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目次(リンク付き)

第1 原判決は就業規則の不利益変更に関する最高裁判例に相反し労働契約法10条の解釈を誤るものである

 1 原判決の判断内容

 2 原判決は「高度の必要性」に関する判例法理に反している

 3 高度の必要性を基礎づける事情としては財政的事情が重視されること

 4 原判決は財政状況の判断を誤り財政上の必要性の判断を誤っていること

  (1)財政状況の事実認定における経験則違反

  (2)相手方は特殊要因運営費交付金の減額分を負担することは十分可能であったこと

   ア 相手方の財政状況が良好であったこと

   イ 原判決が財政に関して「高度の必要性」の根拠とした事項に合理性は存しないこと

  (3)小括

 5 「高度の必要性」の有無の判断の要素としての社会情勢適合原則の解釈の誤り−通則法633項の解釈の誤り

第2 通則法633項の解釈における原判決の誤り

 1 通則法633項に関する原判決の論旨

 2 原審判断の問題点

 3 独立行政法人通則法633項の趣旨及びあるべき解釈

 (1)独立行政法人通則法633項の規定内容

 (2)通則法633項の立法趣旨

 (3)通則法633項の解釈において重視されるべき国立大学法人の自主性・自律性

  ア 国立大学法人の自主性・自律性の確保のための特段の配慮を求めた衆参両議院における附帯決議の存在

  イ 国立大学法人法の趣旨目的

 4 原判決は通則法633項の趣旨を誤り国立大学法人の自主性・自律性を侵害する帰結をもたらすものであること

第3 結論

 

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平成29年(ネ受)第156号 上告受理申立事件

申立人  豊島耕一 外1

相手方  国立大学法人佐賀大学

上告受理申立理由書

 

2018年(平成30年)119

 

最高裁判 御中 

申立人ら訴訟代理人弁護士 東島浩

    同        桑原 

    同        梶原恒

    同        八木大

 

第1 原判決は就業規則の不利益変更に関する最高裁判例に相反し労働契約法10条の解釈を誤るものである

1 原判決の判断内容

   原判決は,本件を就業規則の不利益変更が問題となる事件と位置付け,労働契約法10条に関して次のように判示している。

「賃金,退職金など労働者にとって重要な権利,労働条件に関し実質的な不利益を及ぼす就業規則の作成文は変更においては,当該条項が,そのような不利益を労働者に法的に受忍させることを許容できるだけの高度の必要性に基づいた合理的な内容のものである場合において,その効力を生ずる。そして,上記合理性の有無は,具体的には,就業規則の変更によって労働者が被る不利益の程度,使用者側の変更の必要性の内容・程度,変更後の就業規則の内容自体の相当性,代償措置その他関連する他の労働条件の改善状況,労働組合等との交渉の経緯,他の労働組合文は他の従業員の対応,同種事項に関する我が国社会における一般的状況等を総合考慮,して判断すべきである(労働契約法10条,最高裁昭和60年(オ)第104号同63216日第三小法廷判決・民集42260頁,最高裁平成4年(オ)第2122号同9228日第二小法廷判決・民集512705頁,最高裁平成8年(オ)第1677号同1297日第一小法廷判決・民集5472075頁参照)。」(原判決34頁)。

   原判決のこの判示部分は,それだけを見れば一般論としては従前の判例法理の立場を踏襲するものであるように思われる。しかし,原判決が実際に行った判断内容の実質は,以下に見るとおり,就業規則の不利益変更に関してこれまで最高裁判例によって構築されてきた判例法理に相反するものであり,ひいては労働契約法10条の解釈を誤るものである。

2 原判決は「高度の必要性」に関する判例法理に反している

就業規則の不利益変更については,労働契約法10条が規定されており,その本文は,「就業規則の変更が,労働者の受ける不利益の程度,労働条件の変更の必要性,変更後の就業規則の内容の相当性,労働組合等との交渉の状況その他の就業規則の変更に係る事情に照らして合理的なものであるときは,労働契約の内容である労働条件は,当該変更後の就業規則に定めるところによるものとする。」と規定している。そして,この労働契約法の規定は,この問題に関する判例法理を過不足なく表現したというのが立法者意思であるから(「労働契約法の施行について」平成24810日基発08102号参照),その解釈のためには,同法制定段階における判例法理を踏まえなければならない。

