本件は、相手方との間でそれぞれ雇用契約を締結し、相手方の教職員として勤務していた申立人らが、平成24年8月1日から平成26年3月31日までの期間につき一定の割合で教職員の給与を減額することを内容とする「国立大学法人京都大学教職員の給与の臨時特例に関する規程」は、就業規則を不利益に変更するものであって無効であると主張し、相手方に対し、雇用契約に基づく給与請求として、それぞれ同規程により減額された俸給月額、期末手当及び勤勉手当並びにこれらに対する各支給日の翌日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。

つまり、端的にいうと、国立大学法人教職員に関する就業規則の一方的不利益変更が問題となっている。本件において、相手方（国立大学法人）は、申立人ら（国立大学法人職員）の給与を最大で4.35%削減するという就業規則変更を強行した。

原判決は、同就業規則変更について、合理的なものであると強弁し、申立人らの請求を棄却した。

第3　原判決は、「理由」を述べていない

原判決は、「そうすると、上記のとおり、被控訴人の教職員の給与を「社会一般の情勢に適合したものとなるように」すべきという国立大学法人法の規定や「国家公務員の例に準拠する」ものとすべきという給与規程の規定が存在する上、被控訴人は、国から運営交付金の交付を受けているのであるから、被控訴人としては、国家公務員給与臨時特例法に基づいて国家公務員の給与減額が実施され、国から運営費交付金の減額に伴ってそれに相当する人件費削減の実施を要請された場合には、他の国立大学法人が国の要請に応じているなか、上記要請に沿うような対応を採るべき必要性が生じていたことは明らかであり、実質的にこれを拒むという選択肢はなかったものと認められる。そのような意味で、教職員の給与減額には、高度の必要性があったということができる」（p71）と判断している。

しかし、どうして拒むという選択肢がないのか、その実質的な理由は明らかにされていない。他方、原判決は、この点を強調し、判決文の中で、「しかし、被控訴人に固からの要請を拒むという選択肢がなかったことは、上記（ア）で判示したとおりであるから、控訴人らの主張を採用することはできない。」「しかし、被控訴人に国からの要請を拒むという選択肢がなかったことは、上記（ア）で判示したとおりである。」（p72）、「そのような状況において被控訴人には国からの要請を拒むという選択肢がなかったことは、上記（ア）で判示したとおりである。」（p73）「前記（ア）で判示したとおり、本件給与減額支給措置は、運営費交付金の減額とそれに伴う国からの要請によって、これを行わないという選択肢がないという状況の下で行われたものであって」（p77）等と、繰り返し引用している。

つまり、判決文は、この点のみを根拠にして、申立人らの主張をことごとく退けており、原判決が、唯一、依拠した点だと言える。

しかしながら、国からの要請を拒むという選択肢がなかった、つまり国からの要請を拒否できないという理由については、具体的に明示されていないのである。

拒否できないというからには、例えば、要請について法的拘束力があるから、とか、拒否した場合に罰則があるから等の、理由のあることが求められる。

理由を明示せずして単に結論的に拒否できないと述べるのは素人でも出来ることである。裁判所は司法権の担い手であり、国民が納得出来る理由を明示して法と理論に即して判決文を書く必要がある。

原判決は、国からの要請を拒むという選択肢がなかったという点を繰り返し強調し続けておきながら、その理由を明示しておらず、これでは、判決に理由を付したことにはならず、明らかに理由不備にあたる。要請の法的拘束力や拒否した場合の罰則がいずれもない（これらは自明であり、当事者間にも争いはない）にもかかわらず「拒否できない」ということは通常あり得ないのであるから、それでも「拒否できない」と判断するのであれば、極めて説得的かつ十分丁寧な理由が示されなければならないのに、逆に何の理由も示されていないのである。

理由不備の状況にありながら、国からの要請を拒むという選択肢がなかったという抽象的な文言を用いて賃金減額の高度の必要性を基礎づけることは出来ないと言うべきである。

第4　原判決は、国立大学法人法の解釈を根本から誤っている

上述したとおり、原判決は、「そうすると、上記のとおり、被控訴人の教職員の給与を「社会一般の情勢に適合したものとなるように」すべきという国立大学法人法の規定や「国家公務員の例に準拠する」ものとすべきという給与規程の規定が存在する」ことなどから、「上記要請に沿うような対応を採るべき必要性が生じていたことは明らかである」としているが、なぜ、「必要性が生じるのか」は、何ら明らかにはされておらず、国立大学法人法の解釈を著しく歪めるものである。これらは本件においては全く実質的な理由とはならない。

