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１ 憲法28条と国立大学法人の労働条件決定の原則
（文字化けを起こすマル囲み数字は「マル１」などと表記しています。）
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平成29年（ネオ）第137号 上告提起事件
上告人 豊島耕一 外1名
被上告人 国立大学法人佐賀大学
上 告 理 由 書
2018（平成30年1月19日
最高裁判所 御中
上告人ら訴訟代理人弁護士 東 島 浩 幸
同 桑 原 健
同 梶 原 恒 夫
同 八 木 大 和
第１ 憲法28条違反
１ 憲法28条と国立大学法人の労働条件決定の原則
憲法２８条は「勤労者の団結する権利及び団体交渉その他の団体行動をする権利は、これを保障する」と規定する。これは労働基本権を保障するものであるが、単なる国の立法行政を制約する効果を有するにとどまらず、労使間の法律関係にも効果を有するものである。憲法28条の趣旨は、労使の社会的力関係で個々人では交渉力に劣る労働者が労使の実質的に対等な立場で交渉できるようにするため、労働者の団結権、団体交渉権、団体行動権（争議権を含む）を保障したものである。この労働基本権は、国立大学法人の職員にも当然保障される。
国立大学法人の職員は非公務員であり（国立大学法人法35条は、特定独立行政法人の役員及び職員は国家公務員であるとする独立行政法人法51条を準用していない）、民間労働者と同様、憲法２８条で保障された労働基本権は何の法的制約を受けない。その労働条件は、労働契約法１条に規定するように労働基準法等の規定に則り、労使対等決定を大原則とする。
２ 原判決の判旨の憲法28条違反（その１）
憲法２８条の労働基本権の保障は、実質的な労使対等決定を保障する
ためのものである。国立大学法人の職員は非公務員とされ、労働基準法、労働契約法が全面的に適用されるものであるから、実質的な労使対等決定を保障するように司法判断もなされなければならない。
しかるに、
マル１ 原判決は「財源の３０%という相当部分は国からの運営費交付金
等に依存し」「計画どおりに予算の範囲で業務が行われれば原則と
して剰余金は生じないのであり、実際上、被控訴人において一般
運営費交付金等から人件費へ予算を配分することは財政的に困難
であった」
マル２ 平成24年度の一定の利益は「専ら附属病院の収益によるものであり、附属病院に関しては再整備事業が予定され」…「被控訴人において恒常的に剰余金が見込まれる状態にあったわけではない」
マル３ 国立大学法人は、特定の事業年度において利益を生じさせたと
しても、恒常的に剰余金が見込まれる状態にあったわけではない
などとして、当期に生じた利益をもって特殊運営交付金の減額分の補て
んに充てることは事実上困難であったと判示した
これは、国立大学法人の職員については、重要な労働条件である退職金について、特殊要因運営交付金を減らされれば法人独自に退職金を決めることが不可能となり、労使対等決定を事実上否定するという判示にほかならない。
国立大学の職員は、国立大学法人制度ができる前は国家公務員とされ、
勤労条件法定主義（憲法73条4号等）のもと労働基本権は制約を受けてきた。労使対等決定の制約に替えて、準司法機関的性格を持つ人事院が設 けられ、国会及び内閣に対し、勧告または報告制度及び不利益を受けた際には人事院に対し審査請求をする途も開かれていることを理由に、その労働基本権の制約はかろうじて合憲とされてきた（全農林警職法事件最高裁昭和48年4月25日大法廷判決（刑集27巻4号547頁））。国立大学の職員は、国立大学法人制度への移行によって、国家公務員としての身分保障が外れたほか、労使対等決定の原則に立つと形式上されながら、原判決によれば、退職金等の金銭面の勤労条件に付いて実質上対等決定とはなっておらず、かつ、人事院勧告・審査請求等の等の代替措置さえも奪われるに至っているのである。
そのことは、結局、原判決の上記判示は、国立大学法人の労使関係を 労使対等決定を原則とすることを無視し、憲法28条の労働基本権を侵害する判示にほかならない。
３ 原判決の判旨の憲法２８条違反（その2）
原判決は、一方で「平成24年12月25日に本組合との間で行った本件退職手当規程の改正についての団体交渉において、本組合側から財源がないことにかかる追加資料の提示や施行期日の延期を求められたが、前者については公表済みの財務レポートを見てほしい、後者については施行期日変更の予定はないと述べるにとどまり、その翌日には同改正をし、１週間後の平成25年1月1日には改正後退職手当規程を施行した」と認定した。しかし、他方で、原判決は「公表された被控訴人の財務レポートには財務諸表の要約が記載されていて一定の情報開示機能を果たしていた等にも照らすと、被控訴人としては一応誠実な対応を取っていたものといえる」として、団体交渉での被控訴人の対応を是認した。