   定年制の変更に伴ってなされた賃金等の労働条件に実質的な不利益を及ぼす就業規則の変更の効力が争われた第四銀行事件において,最高裁第二小法廷の平成9228日判決は,「当該規則条項が合理的なものであるとは,当該就業規則の作成又は変更が,その必要性及び内容の両面からみて,それによって労働者が被ることになる不利益の程度を考慮しても,なお当該労使関係における当該条項の法的規範性を是認することができるだけの合理性を有するものであることをいい,特に,賃金,退職金など労働者にとって重要な権利,労働条件に関し実質的な不利益を及ぼす就業規則の作成又は変更については,当該条項が,そのような不利益を労働者に法的に受忍させることを許容することができるだけの高度の必要性に基づいた合理的な内容のものである場合において,その効力を生ずるものというべきである。」(下線は,申立人代理人)と判示している。そしてこの点は,みちのく銀行事件の平成1297日最高裁第一小法廷判決でもほぼ同様の判断が示されており,賃金や退職金などの労働条件の不利益変更には「高度の必要性」がなければならないということは確立した判例法理である。

   このように,賃金,退職金などの重要な労働条件に関する不利益変更が認められるためには,その不利益を労働者に受忍させることを許容することができるだけの「高度の必要性」の存在することが前提要件であるとするのが判例法理である。

しかるに,原判決は,以下に見るとおり,高度の必要性の有無の判断において最も重視されるべき財政的事情に関する判断も事実に反する認定を行うという誤りを犯しているほか,高度の必要性の有無の判断をなすにあたっての判断要素の評価を誤っており,その判断内容は就業規則の不利益変更に関する判例法理に相反するものとなっている。

3 高度の必要性を基礎づける事情としては財政的事情が重視されること

   前述したとおり,「賃金,退職金など労働者にとって重要な権利,労働条件」に関する不利益変更については「高度の必要性」が必要であるということは確立した判例法理であるが,賃金や退職金等を不利益に変更する必要性を基礎づける事情としては,当然当該企業の財政的事情が中心的な要素として検討されるべきは事柄の性質上当然のことである。逆に言えば,財政的事情から不利益変更をする必要性がないにもかかわらず,賃金や退職金などの変更が「高度の必要性」に基づくものであるなどということは通常観念しえない。したがって,最高裁判例は,高度の必要性を基礎づけるための事情としては,当然に財政的事情を最も重視していると考えられる。

みちのく銀行事件の最高裁判所判例解説(民事編平成12年度765頁)においても,「基本的な類型に分けて若干説明すれば,重要な労働条件につき全体的にみて実質的な不利益性がある場合は,『高度の必要性』を要し(大曲事件,第四銀行事件),その実質的不利益性が高く,当該労働者に専ら大きな不利益のみを課すものと評価されるような場合には,よほど高度の必要性(雇用危機,経営破たん等が考えられよう。)が認められない限り,合理性が否定されることになろう(朝日火災海上事件及び本件がそうである。)」と指摘しているところであり(下線は,申立人代理人が付した。),最高裁判例解説においても,高度の必要性を基礎づける事情として財政的事情を念頭に置いているところである。

4 原判決は財政状況の判断を誤り財政上の必要性の判断を誤っていること

(1)財政状況の事実認定における経験則違反

    原判決は,「本件退職手当規程改正の必要性」の項目において,「以上から,被控訴人において,国家公務員退職手当法の改正に伴う特殊要因運営費交付金の減額分を負担することは,事実上困難であった。」との判断を示している。しかし,以下に検討するとおり,原判決の財政状況に関する事実認定は,事実認定に際して則られるべき経験則に著しく違反しており,この点でも法令違反の誤りを犯している。すなわち,原判決は,労働契約法10条の解釈の前提となる「高度の必要性」の位置づけ自体を誤ったうえに,その必要性の有無の判断の前提となる事実認定においても法令としての経験則に違反するという入れ子型の法令解釈の誤りを犯しているというべきである。