以下、詳述する。

1　勤務条件は労使自治に基づいて定められるのが大原則であること

そもそも、当時の国立大学法人法35条が準用する独立行政法人通則法63条の規定は以下のとおりである。

（職員の給与等）第六十三条

1特定独立行政法人以外の独立行政法人の職員の給与は、その職員の勤務成績が考慮されるものでなければならない。

2特定独立行政法人以外の独立行政法人は、その職員の給与及び退職手当の支給の基準を定め、これを主務大臣に届け出るとともに、公表しなければならない。これを変更したときも、同様とする。

3前項の給与及び退職手当の支給の基準は、当該独立行政法人の業務の実績を考慮し、かつ、社会一般の情勢に適合したものとなるように定められなければならない。

条文のとおり、国立大学法人を含む非特定独立行政法人の職員は国家公務員としての身分を有しておらず、よってその労働条件は、労働契約法1条のとおり、労働基準法等の規定に則って労使自治により決定されるべきことが大原則であり（甲33、国立大学法人法コンメンタール323頁）、原判決が述べるように社会情勢適合原則がまずあるのではない。法律の規定上も、まず「（個々の）職員の勤務成績」が考慮されることを求め、次いで「支給基準を定めたうえで」「届出し」「公表すること」を求め、最後に、「支給基準を定めるについては」「法人の業務の実績を考慮し」、かつ「社会一般の情勢に適合すること」を求めている。

失業の場合等に「労働者の雇用及び生活の安定を図」り「労働者の職業の安定に資する」ことで「労働者の福祉の増進を図る」ことを目的とする雇用保険制度（雇用保険法1条）が、国家公務員には適用がないのに国立大学法人職員には適用がある（同法6条7号参照）のも、国立大学法人職員が同法上の「労働者」だからに他ならない。雇用保険法上の「労働者」は当然労働契約法上の「労働者」と同義であるから、「労働者」である国立大学法人の職員についても、「労働者及び使用者の自主的な交渉の下で、労働契約が合意により成立し、又は変更されるという合意の原則」（労働契約法1条）に基づいて労働条件の変更が行われなければならないのである。

2　勤務条件を定めるには業務の実績が考慮されなければならないこと

もっとも、独立行政法人の場合、「支給基準」については、労使自治によってまったく自由に定めうるというのではなく、「届出と公表」を行って、透明化をはかり、かつ、「法人の業務実績を考慮し、かっ社会一般の情勢に適合したものでなければならない」としたもので、そのように定める通則法63条の趣旨は、独立行政法人における職員の給与等については労使自治の原則に則って各法人が自ら定めることが原則であるものの、他方で業務の公共性等に鑑み、職員の給与についてはその勤務成績が考慮されるものでなければならず、また法人の業務実績や社会一般の情勢を考慮し、支給基準を法人が自ら公表することによって国民の納得と理解が得られるような適切かつ妥当なものとなることを期すというものにすぎず（甲33、コンメンタール322頁以下）、国家公務員の給与が削減された場合に、独立行政法人の給与を常にこれに倣って削減すべきことを意味するものではもちろんない。条文のとおり、法人の業務実績に基づき、労働基準法の規定に則って労使自治によって定めるというのが基本であって、そのようにして定めた基準が結果として社会情勢に適合したものでなければならないというにすぎないのである。

この点、原判決は法63条3項の「社会一般の情勢に適合」との文言のみを取り上げるが、このように、給与の基準を定めるにあたってはまず業務の実績を考慮しなければならないのである。そうすると、原判決も認めるとおり相手方の財政状況には問題はないのだから（「給与減額を実施しなくとも又は本件給与減額支給措置よりも低い減額率での給与減額によっても、対処し得た可能性を一概に否定することはできない」76頁～77夏）、「業務の実績を考慮」すれば、賃下げの必要性はないとするのが論理的な帰結である。国が賃金の引下げを求めるのではなく、法人の自律的・自主的な労使関係の中で必要な措置を講ずるよう求めているにすぎないのも、法人の業務実績は当然法人によって異なるのであるから、各法人の業務実績をそれぞれの法人が適切に考慮し、最終的には労基法等に基づいて労使自治の中で決定されるべきであるからに他ならない。原判決は、同法63条3項を重視しながら、この点については全く無視を決めこんでおり、なぜこの点を考慮しないのかの説明すらない。

