸を突かれたことは印象に残っていて
も,それが何度目の写真撮影の際であったかを正確に記憶していなか
ったとしても何ら不自然ではなく,N自身,捜査段階で記憶を整理
したところ,上記変更に至った旨証言しているところであって,変更
の程度,理由とも自然であり,この変更がN証言の信用性に何ら影
響を及ぽさないことは明らかである。
(ウ)争いのない事実や他の証拠と符合すること
@ 前記争いのない事実等とよく符合すること
N証言は,前記争いのない事実等によく符合し,これと矛盾す
る内容は全く見当たらない。
A G医師の証言と符合すること
G医師の証言から,平成15年3月28日夜にNの後頭部にあ
ったと認められる擦過傷の状態と,Nが,被告人に胸を突き押され
て路上に転倒した際,後頭部に出来たとする傷は極めてよく符合する。
これに加えて,G医師は,同日,Nを診断した際,同人から,
同日朝,有朋寮に赴いた際,初老の部外者から突き飛ばされて転
倒して受傷し頭浦があると申告を受けた旨証言し,その旨がN
のカルテにも記載されているが,これもN証言とよく符合する。
なお,G医師は,同日,Nを診断した際,Nの頭部にこぷ
となるような明瞭な皮下出血は認めなかった旨証言し,一方で,野
口は,頭部を診察した同医師から「こぷがある。」旨告げられたと
証言するが,他方で,Nは,「こぶがいつごろからあったかよく
覚えておらず,1日目に『こぷができているね。』と言われたよう
な気もするし,自分では2日目ぐらいに触ると痛いようなちょっと
ぶよぷよした領域ができていたのを覚えている。」旨,こぶの成立
時期等に関しては極めてあいまいな記憶しか有していないとも証
言しており,N自身が,被害直後,外傷よりも頭痛を心配し通
院した旨述べていることと併せ考えても,Nのこぶに関する記

              (7)

憶があいまいであることは特段不自然とはいえない。
かえって,G医師とNの各証言の若干の齟齬は,両名が何ら
相通ずることなく自己の記憶どおりに供述,証言に及んだことを如
実に示すもので,その双方の証言において主要な部分が上記のとお
りよく符合するのであるから,これがN証言の信用性に何ら影響
を与えないものであることは明らかである。
B 傷害の結果もN証言と符合すること
Nは,前記のとおり路上に転倒して後頭部を打ちつけた旨証言す
るが,Nが転倒した場所は舖装道路であるところ,かかる舖装道路
に後頭部を打ちつけるなどして複数の細かい伊過優を負ったというの
は極めて自然である。
C N証言が,弁護側証人のS(以下,「S」という),同
H(以下,「H」という)によっても補強されていること
後述のように,Sらは,被告人と密接な人間的関係を有し,被告
人に不利益な部分の証言については,極めてあいまいな証言をしてい
るが,Sは,事件前,被告人が教職員と言い争っていた旨,事件後,
Nが立ち上がるときに他の教職員に背中を払われていた旨等,H
は,事件前,被告人がN以外の教職員から写真撮影され,これに対
し抗議に及んでいたこと,事件後,Nが後頭部の髪のある部分を手
でおさえていた旨,事件後,Nが被告人に対し,突き飛ばしただろ
うなどと抗議した旨など証言し,N証言を裏付けている。
(エ)小括
以上のとおり,N証言は,客観的状況等や他の証拠とよく符合し,
被害申告の経過や証言内容等にかんがみても,その信用性に疑いをはな
い。
(4)S及びHの各証言の検討
当公判廷において,Sは,被告人と対時していた複数の教職員が後ず
さりし,職員の集団の中の1人が後ずさりする過程で地面にしりもちをつ
いたのを目撃したが,頭部を地面につけていた状況は記憶にない旨,また,

              (8)