(2)相手方は特殊要因運営費交付金の減額分を負担することは十分可能であったこと

ア 相手方の財政状況が良好であったこと

(ア)本件退職手当規程の改正が無かった場合に必要となる金額は以下のとおりである。

     平成24年度    52836193

     平成25年度    125817107

     平成26年度    205799218

     平成27年度    242369209円 (乙19

(イ)相手方の損益計算書によると,平成20年度~平成24年度の純利益は約11億~32億円で推移している(甲273頁,甲283頁,甲293頁,甲303頁,乙233頁,甲255頁)。このように相手方の収益力は良好であり,利益の中から年間24000万円の原資を捻出することに支障は無い。

   相手方の貸借対照表によると,相手方の自己資本比率が平成24年度末で71%となっており(乙232頁),借入金等の負債依存度が小さいと評価でき,この点でも相手方の財政状態は,非常に安定しているといえる(甲259頁)。

   相手方のキャッシュフロー計算書によると,平成20年度~平成24年度の業務活動におけるキャッシュフローは約28億円~約56億円が確保されており,十分な資金があるといえる(甲274頁,甲284頁,甲294頁,甲304頁,乙234頁,甲2510頁)。仮に,毎年度経常的固定的に支出される設備投資,及び,借入金の返済分を控除したとしても,平均して125000万円程度のキャッシュフローは確保されているため(甲267頁の中段の表),年24000万円の原資を捻出することに支障はない。

   また,相手方は,平成24年度末の時点で約179億円の流動資産(そのうち約136億円は現預金)を有しており(乙231頁)。年間24000万円程度の支出が生じたとしても,資金繰りに窮することにはならない。

   以上のとおり,相手方の財務諸表によれば,相手方の収益力,財務の安定性,資金繰りの状況はいずれも良好であり,年24000万円程度の原資を捻出することに何ら支障はなかった。

(ウ)このように相手方の財政状況は良好であることは明白で,特殊運営費交付金の減額分されても相手方において補填することは十分に可能であった。相手方の財務状況を理由に本件退職手当規程を改正すべき必要性は全く存しない。

()証拠の採否について国立大学法人の財務分析は,3 つの財務諸表(損益計算書,貸借対照

表,キャッシュフロー計算書)を総合的に分析して行われるべきもので あり,かつ,複数年度にわたる財務諸表の分析が不可欠である。平成 20 年度から平成 24 年度までの 3 つの財務諸表を基にした専門家意見書( 25 )によると,相手方の財務は良好とされており,そのことは相手方 側証人ですら認めていた事実である。

しかし,原判決は,申立人提出の専門家意見書( 25 )について, その信用性を検討することもなく完全に無視し,平成 24 年度単年の損 益計算書のみから申立人に都合の良い部分のみを抽出して判断している。 原判決の判断には,基となった証拠の採否に著しい偏りが見られ,採証法則に明らかに反している。

()小括

以上のとおり,原判決の財政状況に関する判断は著しく不当であり, かつ,証拠の採否に著しい偏りが見られる。原判決においては申立人の 主張・証拠について十分な検討がなされておらず,結論ありきの判断と いわざるをえない。

このように,原判決が相手方の財政状況に関してなした判断は法令と しての経験則に反していることは明らかである。

イ 原判決が財政に関して「高度の必要性」の根拠とした事項に合理性は存しないこと

(ア)他方,原判決は,以下の3点を,本件改正を行うべき財政上の高度の必要性の根拠として挙げている。

すなわち,マル1 相手方が,成立以降,国家公務員退職手当法の内容に準じた本件退職手当規程を定め,国から措置される特殊運営費交付金をもって退職手当の支給を行っており,これを超えて退職手当を支給することを想定していなかったこと,マル2 平成24年度の損益計算書上一定の利益を上げているが専ら附属病院の収益によるもので,附属病院に関しては再整備事業が予定されており,その資金にあてるために計画的に利益を捻出していたものであって,恒常的に剰余金が見込まれる状態にあったわけではないこと,マル3 利益が生じた場合,文部科学大臣から承認を受けた額を(目的積立金として積み立てて翌年以降に,)中期計画の剰余金の使途に充てることができるが,文部科学省はこれを教職員の人件費にあてることは不適切との見解を示していたこと等から,相手方において,当期利益を特殊運営費交付金の減額分の補填にあてることは実際上困難であったこと,の3点である。