原判決は同法63条3項を理解しておらず、文言に反する判断を行っているというほかないのである。なお、仮に「社会一般の情勢に適合」というのであれば、当時の私立大学や民間企業の給与水準といった情勢についても当然考慮すべきであり、他の国立大学法人や国家公務員の情勢のみを考慮するということにはおよそなり得ない。原判決は、この点については、何の説明も無い。民間企業で、賃下げが一般的に行われた事実はないし、国から多額の補助金を貰っている私立大学においても賃下げは行われていない。賃金を得て仕事をしている「社会一般の労働者」は賃下げをされておらず、ごく一部にしか過ぎない国家公務員と他の国立大学法人職員の一方的な賃下げが、「社会一般の情勢」などと到底言えないことは明らかである。文言に明白に反しているし、立法趣旨にも反している。

3　法人化の趣旨は自主性・自立性を高めることにある

ましてや、国立大学等が法人化されたのはその自主性・自立性を高めるためであり（甲33、コンメンタール60頁）、だからこそ「大学の教育研究に対する国民の要請にこたえるとともに、我が国の高等教育及び学術研究の水準の向上と均衡ある発展を図るため」（国大法1条）に通則法とは別にわざわざ国大法が制定されているのであって、通則法を準用するに際しでもこの目的を十分に踏まえなければならない。しかも「国は、この法律の運用に当たっては、国立大学及び大学共同利用機関における教育研究の特性に常に配慮しなければならない」（同法3条）と別途規定されているように、学問の自由や大学の自主性・自律性の尊重には十分な配慮が求められている（甲33、松田隆利総務省行政管理局長平成15年6月26日参議院・文教科学委員会〔コンメンタール83頁〕、「国立大学法人法第3条の規定は……大学の本来的な正確を踏まえ、学問の自由や大学の自治の観点から、大学や大学共同利用期間における自主性・自立性、高度な専門性や長期性、教育研究の一体性、国際性といった教育研究の特性に配慮すべきことを定めたものであり、独立行政法人通則法第3条第3項とは規定の趣旨を異にする」コンメンタール86頁、国立大学法人法の国会附帯決議）。このことは、教育基本法7条2項が「大学については、自主性、自律性その他大学における教育及び研究の特性が尊重されなければならない」としていることからも裏付けられる。

このように国立大学法人等においては法文上、独立行政法人よりも各大学の自主的・自律的な運営が尊重され、「大学の自治が法制的に確立されている」（甲33、コンメンタール80頁）のであるから、職員の給与を定めるにあたっては、大学の自治や自主性・自律性の観点から、独立行政法人の場合よりも労使自治や各法人の実績がまず重視されなければならない。これらを無視して国家公務員の給与が削減されたことのみを理由に国立大学法人の給与を削減することは、労働関係法令のみならず、国大法1条・3条、教育基本法7条2項等の趣旨にも反するものである。

4　公務員の情勢適応原則の意味は単に民間準拠にすぎないこと

さらに、そもそも国家公務員の場合の「情勢適応の原則」は、「公務員の勤務条件が、我が国の社会、経済上の一般情勢の変化に応じ、適宜、機動的に定められるべきことを表明したもの」（逐条国家公務員法299頁）であり、その基本的な考え方は「民間準拠の原則」である（同307頁）。

情勢適応の原則と情勢適合の原則とを仮に同趣旨に解するとしても、その趣旨は民間の給与が下がっているのであればそれを考慮して国立大学法人の職員給与も引下げを検討するというに留まり、国家公務員の給与を基準とすることは趣旨に反する。いわんや、民間の給与が下がっていないのに情勢適応を理由に公務員の給与を下げ、それを理由に国立大学法人の職員給与を下げることや、他の大学法人も給与を下げているから相手方も下げるということはなおさら趣旨に反する法の予定しない事態である。

5　相手方の賃金規程は何の根拠にもならないこと

原判決は、相手方の給与規程（甲1）において「当分の間、俸給表の月額及び手当の額は国家公務員の例に準拠するものとし、改訂があった場合は、それらの改訂についても同様とする」ことが定められている（同規程附則2項）ことを、賃下げの一つの根拠とする（71頁）。

しかし、同賃金規程は、本件において根拠となるものではない。従うべきは労働法令であって「国家公務員の例」ではなく、相手方が自ら制定した（しかも労働法令に背く内容の）規程でもない。そのような規程をもって賃下げの根拠とし得るということになれば、相手方は、規程を設けさえすれば労働法令を無視するいかなる措置であってもとり得るということになってしまう。これは、国立大学法人において労働法令を完全に形骸化せしめる結果となる。