Hは,事件の後,Nの後頭部を見たが,傷害は見当たらなかった旨証
言するので,以下,それぞれの信用性を検討する。
ア S証言について
(ア)証言の要旨
Sは,当公判廷において,「有朋寮入口前路上に机を置き他の学
生らと椅子に座っていたところ,自分の右側で教職員と被告人が対時
しているのを見た。被告人が大学関係者に写真撮影されることの文句
を言っているものと思っていたところ,その後,大学関係者が自分か
ら見て右側から左側に後ずさりしながら移動し,その教職員の集団の
中でNと思われる人物がしりもちをつき,教職員に背中を払われて
立ち上がるのは目撃したが,その人物が頭を地面につけたりしたのを
見た記憶はない。なお,その人物がしりもちをついた際,被告人がど
こにいたかは分からない。」旨証言する。
(イ)信用性の検討
Sは,本件前に,被告人と労働運動等を通じて関係をもち,本
件当日も,他の学生と共に教職員の有朋寮立入を妨害していたもの
である上,その証言内容を見ても,以下に述べるとおり,本件にお
ける被告人の言動等について極めてあいまいであることなどにかん
がみれば,被告人を庇って不利な証言を避けようとしていることが
明らかであり,争いのない事実等やN証言に反する部分について
は信用性が認められない。
S証言において,N証言と明らかに矛盾する内容は,Nとおぽ
しき人物が自己から見て足を右側にしてしりもちをついたとする点,こ
の人物がしりもちをついた場面しか目撃しておらず,路上に横臥した場
面を目撃した記憶はないとの点,この人物がしりもちをついた際,被告
人がどこにいたか分からないという点だけであるから,以下,その点に
ついて検討する。
@ 事件当時の状況やNの転倒状況等につき,争いのない事実等と矛
盾すること

              (9)

Sは,Nと思しき人物がしりもちをついたのは印象的だった
からよく覚えており,自己から見て右側に足を置く形でしりもちを
ついたが,その人物が地面に横臥しているのを目撃した記憶はない
旨証言する。しかし,ピデォ等から認められる路上に転倒したN
は,Sから見て左側に足を置いた状態でしりもちだけではなく地
面に横臥する状態もあったことは明らかである(特に甲17No6,
甲22No 2,Mo3の写真)。
また,Sは,前記のとおり,自己から見て右側から左側に移動
した教職員の集団の中にしもりちをついたNと思しき人物がいた
かは分からないとしつつも,あたかも,そのしりもちをついた人物
が教職員の集団とともに後ずさりして後方に移動し,その過程でし
りもちをついて転倒したかのような旨,またしりもちをついた際の
被告人の位置は分からない旨証言する。しかし,ピデオ等から認め
られる状況は,事件直前,Sからすると,被告人がSに背を向
け,Nがその被告人に対時してSの方を向いていたのであり
(特に甲12No2,甲17No4の写真),地面に転倒したNの足
には被告人が佇立していたのであって(特に甲17No 5,No 6,
甲22No 2,No 3の写真),その集団の中にいた唯一の知人である
はずの被告人の存在をその場面では認識していないとのS証言
と明らかに矛盾する。
A 不自然な内容を多数含むこと
Sは,被告人が教職員に囲まれて言い争いをしているような状
況を見たのに,その後の被告人の動向を全く注視していなかった旨,
教職員の集団の中でしりもちをついた人物がどこにいたかも分から
ない旨,事件後のNの抗議等,印象に残りやすいと思われること
の多くを全く覚えていない旨証言しているが,その内容のあいまい
さは極めて不自然であり,一連の事実経過をありのまま証言した
とは思われない。
このように,S証言のうち,N証旨と矛盾する部分は,不自

              (10)

然不合理で,到底信用できない。
イ H証言について
(ア)証言の要旨
Hは,当公判廷において,Nが路上に転倒した後,被告人に対し
突き飛ばされた旨抗議していたことなどから,後に,Nが被告人に突
き飛ばされたなどと主張して「事件をでっちあげるかもしれない。」と
危供し,頭を押さえていたNの背後約2メ一トル程度の地点に行き,
その後頭部をピデオで撮影するとともに,肉眼でも確認したが,傷害は
見当たらなかった旨証言する。
(イ)H証言の検討
Hは,被告人とは長年,労働運動を共にし,本件も有朋寮の学生ら
のために,被告人と共に教職員の立入を監視するなどの目的で現場に居
合わせたものであって,後で述べるとおり,一方で,Nが路上に転倒
した理由等は一切分からないとしながらも,Nが事件をでっち上げる
かもしれないと思ったと証言するなど,当初から被告人を庇っていると
認められ,その信用性の検討は慎重に行うべきであることは前記Sと
同様である。
ただし,H証吉は.宰実関係については争いのない事実等やN証
言とおおむね一致してこれらを補強しており,N証言と対立するのは,
内心や憶測の部分を除けば,事件後,Nの後頭部に傷害が見当たらな
かったという点だけである。、
そして,この点は,N証言と何ら矛盾しない。
すなわち,Hは,事件後,Nに断りなくNの後頭部を撮影した
り,肉眼で確認し,傷害はなかった旨証吉する。しかし,前記N証言
及ぴG医師の証言によわぱ,Nの後頭部の傷害は,細かい複数の擦
り傷であって出血がおぴただしいものでなく,G医師も頭髪をかき分
けて確認したと証言しており,Nの後方約2メートルの地点から確認
した艮谷がこれを発見できないのはむしろ自然である。
加えて,Hは,これまでの労働運動の経験の中で,暴行事件等をで