しかし,以下(()())に述べるとおり,上記理由付けはいずれも著しく不当であり,本件における高度の必要性を根拠づける理由とはならない。

(イ)上記マル1(特殊運営費交付金を超えた退職手当の支給を想定していなかった)について

   平成157月の国立大学法人法成立に伴い,国立大学法人の職員にも労働契約法や労働基準法など民間労働者に適用される法令が適用され,国立大学法人の職員の労働条件は労使間の交渉・合意によって定められることとなった。労働条件が労使間の交渉に委ねられることとなった以上,退職手当の額と特殊運営費交付金の額が一致しないことは当然生じうるのであり,使用者側としては当然想定すべき事態である。それにも関わらず,これを想定していなかったというのは相手方の落ち度でしかなく,本改正の必要性を支える理由とはなりえない

(ウ)上記マル2(恒常的に剰余金が見込まれる状態にあったわけではない)について

   国立大学法人における収入は法人全体の規模で管理されるべきである。そして相手方の附属病院における収益を附属病院以外の用途で使ってはならないという法規制は無い。

平成24年当時,附属病院に関しては再整備事業が予定されており,その資金にあてるために計画的に利益を捻出していたのは確かにそのとおりであるが,重要なのは「利益を捻出していた」という事実である。再整備事業による支出は一過性のものであり,今後も恒常的に支出されるものではない。上記アで述べたとおり,相手方の財務諸表に照らせば,相手方が恒常的に剰余金を見込むことができる経営状況であったことは明らかである。

(エ)上記マル3(文部科学省が目的積立金の用途について人件費にあてることは不適切との見解を示していた)について

   国立大学法人における労働条件は労使交渉によって決まる以上,労使交渉を行った結果,特殊運営費交付金の額と退職手当の額が一致しないことは当然に生じうるのであり,かかる場合に足りない資金を当該年度の利益から補填することは必要な経費の支出として当然に許されているはずである。

また,前記の補填は,当該年度の利益から行うのであり,目的積立金から支出するのではない。

そもそも,文部科学省が不適切であるとの見解を示していたのは,中期計画の目的とは無関係に,例えば成功報酬として職員の人件費に支出するようなことは許されないというものであり(乙11),当該年度に必要に迫られて人件費の補填のために支出することまで禁止する趣旨ではない。

 

(3)小括

以上にみたとおり,本件において,当時の相手方の財政状況からすれば,財政上の理由から本件退職金規程を不利益変更する必要性は全く存しなかったこと,他方で原判決が財政に関して高度の必要性の根拠として挙げた事項に何ら合理性が認められないことを考え合わせると,結局,原判決は,「高度の必要性」の有無の判断において,本来最も重視されるべき「財政上の理由」の有無という要件について,その判断を誤りこれを著しく軽視していることは明らかである。

このような原判決の判断は,最高裁の示した判例法理に反し,ひいては労働契約法10条の解釈を誤るものである。

5 「高度の必要性」の有無の判断の要素としての社会情勢適合原則の解釈の誤り−通則法633項の解釈の誤り

   原判決はまた,文部科学省大臣官房長から,国家公務員の退職手当引下げに伴い,各国立大学法人に対し退職手当引き下げの要請があったのであるから,「運営財源の相当部分を固からの交付金等に依拠している被控訴人においては,社会一般の情勢に適合するよう本件要請に応じ適宜の措置を講ずる事業運営上の必要性もあった。」(原判決36頁)としている。

しかし,これは社会情勢適合の原則を規定した国立大学法人法35条が準用する独立行政法人通則法633項の解釈を大きく誤るものであり,その誤った解釈に基づいて,原判決は極めて安易に就業規則の不利益変更の「高度の必要性」を認定しているのである。したがって,原判決のこの点に関する解釈の誤りは本件の判断に重大な影響を与えているものとしておよそ看過することは許されない。