そのことを分かっていたからこそ、相手方は、同賃金規程が賃金減額の根拠である旨に団体交渉で一言も言及していない。本件訴訟においても、結審間近となった段階において若干言及した程度のことである（被告第3準備書面p35）。

そもそも、同規程は（甲1）、給与に関する事項を定めることを目的とし（第1条）、その規定内容からして、給与水準を定めたものである。しかも、平成16年4月1日制定で、「当分の間」との文言があるように（同規程附則2項）、国立大学法人への移行期において、給与水準の定めを国家公務員の例に準拠するとすることで同規定を定めて始まったものである。

しかし、今回の国家公務員の給与減額措置は、国が震災復興の資金を捻出する目的のためのものであって給与の水準を定めたものではなく、臨時的、一時的なものに過ぎない。あくまで、国は震災復興のために資金を捻出することが目的であり、国立大学法人との関係では、そのために運営費交付金を減額したことで目的を達している。よって、さらに進んで、申立人らの賃金を減額する必要性までは全くない。

なお、京都大学においては、経常収益に占める運営費交付金の割合は約3分の1にすぎず、運営費交付金の依存率は低い（国に財源を100%依存している国家公務員とは明らかに異なる）。

また、原判決も認めているとおり、相手方においては、賃金減額を行わずに対応するだけの財源は十分にあった（「給与減額を実施しなくとも又は本件給与減額支給措置よりも低い減額率での給与減額によっても、対処し得た可能性を一概に否定することはできない」76頁～77頁）。

したがって、相手方が、本件において、国家公務員の給与減額に準じる必要性のないことは明らかであり、同賃金規程は、本件賃下げの根拠とはなり得ない。

6　「必要な措置」について

原判決は「必要な措置」とは、「運営費交付金の減額に相当する人件費削減の実施を要請するものであったと認められる」と認定する（70頁）が、文言解釈を離れるものであるし、業務実績や運営費交付金への依存率は法人ごとに異なっており「必要な措置」といっても一律には決められないこと（だからこそ国も法人ごとに「必要な措置」を検討して執るよう要請している。人件費削減の実施を要請するのであれば、直裁に述べればよい。）、新潟訴訟での国の答弁も、原告側の「同法律成立以前から、被告国は、国立大学を含む独立行政法人に対し、執拗に賃金引下げを求めてきた」との主張に対して「必要な措置を講ずるよう要請することとしたが、国立大学法人を含む独立行政法人に対し、何らかの求めを行ったことはない」とし（甲24・7頁）、賃下げを求めたことを明確に否定していることなどからして、誤った認定というほかない。その文言のとおり、法人ごとに「必要な措置」を執るよう求めるにすぎないのである。

相手方の認識もこれと同様である。国の要請が「運営費交付金の減額に相当する人件費削減の実施を要請するもの」（70頁）だったのであれば、賃金減額率も「同等」でなければならず、減額対象職員に例外を設けることもできないはずであるが、実際には減額率を変え、医学部附属病院所属の職員の一部も対象外となっており、「要請」に従わなくてもよいということを相手方自身が理解していたに他ならない。「運営費交付金の減額に相当する人件費削減の実施」を「要請」されているのではなく法人ごとに「必要な措置」を執ることが「要請」されているからこその対応だったのである。「必要な措置」を人件費削減の実施を求めるものであるとしながら、他方では減額率を異ならせ、あるいは例外を設けることを許容する原判決は極めて恣意的であり、論理一貫性がない。

その文言のとおり、法人ごとに「必要な措置」を執るよう求めるにすぎないということは、地方公務員の給与に関する国の「要請」からも裏付けられる。すなわち、国は、国家公務員の給与を削減するにあたって地方公務員についても、「国家公務員の給与の改定及び臨時特例に関する法律（平成24年法律第2号）に基づく国家公務員の給与減額支給措置を踏まえ、各地方公共団体において速やかに国に準じて必要な措置を講ずるよう要請いたします。この旨、貴都道府県内の市区町村に対しでも併せて周知されるようお願いします。」との総務大臣通知（平成25年1月28日付）を出したが、その文言のとおり、独立行政法人に対する「要請」と同じ「必要な措置」を執るよう求める内容であった。これを受けて地方自治体は、実際に交付される地方交付税が減額されたものの、平成25年6月13日付総務省発表では49.7パーセントのみが公務員給与を減額済みあるいは減額する方向であるとされ、その余の50パーセント余りは検討を行っていない（平成26年7月1日時点でも、1割以上が「議会で否決」及び「実施予定なし」となっている）。