              (11)

っち上げられた経験があるから,Nの後頭部を確認しようと思った旨
証言するが,肉眼で確認して傷害を見つけられなかったというのである
から,後に傷害が存在したと言わせないために,さらにNに断って後
頭部を接写し,あるいは,教職員にNの後頭部を確認させ,傷害がな
いことを確定すれば後の間題発生を避けられたはずなのに,かかる行動
にも及んでいない。
以上にかんがみれば,結局,H証言は,H自身がNの後頭部に
明瞭な傷害を見つけられなかっただけというに過ぎず,むしろHの上
記確認方法ではNの傷害を見つけられないことは自然であって,H
証言によっても,事件直後においてNの後頭部に傷害があったという
事実はいささかも揺らぐものではない。
よって,H証言が,N証言の信用性に何ら影響しないことは明ら
かである。
(5)被告人の供述の検討
ア 被告人の供述要旨
被告人は,当公判廷において,概略,以下のとおり供述する。
平成15年3月28日朝,有朋寮入口前路上で,東北大学職員から写真
撮影され,これに抗議していると,Nも,被告人の写真撮影をしたので,
「何で撮るんだ。」などと抗議したが,Nは抗議すると少し下がり,ま
た前に出て写真撮影をしてきた。その後,Nが,膝を少し曲げ中腰の状
態で近づいてきてカメラを構えかけたので,被告人の正面約30センチメ
ートルの地点に来て対時し,それまで自己のへそのちよっと上辺りにあ
った右手が,自然と上に5から10センチメートルくらい動き,その右
手の甲がNの左胸付近に触れたが,衝撃はなかった。すると,N
は,ゆっくりと路上に座り,その後,背後を見てからゆっくりと上半
身を倒し,後頭部を両手に抱えたので,Nが押されて倒れたとでっ
ち上げていると思った。Nは,その後,被告人に,「やくざみたいな
ことをするなよ。」などと被告人が突き倒したような旨抗議してきたが,
特段の反論はしなかった。被告人は,Nがでっち上げをするかもし

              (12)

れないと思い,Nの後方に行き,後頭部を確認したが,傷は見当た
らなかった。
イ 被告人供述の検討
被告人の当公判廷における供述のうち,本件事件前後の状況については,
こと事実関係に関する限り,事件前,大学職員が被告人の写真を撮影した
ため,これに抗議したこと,Nも,被告人の写真を撮影したため,被告
人がNに抗議し,最終的にNと正対し,極めて近接して対時したこと,
事件後,Nが,被告人に対し,「やくざみたいなことするなよ。」など
と被告人に突き押された旨難詰したことなど,前記争いのない事実等や野
口証言に符合しており,これを補強するものである。
被告人の供述のうち,内心を除いた事実関係に関して明らかにN証言
と矛盾するのは,事件時の状況についてのみであるが,その部分の供述内
容は,以下のとおり,極めて不自然で信用できない。
(ア)事件の状祝に関する被告人の供述はそれ自体不自然であること
被告人は,前記のとおり,Nが被告人の写真撮影をしようと足を開
き中腰の状態で近寄ってきたため,それまで腹部付近にあった手が上方
に動き,Nの胸に触れた旨弁解する。しかし,Nは,被告人の写真
を撮影しようとしていたのみで,他に被告人に暴力を振るうなどの言動
をしたわけではなく,かつ,これまでの労働運動の経験もあって暴力を
振るわないようにしていたという被告人が,かかる場面においてのみ,
近づいてきたNに対し,不用意に手を上方に動かして、接触させたとい
うのは極めて不自然である。
そもそも,Nは,披告人の写真を撮影しようとしていたのであるか
ら,被告人と近接し過ぎればその容貌を撮影できず,ある程度の距離を
保つはずであり,むしろ写真撮影に抗議する被告人がNに近寄ったと
考えるのが自然であるのに,被告人は,Nが自己の近接した場所にや
ってきた旨,またその接近する過程でNはずっと足を開き中腰のまま
で移動してきたなどと不白然な供述をしている。
また,被告人の供述するNの行動内容もあまりに不自然である。