この点の法令解釈の誤りについては,以下に項を改めて詳論する。

 

第2 通則法633項の解釈における原判決の誤り

1 通則法633項に関する原判決の論旨

原判決は,本件における退職金規程の不利益変更の「高度の必要性」(労働契約法10条)を認定する一つの理由として,通則法633項に関連して下記のように述べている。

「国立大学法人の職員の給与及び退職手当の支給基準については,本件退職手当規程改正当時においても,当該国立大学法人の業務の実績を考慮し,かつ,社会一般の情勢に適合したものとなるように定めなければならないと法定されていたところ,文部科学省大臣官房長は,官民格差の是正を目的として国家公務員の退職手当の引下げが行われることになったため,各国立大学法人学長等に対し,同改正に準じ必要な措置を講ずることを求める本件要請を行ったのであるから,運営財源の相当部分を国からの交付金等に依拠している被控訴人においては,社会一般の情勢に適合するよう本件要請に応じ適宜の措置を講ずる事業運営上の必要性もあった。」(原審判決36頁・18行目以後。下線は申立人代理人が付した。)。

2 原審判断の問題点

上記原判決の要旨は,国家公務員の退職手当引下げと政府から必要な措置を講ずる要請があった場合,必然的に国立大学法人には,その要請に応じた適宜の措置を講ずる事業運営上の必要性が認められるとするものである。

しかし,上記判断は,国立大学法人が大学の自治(憲法23条)の保障を受け,国立大学法人法によって,明確に自主性・自律性を保障されている機関であることを見落としている。

そもそも,本件で問題となる社会情勢適合の原則は,独立行政法人一般に通用する通則法633項に規定されているが,国立大学法人については,国立大学法人法によって同法633項が準用されている。

国立大学法人に関する事案で通則法633項の法令解釈をする場合,通則法633項の立法趣旨を考慮することはもちろんであるが,他方で,国立大学法人の法的根拠である国立大学法人法の立法趣旨,すなわち大学法人の自主性・自律性が十二分に保障されることを念頭に法令解釈が行われなければならない。

そこで,以下では,改正前通則法633項の立法趣旨及び国公立大学法人法の趣旨・目的についての検討を通じて,原判決の法令解釈には重要な誤りが存することを詳論するものである。

3 独立行政法人通則法633項の趣旨及びあるべき解釈

(1)独立行政法人通則法633項の規定内容

本件に適用されるべき独立行政法人通則法63条の条項は,次のとおり規定している(下線は,申立人代理人が付した。)。

(職員の給与等)

     第六十三条

1 特定独立行政法人以外の独立行政法人の職員の給与は,その職員の勤務成績が考慮されるものでなければならない。

2 特定独立行政法人以外の独立行政法人は,その職員の給与及び退職手当の支給の基準を定め,これを主務大臣に届け出るとともに,公表しなければならない。これを変更したときも,同様とする。

3 前項の給与及び退職手当の支給の基準は,当該独立行政法人の業務の実績を考慮し,かつ,社会一般の情勢に適合したものとなるように定められなければならない。

(2)通則法633項の立法趣旨

そもそも,通則法63条の趣旨は,独立行政法人における職員の給与等については,労使自治の原則に則って各法人が自ら定めることを原則とし,他方で,職務の公共性に鑑み,給与及び退職手当の支給基準については,法人の業務実績を考慮するとともに社会一般の情勢に適合したものとなることを期すことにある。すなわち,これらの観点を踏まえて職員の給与及び退職金の支給基準を定めることにより,支給基準の主務大臣に対する届出や公表と相俟って,国民への説明責任が果たされること,国民の納得と理解を得られるような適切かつ妥当な水準となることを期するものである(乙4・国立大学法人法コンメンタール322頁参照)。

同条の規定から明らかなとおり,国立大学法人における給与等の労働条件は,民間の企業と同様に,労使自治によって規律されることが原則となる。したがって,同条は,国立大学法人職員の給与や退職金等を国家公務員の支給率に無条件に合致させることを要請するものではなく,また官,民との格差を一切許容しないとするものでもない。