これは、国の「要請」が、原判決の述べるような「国家公務員の給与減額と同等の人件費削減の実施を要請するもの」ではなく、地方自治体ごとに財政様態その他諸般の事情を考慮して「必要な措置」を検討しそれを行うよう求めるものであるからに他ならないのである。原判決は、相手方について「実質的にこれ（国の要請）を拒むという選択肢は（相手方には）なかった」と錦の御旗のように述べるが、では地方公共団体が国の要請を拒んでいるということをいかにして整合的に説明するのであろうか。国立大学法人について「選択肢はなかった」というのであれば、地方公共団体にはなお一層「選択肢はなかった」ということになり、全ての地方公共団体が一律に一斉に給与削減を実施していなければならない。国の要請を拒むという選択肢があったことは、地方公共団体の例からも明白である。

また、相手方は、実際上も選択の余地があったからこそ各種会議にかけて検討をしたのである。そして、その際に相手方は「選択の余地がない」などという説明を一切していない。

7　賃金減額の必要性は、客観的に判断されるべき事項であること

原判決は「上記要請に沿うような対応を採るべき必要性が生じていたことは明らかであり、実質的にこれを拒むという選択肢はなかったもの」とする（71頁）ところ、その趣旨は不明であるが、賃金減額の必要性は客観的に判断される事項であるから、相手方の主観を理由に必要性が認められるような余地はない。

第5　原判決は、労働基準法・労働契約法の解釈を誤り、最高裁のこれまでの判例とも著しく相反していること

1　「高度の必要性」の理由がなにも明らかにされていない

確立した判例と制定された明文の規定上、一方的な賃金減額をするのには、それに相応しい「高度の必要性」が求められているところ、原判決は、「選択肢がなかった」と述べるだけで、なぜ、「高度の必要性があったと言えるのか」については、何一つ明らかにはしておらず、法と判例を無視した判断であることは明らかである。

2　「雇用危機、経営破たん」に比肩するような理由がなければならない

原判決は、「しかし、前記(1)で判示したとおり、就業規則の変更が高度の必要性に基づいた合理的な内容かどうかは、諸般の事情を総合的に考慮して判断されなければならず、その必要性が財政上の理由のみに限られるということはできないところ、前記(1)で判示したとおり、本件給与減額支給措置は、運営費交付金の減額とそれに伴う国からの要請によって、これを行わないという選択肢がないという状況の下で行われたものであって、本件給与減額支給措置を行わないとすると、その原資を他のところに求めなければならず、そうすると、他の経費に影響することは明らかである。これらのことからすると、被控訴人の財政状況を理由として、教職員の給与減額には、高度の必要性があったとの上記（ア）の判断を否定することはできない。」（p77）と述べ、就業規則の不利益変更にあたり、高度の必要性を認めた。

しかし、賃金減額に関しては、「特に、賃金、退職金など労働者にとって重要な権利、労働条件に関し実質的な不利益を及ぼす就業規則の作成又は変更については、当該条項が、そのような不利益を労働者に法的に受忍させることを許容することができるだけの高度の必要性に基づいた合理的な内容のもの」でなければならないとされてきた（みちのく銀行事件：平成12年9月7日最高裁第一小法廷判決）。

みちのく銀行事件の最高裁判所判例解説によれば（民事篇平成12年度　765頁）、「なお、基本的な類型に分けて若干説明すれば、重要な労働条件につき全体的にみて実質的な不利益性がある場合は、『高度の必要性』を要し（大曲農協事件、第四銀行事件）、その実質的不利益性が高く、当該労働者に専ら大きな不利益のみを課するものと評価されるような場合には、よほど高度の必要性（雇用危機、経営破たん等が考えられよう。）が認められない限り、合理性が否定されることになろう（朝日火災海上事件及び本件がそうである。）」と指摘している。

ここでは、高度の必要性を基礎づけるため考えられる例として、「雇用危機、経営破たん」が挙げられている。

一方で、雇傭されている労働者の「賃金」や「退職金」は、「重要な労働条件である」ことが判例上確定している。もう一方で、その重要な労働条件に一方的に手を加えるには、それをどうしても必要としている事情を求めており、その例示が「雇用危機」であり「経営破綻」である。いずれもが重大な財政的事情である。「賃金・退職金」が、当該経営の財政的事情を左右するからに他ならない。そうした「経営」を左右する事情＝重大な財政的事情が無い中で、当該労働条件を一方的に切り下げることは許されないという結論がそこから導き出されるのである。