しかしながら、憲法28条から導かれる使用者の負う団体交渉義務は、誠実に交渉をする義務である。すなわち、使用者は単に組合の要求や主張を聞くだけでなく、それら要求（説明要求も含む）や主張に対し回答や主張をなし、必要によってそれらの論拠を示したり必要な資料を提示し説明をするなどの義務を負う。団体交渉が労使の合意形成に向けた場であるところから、使用者には合意達成の可能性を模索する義務があるのである。
まして、本件では、退職金という重要な経済的労働条件に関する引下げであるから財政的な余裕がないなどの実際の具体的な状況説明は必須であった。佐賀大学教職員組合は、交渉前から退職金引下げが必須であるとの経営判断の根拠となる資料の提示と具体的説明を求めていたし、当日も同組合は、「退職金の交付金以外の収入等でなぜ補てんできないかを資料をもって示してほしい」と財政資料に基づいた具体的説明を求めた（甲３７）。ところが、被上告人は交渉において資料の提示を行わず、「財務レポートを見てほしい」とのみ答えて内容の説明もしなかったものである。
さらに、当時の直近の平成23年度財務レポート（決算報告書は甲16）では、利益が約23億7000万円で附属病院の収入も右肩上がりで利益も十分にあり（乙21の2013年財務レポート7～8ページにも記載）、そこから退職金の引下げが財政上必要であることを読み取れるものではない。退職金を引下げなくても被控訴人の運営はできるという逆の結論に十分に判断できるものであって、「財務レポート見てほしい」との回答は合理的な説明を全くせずに労働組合の最低限の説明要求を拒否したに等しい。
その上で、同組合との団体交渉は第１回目の平成24年12月25日の1回で打ち切り、翌日の平成24年12月26日には法人で退職金引下げの最終決定をし、翌25年1月1日から施行することとしたのである。
このような被上告人の誠実交渉義務違反の交渉態度を原判決が是認す
ることは、原判決の判示の内容自体が憲法２８条違反を構成しているも
のである。
第２ 憲法23条違反
日本国憲法23条は「学問の自由は、これを保障する」と規定する。
学問の自由の内容には、学問研究の自由、学問発表の自由、大学における教授の自由、大学の自治が挙げられる。「大学の自治」に関し、東大ポポロ事件最高裁判決は、「大学における学問の自由を保障するために、伝統的に大学の自治が認められる」とした上で、「大学の学問の自由と自治は、大学が学術を中心として深く真理を探究し、専門の学芸を教授研究することを本質とすることにもどづく」と判示しているところである。
そして、その「大学自治」には、大学の教授その他の研究者の人事、大学施設の管理、学生の管理を内容とし、さらに研究教育の内容と方法における自主決定権及び予算管理の自治（財政自治権）もこれに含まれる（松井茂記「日本国憲法第2版」478頁、佐藤幸治「憲法（新版）452頁」。
しかるに、本件では、国が国家公務員の退職金の減額にあわせて国立大学法人に対して、しかるべき措置の要請をし、かつ国立大学法人の中期計画期間の途中でルールを変更して退職金に充てる特殊要因運営費交付金の額を減額変更した。その時に、被告は国の要請を過大視し、財政状況を十分に吟味せず自主的判断を事実上放棄している。そのことを、原判決は、被告が、“法人に十分な利益があっても積立金の使途のしばりから特殊要因運営費交付金以外からの退職金の減額分の補てんを極めて困難または不可能なのだ”と、国の制度を誤解・曲解して自主的判断を放棄することを是とすることを前提として、大学の財政自治の侵害を是としているのである。
つまり、原判決は、上記国の制度の曲解及びそれによる帰結を是とすることで、被告の自主的判断の放棄を救済し、憲法２３条で保障される大学の自治に含まれる予算管理の自治（財政自治権）を侵害することを是とする結論を導いており、憲法23条に違反する判決である。
第３ 理由齟齬（民事訴訟法312条2項6号）
原判決は、「財源の30%以上という相当部分は国からの運営交付金等に依存していて計画どおりに予算の範囲で業務が行われれば原則として剰余金は生じない」「国立大学法人は特定の事業年度において利益を生じさせたとしても、文部科学大臣から承認を受けた額を中期計画の剰余金の使途のみ充てることができるのであって、文部科学省はこれを教職員の人件費に充てることは不適切であるとの見解を示していた」などとして、当期利益に生じた利益をもって特殊要因運営交付金の減額分の補てんに充てることは困難であった」とした（原判決36頁）
しかしながら、他方で、原判決は、金沢大学などの４大学では特殊要因運営費交付金の減額分を自主財源で緩和する措置を採ったことを認定している（原判決33~34頁）。
このことは、理由の相互の食い違い、理由齟齬に相当する。
以上