また,同条は,各国立大学法人に対して,給与及び退職手当の支給基準について,何らかの一定の基準に他律的に合致させるよう義務付けるものではなく,その支給基準が当該法人の業務実績及び社会一般の情勢に照らして不合理なものとならないことを要求しているに過ぎない。

独立行政法人通則法がその633項において「法人の業務の実績を考慮し,かつ,社会一般の情勢に適合したものとなるように」と規定するのみで,細かな考慮事項が規定されなかった理由について,「これは,これら(独立行政法人)の職員については,労働三権が十分に保障されており,労使間の交渉に委ねられるべき事項への干渉は必要最小限とすべきとの考え方によるものである。」と解されているところである(甲31・独立行政法人制度の解説第3版)。したがって,通則法633項に関して,労働三権の保障の趣旨及び労使自治の原則に抵触するような解釈・適用は許されない。

(3)通則法633項の解釈において重視されるべき国立大学法人の自主性・自律性

    先に述べた通り,通則法633項は,同条を準用する国立大学法人法の趣旨目的に沿って解釈されるべきであることは当然である。そして,国立大学法人法は,その立法過程において,国立大学法人の自主性・自律性の保障が極めて重要であることが確認されている。

ア 国立大学法人の自主性・自律性の確保のための特段の配慮を求めた衆参両議院における附帯決議の存在

国立大学法人法の立法趣旨国立大学法人法の制定に際しては,衆参両院において,国立大学の自主的・自律的な運営の確保の重要性を指摘する附帯決議がなされた。すなわち,まず衆議院においては,「政府及び関係者は,本法の施行に当たっては,次の事項について特段の配慮をすべきである。」として

1 一国立大学の法人化に当たっては,憲法で保障されている学問の自由や大学の自治の理念を踏まえ,国立大学の教育研究の特性に十分配慮するとともに,その活性化が図られるよう,自主的・自律的な運営の確保に努めること,

2 国立大学の運営に当たっては,学長,役員会,経営協議会,教育研究評議会等がそれぞれの役割・機能を十分に果たすとともに,相互に連携を密にすることにより自主的・自律的な意思決定がなされるよう努めること。

3 また,教授会の役割についても十分配慮すること

等の内容の附帯決議がなされた。

また,参議院においても,「政府及び関係者は,国立大学等の法人化が,我が国の高等教育の在り方に与える影響の大きさにかんがみ,本法の施行に当たっては,次の事項について特段の配慮をすべきである。」とされ,

1 国立大学の法人化に当たっては,憲法で保障されている学問の自由や大学の自治の理念を踏まえ,国立大学の教育研究の特性に十分配慮するとともに,その活性化が図られるよう,自主的・自律的な運営を確保すること

2 国立大学法人の運営に当たっては,学長,役員会,経営協議会,教育研究評議会等がそれぞれの役割・機能を十分に果たすとともに,全学的な検討事項については,各組織での議論を踏まえた合意形成に努めること。また,教授会の役割の重要性に十分配慮すること,

等を内容とする,衆議院の附帯決議とほぼ同旨の附帯決議がなされたのである(甲12)。

これらの衆参両議院の附帯決議に示された最大の趣旨の一つは,憲法23条が保障している学問の自由及びそのコロラリーとしての大学の自治の理念の下,国立大学法人の自主的・自律的な運営の確保のために国・政府は特段の配慮をすべきであるということである。

したがって,これら附帯決議は,国立大学法人に対する国・政府による不当な介入や圧力はあってはならないということを当然に含意していると解されるのである。

イ 国立大学法人法の趣旨目的

国立大学法人には,憲法23条の保障する学問の自由,大学の自治の尊重の観点から,国立大学法人の自主性・自律性の確保が要請されている。

このことに関して,『国立大学法人法コンメンタール』46頁(甲27)では,一般の独立行政法人と国立大学法人の違いについて下記のように述べている(下線は代理人が付したものである)。以下の記載を見れば,この法律制定の実務に当たった者が国立大学法人の自主性・自律性が高度に保障されるべきものと考えていることが明らかである。