本件で、申立人らは、具体的な理由を示されることなく、また、具体的な財政的事情の無いままに、賃金減額を強要されたもので、これが、最高裁判所が確立してきた判例に著しく相反していることは明らかである。

3　原判決は最高裁判例・学説・同種裁判例に反しており「高度の必要性」は存在しない

申立人らは、原審で、5人の労働法学者の「意見書」「論攷」を提出した。全ての学者が、一審判決が、最高最判例と国立大学法人法・労働契約法の解釈を誤っていると評価している。他方、一審判決を支持する判例解説や学者の論攷は一つもない。

ところで、原判決は、一審判決より、もっと露骨に、「選択肢は無かった＝事実上の強制であった」とだけのべて、「高度の必要性」を認めており、法解釈を誤り、判例に相反していることは明白である。

今回の賃下げは代償措置等もなく労働者にとっては「その実質的な不利益性が高く、当該労働者に専ら大きな不利益のみを課するもの」であり「不利益な点ばかり」なのであるから、「よほど高度の必要性」がなければならず、しかもそれは「雇用危機、経営破綻等」の極めて逼迫した財政事情でなければならないのである。原判決は、この最高裁の判例の考え方に明確に反している。

また、「賃金・退職金は労働者にとって最も重要な労働条件であり、その実質的な引き下げをもたらす就業規則変更の合理性は、「高度の必要性」がなければ許されない。賃金の全体的なダウンは、経営危機下において、一定の範囲内でなされたものに限り、合理性が認められる」（甲30、労働法　第2版　西谷敏　日本評論社　175頁）と明記されているとおり、学説上も、経営危機及びこれに準じるだけの財政的事情が要求されている。原判決は、こうした学説にも反しているのである。

さらに、福岡教育大判決が、結論の当否は措くとして、「財務上の健全性を保つため、人件費を一時的に減額することについての高度の必要性があった」（乙64・26頁）と財政上の必要性を論拠としており、国の要請のみをもっては高度の必要性を認定していないのも、労基法等の適用される法人である以上、賃金減額の必要性の中心は財政的必要性であるとの認識に立つからに他ならない。いわんや、国の要請をもって「不利益を労働者に法的に受忍させることを許容することができるだけの」論拠とはなり得ない。だからこそ福教大判決も、国の要請は「相応の必要性」を基礎づけるにとどまるとしている（乙64・26頁）のである。

然るに原判決は、財政上の必要性がなくとも高度の必要性は認められると判断しているのであって、労基法等が適用される国立大学法人における給与減額の高度の必要性の解釈として、同法等に反する明らかに不当な判断を行っている。原判決は、他の同種事案での裁判所の考え方にすら沿わない特異な判断をしているのである。

4　相手方の財政状態には何の問題もなく給与削減を実施しなくても影響はなかった

原判決も「前記1(5）認定の被控訴人の財政状況に、本件給与減額支給措置においては、運営費交付金の削減額をそのまま人件費の削減額としたときよりもはるかに低い額の給与の削減しかされていないことを総合すると、給与減額を実施しなくとも又は本件給与減額支給措置よりも低い減額率での給与減額によっても、対処し得た可能性を一概に否定することはできない。」（p76～p77）と認めているとおり、相手方の財政状況からすれば、賃金減額の「高度の」必要性は明らかに存在しないのである。

なお、過去の最高裁判例において、本件のように財政状態に基本的に問題が無いにも関わらず、賃金減額の「高度の」必要性を認めたものは存在しない。

原判決は、「本件給与減額支給措置を行わないとすると、その原資を他のところに求めなければならず、そうすると、他の経費に影響することは明らかである。」とする。しかし、具体的にいかなる「他の経費」に影響するのか何ら説示していない。それ以前に「他の経費」が何を指すのかさえ全く不明である。そして、「経費」に影響を与えることなく原資を確保することができたということは、これまで申立入らが繰り返し述べてきたところである。すなわち、そもそも相手方の内部資料においても、給与削減を「実施しなかった場合のリスク」に財政的事情は何ら挙げられておらず（乙10の3）、川内も、作成時点で財政問題は想定されるリスクに「入れていなかった」と認めているのであって（川内調書36頁）、財政的影響なしに給与削減を回避しうることは相手方が自認するところであるし、当時相手方には主要なものだけで「投資有価証券」約96億円、「長期性預金」約26億円、「有価証券」約210億円、「現金及び預貯金」約540億円といった資産が存在した（甲15・22頁「貸借対照表」）、さらに有価証券取得のために500億円もの支出を行っている（同・25頁）。これらをほんの一部削減することで十分に給与削減を回避することができるのであり、必要な「経費」を削減する必要は全くなく、財政的影響も全くない。少なくとも、給与削減を正当化するほどの財政的影響が存在しないことは明らかなのである。