              (13)

被告人は,Nが,いったんしりもちををついてから後方を確認し,
その後上半身を倒したなどと供述する。この内容を前提とすると,N
があらかじめでっち上げを計画していたか,遅くともこの時点では被告
人を陥れようとの意図が存したとしか考えようがないが,前記のとおり,
その後の経過に照らし,そのようなことは考えられない。
また,現場に被告人しかいなかったのならともかく,周囲には学生や
被告人の関係者多数がいた上,報道関係者までいたのであるから,もし
でっちあげをしたいとの意思を有していたのならなおさら,Nが被告
人の述べるようなあからさまな行動を取るはずもない。
加えて言えば,傷害被害をでっちあげるには,しりもちで腰部打撲等
を訴えるだけで十分目的を達することができるから,ことさら被告人の
供述するような不自然な行動を取る必要性も全くない。
このように,被告人の供述する本件時の状況はおよそ荒唐無稽のもの
であり,内容自体が極めて不自然である。
(イ)事件後の状況に照らしても不自然であること
被告人は,右手が触れただけなのにNが路上にゆっくり座り込んだ
時点で,Nが暴行をでっちあげているのではないかと思い,Nの後
頭部を確認した旨供述するが,事件後,でっち上げだと思っていたとい
う被告人は,Nから,「突き飛ばしたのあんたでしよ,やくざみたい
なことするなよ。」などと抗議されても,何らこれに反論に及んでいな
い。
また,Nの後頭部を確認し,傷害がないと思ったというのであるか
ら,N自身に断って後頭部の接写をし,あるいは,教職員をしてN
の後頭部を確認させるなどして,外傷がないことを確定すれば,後の間
題発生を容易に避けられたはずなのに,かかる行動にも及んでいない。
このように,被告人の供述は本件後の状況に照らしても極めて不自然
である。
小括
以上のとおり,被告人の供述のうち,N証言と反する部分は,極めて

              (14)

不自然な内容を多数含み,信用できない。
(6)総括
上記を前提とすると,事件の内容は以下のとおりであったと認められる。
被告人は,大学職員に写真撮影され,これに抗議していたところ,
Nが被告人の左斜め前から1枚写真撮影し,これに気付いた被告人
が,Nに近づいて「何で撮るんだ。」などと言い,Nは,被告人
らが有朋寮への立入を妨害しているのだから写真撮影をしても間題は
ない旨抗議して,再度,被告人を写真撮影すると,被告人は,Nに
近づき,被告人とNは,極めて近接した位置で対持した。
Nは,さらに被告人の写真を撮影することとし,自己より少し背
が高い被告人の顔面を写真撮影しようと,足を開き,膝を少し曲げた
状態で,カメラを手で持って構えかけた。前記のとおり,写真撮影に
抗議していた被告人は,それにもかかわらずさらに写真を撮影しよう
とする被害者の行動を見て,咄嗟に激高し,あるいは,これを阻止し
ようと考え,右手でNの胸を突き押した。Nは,両足を拡げカメ
ラを両手で持って構えかけたという姿勢であったことから,対応する
間もなく,そのまま路上に転倒して後頭部を舗装路に打ちつけ,後頭
部に擦過傷を内容とする後頭部外傷の傷害を負った。
なお,暴行の故意に関連し.被告人は,Nが近寄っできたため,上に動
かした右手がNの胸に触れた旨弁解する。しかし,N証言や前後の経緯
からすれば,被告人の側からNに近寄ったことは明らかである。また,如
何に虚をつかれ不安定な体勢であったとは言え,Nが,路上に転倒してい
る以上,被告人の右手がNに触れたという程度の接触であったとは考えら
れず,意識的に突き押したことは明らかである。
以上のとおり,被告人は,大学職員から写真撮影されこれを抗議している
中,Nにも写真撮影され,Nに写真撮影しないようにように言ったもの
の,Nが被告人を再度写真撮影したため,Nに近づいてNと対時し,
Nがさらに写真撮影しようとしたため,これに激高し,あるいは,阻止す
るために,Nの胸を右手で突き押したと認められ,暴行の故意を有してい