「国立大学法人法を制定した趣旨は,これまで国の行政組織として国立学校設置法において規定されていた国立大学及び大学共同利用機関を国の組織から切り離し,国から独立した別の法人とすることにより,諸規制を緩和し自律的な運営を可能とし,教育研究活動のより一層の活性化を図るところにある。

独立行政法人については主務大臣が自らの裁量で独立行政法人の長を任命し,自らの判断で独立行政法人の中期目標を指示するなど主務大臣に独立行政法人の人事や業務について大枠で指図する権限が与えられているのに対し,国立大学及び大学共同利用機関の法人化にあたっては,日本国憲法23条に定める学問の自由の趣旨も踏まえ,大学の自主性・自律性等の特性に配慮しつつ高等教育・学術研究に対する国の責任を果たす観点から,

マル1 国立大学法人の学長の任命は国立大学法人の申出に基づいて行う,

マル2 文部科学大臣が中期目標を定めるに当たっては国立大学法人から意見を聴取しそれに配慮する,

マル3 国立大学法人の評価については文部科学省独立行政法人評価委員会とは別に国立大学法人評価委員会を設け,特に教育研究については独立行政法人大学評価・学位授与機構が行う専門的な教育研究評価の結果を尊重するなどの独立行政法人制度とは基本的な制度設計の上で異なる仕組みとする必要がある。このような仕組みは前述のとおり独立行政法人通則法に規定する独立行政法人としての制度設計に合致するものではなく国立大学法人固有のものであることから,国立大学法人法は独立行政法人通則法に基づく個別法ではなく,これらとは別の固有の法人制度を定める法律として制定したものである。」

4 原判決は通則法633項の趣旨を誤り国立大学法人の自主性・自律性を侵害する帰結をもたらすものであること

原判決は,別項で論じたとおり,被申立人法人において,財政上,退職金規程の引き下げを実施する必要性が存しないにもかかわらず,安易に「高度の必要性」を認めるという誤りを犯しているが,さらに,原判決は,「社会一般の情勢に適合」について,官民較差の是正を目的として国家公務員の退職手当引下げが行われ,それを受けて政府から要請があったことを挙げるのみで,極めて安易にかつ恣意的に本件において「高度の必要性」の存在を認めている。

そもそも,本来,「社会一般の情勢」に適合しているか否かを検討するに当たっては,当該時点における私立大学,公立大学,並びに民間企業の給与水準等との比較・検討を具体的な事実認定に基づいて行うことを要することは当然であるが,原判決は,その判断をなすに際してかかる検討は一切行なっていない。

こうして原判決は,「社会一般の情勢」に関する検討を全く欠いたまま,国家公務員の退職手当引下げが行われそれを受けて政府から要請があったという事実のみに基づいて不利益変更の必要性を認めてしまった。結局,原判決は,被申立人には退職手当規程の変更を要するような財政上の必要性がなかったにもかかわらず,国からの本件要請に無条件に追従して本件不利益変更をしなければならなかったとの結論を認めたのに等しい。

しかしながら,この結論は,被控訴人が労使自治の原則に立って,その業務成績ないし財政状況を考慮して,退職手当規程の内容を決定していくという国立大学法人の自主性・自律性を認めないばかりか,憲法で保障される大学の自治(憲法23条)の趣旨を没却するものであって,通則法633項の解釈を大きく誤るものであり,そしてその結果として,労働契約法10条の解釈の誤りにつながったものである。

 

第3 結論

   以上に見た通り,原判決は,本件において就業規則の不利益変更に「高度の必要性」が認められるか否かの判断に当たって,本来最も重視されるべき財政状況を軽視するほか,前提となる財政状況の事実認定においても法令としての経験則及び採証法則に違反し,更には,不利益変更の必要性を基礎づける社会情勢適合の判断を誤っており,それらの結果として,就業規則の不利益変更に関する最高裁判例に相反する判断をなしており,ひいては労働契約法10条の解釈を大きく誤るものである。

したがって,本件は,原判決に最高裁判所の判例と相反する判断がある事件及び法令の解釈に関する重要な事項を含むものと認められる事件に該当することは明らかであるから,上告審として事件が受理され,原判決の誤りが正されるべきである。

以上