また、原判決は、減額率の計算式に不合理な点はないとする（75頁）。しかし、まず第ーに、かかる認定は弁論主義違反である。そのような主張は相手方もしておらず、それどころかその証人が、運営費交付金の削減幅が大きくなれば却って賃金削減率が小さくなる結果となることを認めているのであるから（川内調書46頁）、当事者間に争いのない事実について一方的にそれと異なる判断をしてしまっている（しかもそのことについて主張・立証の機会もなく、完全に不意打ちの判断である）。次に、原判決は申立人の主張（そして証人の証言の趣旨）を理解できていない。申立人及び川内は、運営費交付金の削減による財政的影響を予測するという目的のために、当該計算式によった場合、運営費交付金の削減額を大きくすると却って給与削減率が小さくなるという点を問題としているのであるから、当然数字を変化させるべきは当該削減額に限られ、その他の数字を併せて変動させることは目的と整合しない。

なお、前述したとおり、京都大学においては、経常収益に占める運営費交付金の割合は約3分の1にすぎず、運営費交付金の依存率は低い（国に財源を100%依存している国家公務員とは明らかに異なる）。この点に鑑みれば、国に財源を100%依存している国家公務員の最高賃下げ率が9.9%であることに対して、経常収益に占める運営費交付金の割合が約3分の1にすぎない京都大学の教職員の最高賃下げ率が運営費交付金依存率を掛け合わせたものよりも高い4.35%にまで引き上げられているのは不当である（割合からすれば本来は最高賃下げ率は3%台が上限となるはずである）。

第6　申立人らの不利益の程度が大きいこと

原判決は「しかし、上記のとおり、被控訴人は、本件給与減額支給措置において、全国の他の国立大学法人と比較して最も低い水準の減額率を採用したのであって、被控訴人と同様に教職員の給与減額の必要性に直面していた多くの他の国立大学法人が国家公務員の給与減額に係る減額率と等しい減額率を採用することもやむなしとする中で、教職員の利益に配慮した上での給与減額が実施されたのであるから、本件給与減額支給措置それ自体において既に教職員に対する不利益は緩和されていたと評価することができる」（p81）旨を述べる。

しかし、原判決も述べるとおり、「給与が労働者にとって重要な権利であって、給与減額は、他の労働条件の変更よりも労働者に直接的な不利益を生ずるものであ」る（P.78）。

また、相手方の主張する代償措置は、「いずれも本件給与減額支給措置の直接的な代償措置として導入されたものとは認められない」のであり（p81）、申立人らの不利益は大きい。

さらに、不利益の程度は絶対的に判断されるべきであって他との比較によって軽重が変わるものではない。減額されること自体が問われているのである。そもそも、申立人らの賃金は、国家公務員との比較でも10パーセント以上低い水準であり、私立大学の賃金とは比べることもできないくらい低い。他の国立大学と比較しても何の意味もない。減額率が低いということは不利益の緩和とはならない。相手方京都大学の教職員において、著しく不利益性の強い賃金減額を強行する「高度の必要性が無かった」ことに何の変わりもないのである。さらに、減額された運営費交付金は震災復興のために用いられていなかったのであり、これによって他大学も含めて本件賃下げの目的は完全に失われてしまっているのであるから他大学との比較は何ら意味をなさない。

なお、学説上、代償措置の重要性について、「実際には、労働条件の変更の必要性と労働者の不利益が拮抗し、両者の比較衡量が困難なケースが少なくない。そこで、この場合に重要となるのが「代償措置・関連労働条件の改善状況」である。・・・・・・要するに、就業規則による労働条件の変更がその一方的不利益変更である以上、何らかの「見返り」を求めるのが判例の立場である」と考えられている（甲29、労働契約法　土田道夫　有斐閣　497～498頁）。

本件においては、申立人らは一方的に賃金が引き下げられただけで「代償措置」や「経過措置」は取られなかった。つまり、何の「見返り」もなかったのであるから、仮に万が一必要性があったとされても、従来の判例の立場からしても、本件賃下げは無効となるはずである。この点においても、原判決は、従来の判例と相反する判断がある。

第7　団体交渉の状況に大きな問題点があること

組合との交渉状況について、原判決は、「これらの事情に照らすと、被控訴人は、上記各団体交渉を通じて、職員組合に対して、本件給与減額支給措置の制定及び改定に当たって、それぞれその必要性を十分に説明し、これへの理解を求める働きかけを継続して行っていたものと評価することができる。」と述べる（p83）。

