運動の進め方−効果とリスク

佐賀大学 豊島耕一

文通団「大学改革情報」への投稿[reform:1182]です.

 全大協のホームページに答申関連法案がさっそく掲載されましたので,これで多くの人がこれを分析出来るでしょう.関係の方々に感謝します.
 法案を見ますと,全く原形をとどめないほどの「修正」が必要だと思います.もしそれを修正と呼んでいいのならの話ですが.
 評議会と教授会の議長の問題については[reform:1179]で触れましたが(注1),同様のことは評議会の構成メンバーについても言えます.学部長などで構成するというのは現在の省令を踏襲しているのですが,50年も前に出された省令が時代遅れかも知れないとは起案者は思わなかったのでしょうか? 商法には取締役会は社長と支社長(銀行なら頭取,支店長か)で構成する,などとは書いてありません.これは当然会社の自治に関することですから.その程度の自治がなぜ国立大学には認められないのでしょうか.大学自治を重視するユネスコの「高等教育世界宣言」の趣旨に反しますし,「自治」という言葉の代わりに大学の「自律性」という言葉を使いながらもそれが大事だと言った「答申」自身にも背いています.他の部分でも,「宣言」の,「学生が主たるパートナーであり当事者である」という重要なテーマに配慮した形跡も見えません.たとえば「運営諮問会議」には学生のための椅子はないようです.

 これ以上の法案の分析は別の機会に譲るとして,これに対する批判勢力の運動の方法について議論したいと思います.
 組合系列でいかに「法案反対」の声明を出しても効果はほとんどないと見るべきです.それは,そのような行為に対してなんらのリスク(反作用)も伴わないことに表れています.つまり,そのことに対して法案の推進者の陣営から組合や大学に圧力が加えられることはまず考えられないのです.したがってこのような範囲の行動は基本的に集団的儀礼の域を出ないものです.本当に効き目のある運動形態が取られているときには必ずリスクが伴います.例えば,教授会で反対声明を出そうとしたとき,必ず「そんなことをすれば『概算要求』のとき文部省に相手にされなくなる」という「慎重意見」が提出されるはずです.この意見には十分な根拠があり(注2),このことは教授会による反対声明が推進者に対して打撃となることの証拠です.この段階に来て,つまり我々の間で行動に伴うリスクについての深刻な議論が始まる段階で運動はようやく儀礼の域を出はじめたと言えるのです.格言「虎穴に入らずんば虎児を得ず」に拠ってもよいし,あるいは物理の「作用−反作用の法則」を持ち出してもいいでしょう.反作用を受けないということは「作用」も行われないことを意味するのです.
 もちろん反作用に伴う被害を少なくするような,出来れば全く受けないような方策を取るべきですが(それにはいくつもの大学の教授会で歩調を合わせること,つまり運動にコヒーレンスを持たせることが考えられます),だからといって高いリスクをものともせずに原則に忠実な行動をした者に対して非難を加えるのは間違いでしょう.それは抑圧的な官僚システムの側に立つように見えるからです.
 以上はあくまでも「平均値」に関する議論であって,組合筋の反対声明であっても「反作用」を受けるというような職場もあるに違いありません.そのような職場ではもちろんそのような運動形態が「前線」を形成します.また,組合の意思統一の表現として何らかの声明を出すことの重要性を否定するものでは決してありません.
 前に述べたような行動形態とは組合にとっては,組合が教授会に対して責任ある態度をとるように要求することです.これは同時に組合メンバーでもある教員一人ひとりに教授会の場で沈黙しないよう求めることでもあります.(もちろん組合による「異端審問」にならないように注意しなければなりませんが.)
 教授会の態度表明が必要なことは,実を言うと上のような「作用−反作用の法則」に拠るまでもないのです.なぜならこの法案は教授会自身のあり方を変えようとするものなので,その当事者自身が沈黙したのではゲームそのものが成り立たないからです.また,現行法で教授会は会議体としては大学のおそらく唯一の法的存在なのです.これは教授会が大学において最も責任の重い機関であることを意味します.

 私の属する教授会に,文部省に「高等教育世界宣言」の翻訳を配布するなどその周知を計ること,これに反する法改正をしないことを求める決議を提案し,一応審議に入りました.残念ながら採択の見通しは今のところありませんが,それでも同僚から「『概算要求』のときにヤラれる」という警告を受けました.上に述べた意味で「反作用」を伴う行動であることは確かなようです.

(注1)これの増強改訂版は次ををご覧下さい.
  ../UniversityIssues/chairman.htm
(注2)もちろん,かつてガリレオ・ガリレイが経験したリスクとは比べものになりません.