              (15)

たことも明らかである。
よって,公訴事実に合理的疑いを容れる余地はない。
2 公訴権濫用の主張について
被告人は,自己の嫌疑がないことを前提に,被告人の逮捕,勾留は違法
であり,その後の起訴も含め,労働運動を行う被告人を政治的に弾圧する
目的でなされたものであるから,本件起訴は公訴権濫用てある旨主張する。
また弁護人も,本件起訴は,嫌疑のない被告人を政治的に弾圧する目的で
起訴した違法な公訴提起であり,また,嫌疑の有無にかかわらず,軽微な
傷害事案で約2か月にわたる勾留等をなした点においても,検察官の訴追
裁量権を逸脱する違法なものであるから,公訴権を濫用した公訴提起とし
て,本件公訴を棄却すぺきである旨主張する。
しかし,前記のとおり,公訴事実の存在は明らかであり,そもそもその主張
は前提を欠いている。
また,本件については逮捕段階から十分な嫌疑があったこと,本件が,その
内容や,被害回復はもとより謝罪すら行われていないなどの本件後の経過から
して,罰金以上の刑を科すべき事案であったこと,本件前後の経緯に照らし,
罪証隠滅のおそれが明らかであったことなどからすれば,披告人の逮捕に何ら
の違法もないことは明らかである。
そして,逮捕後公訴提起に至るまで,被告人が主張を明確にせず,罪証隠滅
のおそれが継続していたことに照らせば,その後の勾留,起訴に何ら違法がな
いことも明らかである。
よって,被告人及ぴ弁護人の上記主張には何の理由もなく,失当である。
第2 情状関係
1 危険な犯行で悪質である。
本件は,被告人が,写真撮影しようとしたNの胸を突如,手で突いて路上
に転倒させて後頭部に傷害を負わせたとの事案であり,Nの虚をつき,突如
暴行に及んだのであって,実際に,Nが固い舖装路に頭部を打ちつけている
ことからすれば,Nが,頭部等に重篤な傷害を負いかねかった危険な犯行で,
悪質である。

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2 結果も決して軽微とは言えない。
被害の結果,Nは,約1週問の加療・経過観察を要する後頭部外傷の傷害
を負ったのであり,肉体的な被害は決して軽くない。これに加えて,Nは,
被害直後から生じた頭浦のため,頭蓋内の損傷を心配し,また,正当に被害申
告に及んだのであるのに,被告人に事実を否認されるばかりか,Nを中傷誹
誘するビラをばらまかれるなど様々な圧迫を受け,公判出廷まで余儀なくされ
たのであり,その精神的苦痛も少なくなく,さらに,本件傷害による通院まで
余儀なくされたのである。
かかるとおり,本件結果は決して軽微ではない。
3 処罰感情は厳しいが,至極当然である。
Nは,当公判廷において,「倒されたこと自体は謝罪してもらえれば,仕
方ないと思っていたが,私が勝手に転んだとかずっと言われて,転ぴ屋などと
吹聴されるなどの精神的苦痛があったのであり,これら心ない中傷の責任が被
告人1人にあるのかは分からないが,大変許せないという気持ちが今でもあ
る。」旨証言するが,被告人は不合理な弁解に終始し,被害弁償はおろか謝罪
にも及んでおらず,事件後も様々な精神的苦痛を受けたのであって,処罰感情
が厳しいのは至極当然である。
4 動機は一方的かつ短絡的なもので,酌量の余地はない。
被告人が犯行を否認しているものの,結局,Nから写其撮影されたことに
激高し犯行に及んだと認められ,自らもカメラを準備し,教職員等の写真撮影
を行っていたのに,これを棚に上げ,Nの写真撮影に激高したというの動機
は,一方的かつ短絡的で,酌量の余地はない。
5 反省の情は皆無であり,犯情は悪い。
被告人は,捜査段階では,捜査官に対し,事実関係すらまともに供述せず,
公判に至っても前記のとおり不合理な弁解に終始しているのであって,本件に
対する反省の情は皆無であり,犯情は悪い。
第3 求刑
以上の諸事情に加え,本件が計画的な犯行ではなく,偶発的な犯行である
と,幸いにして傷害の結果が垂篤ではなかったこと,被告人に前科がない

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となど斟酌すべき事情を考慮し,相当法条を適用の上,被告人を
罰金20万円
に処するのを相当と思料する。
以上

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