団体交渉は、誠実に行うことが義務づけられており、本件であれば、なぜ、賃金減額措置が必要かということを具体的に説明することが求められている。それを何ら行っておらず、典型的な「不誠実団交」である。

もっとも、原判決は、「選択肢がなかった」ということだけを理由に判決を書いている。結局、「不誠実団交」と同じ手法であり、何ら理由を述べず、判決を作成していることと、本件団体交渉の「不誠実性（理由も根拠も述べなかった）」とは、まさに「同じ穴の狢（ムジナ）」というべきであろう。

そして、団体交渉において示された減額率の算定方法は、それだけ聞いてもどのように算定されるのかさっぱり分からないものであったうえ、本件訴訟において主張された内容とは明らかに異なるものであった。なお、本訴で主張された減額率が、運営費交付金の削減額が減少するとかえって教職員の給与減額率が上昇する不合理な計算方法によって算出された減額率であったことは、上記第5の4で述べたとおりである（なお、これについては京都地裁判決も「不合理」と認めるところである。74頁）。減額率は、本件給与減額支給措置の内容そのものであり、同措置の必要性を語る上で大前提となる情報であるから、正確で合理的なものでなければならない。その減額率について、内容の定かでないもの、あるいは不合理なものを示し、それを前提に本件給与減額支給措置の必要性を説明したとしても、全く意味がない。前提に誤りがあれば、その後の交渉・議論は成り立ちえないからである。よって、かかる不合理な減額率が示され、それを前提になされた説明では、本件給与減額支給措置の必要性が十分に説明されたとは到底言えない。

この点、労働組合との交渉に関しては、前述の第四銀行事件判決に関する判例解説が、合理性判断における同要素の意義を明らかにしている。すなわち、同解説は、「このように、組合との合意の存在は、その変更内容につき、通常は労使間の利益が調整された結果としての合理的な内容であると推測すべき事情と評価することができ、単なる間接的な一事情に留まるものではない。特に、多数組合が変更に同意しているとか、ほとんどの従業員が変更に同意しているということは、まず、変更後の就業規則の内容が通常は労使間の利益が調整された結果としての合理的な内容であると推測すべき事情として、変更内容自体の妥当性を裏付けるものとしての意味を有すると考えられる。また、それに併せて、その変更の必要性がもともとあったということがうかがわせるとともに、統一的かつ画一的に処理すべき労働条件にかかる変更であれば、交渉を経た上で多数組合や多くの従業員が合意に至ったという時点において、就業規則による一体的な変更を図ることの必要性及び相当性を基礎づける事情ともなるといえよう。本判決も、変更後の就業規則の内容が労使聞の利益調整がされた結果としての合理的なものであると一応推定することができ、かつ、Yにおいて就業規則による一体的な変更を図ることの必要性及び相当性を肯定することができる一事情として評価している。このような位置付けは、右第一小型ハイヤー判決においても前提とされていたところとみられる。」（（最高裁判所判例解説民事篇平成9年度350頁～351頁）として、労働組合との交渉経緯が労使双方の利益の調整の過程及び結果としての意味をもち、合理性を推定させる要素であることを示している。

要するに、仮に全ての労働者の合意が得られていないとしても、十分な労使交渉を経て利益の調整がなされていたなら、その変更内容については合理性が推認されるということである。

しかし、本件においては、前述したとおり、相手方は不合理な計算方法によって算出された減額率を用いて不誠実な説明を行うだけで、そこに労使間の利益調整が成された形跡は全く認められない。

したがって、本件における労使交渉の経緯からすれば、合理性を肯定する材料は一切認められないし、このような原判決は、国立大学法人職員である申立人らの労働基本権（団体交渉権）を実質的に否定するものであって、憲法第28条にも反する。

第8　結論

本件については、多数の労働法学者が就業規則の不利益変更の合理性を否定し賃金減額が違法である旨の意見を述べており（甲34、35、36、38、39）、この点も重視されるべきである。

以上のとおり、原判決には、最高裁判所の判例に相反する判断があり、また国立大学法人法35条が準用する独立行政法人通則法63条や労働契約法10条の解釈に関する重要な事項を含んでおり（民事訴訟法318条）、本件は上告審として受理されるべきである。そして、原判決は、直ちに破棄されなければならない。

以上

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附属書類

1.上告受理申立理白書正本1通、副本7通以上