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「小泉改革」で急進展する大学再編にNO! 講演&討論会

/講/演/採/録/

小泉内閣の登場以後、産学協同の徹底化や国利大の民営化・統廃合など、これまでの「独立行政法人化」論議すら吹き飛ばすスピードと広がりで、大学再編が「小泉構造改革」の一環として強行されています。この状況に私たち学生はいかに向き合うべきか。私たちは、独法化反対の論陣の先頭に立っておられる浜林正夫先生をお招きして2001年11月24日(土)、駒場祭で講演&討論会を開催しました。ここに講演内容を採録します。小見出しは現社研で付けたものです。

小泉「構造改革」のなかの大学

__独立行政法人化を中心に__

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教授会を切り口に考える大学自治

いま、独立行政法人化を中心として、小泉「構造改革」のなかで戦後の大学のあり方を根本からひっくり返す攻撃がかけられています。そこで、この攻撃の話に入る前に、まず、戦後の大学のあり方とはどういうものなのか、という点について簡単に述べておきます。

戦後、1949年に現在のような4年制大学(いわゆる新制大学)が発足しましたが、それには三本の柱がありました。一つは憲法や教育基本法で保障された「学問の自由」、もう一つは学校教育法で定められた「学術の中心」としての大学、第三には、やはり学校教育法で定められた「大学の自治」、具体的には教授会が大学を運営するという原則です。「大学の自治」の基本は教員の人事権にあるのですが、この点は1949年に制定された教育公務員特例法によって、国公立の大学について教授会・評議会の人事権が特に明確に定められました。このとき、私立大学についても同じような規定を作ろうという話があったのですが、私大経営者の反対で潰されたといわれています。しかし私大でも伝統のある古い大学では国公立に準じた運営が行なわれています。

つまり、教授会が大学運営の中心である、要であるということが学校教育法に書かれています。そのことが忘れられがちでありまして、教授会を飛ばして、教授会抜きでいろいろなことが進んでしまうという事態がしばしば起こっています。

教授会の人数が多いと会議の体をなさないのでありまして、そういうところでは議論にならない。そこでいわゆるトップダウン方式ということで、学部長なり学内委員会なりが大体先に決めて、根回しをする。そして、こうやりましょう、イエスかノーか、というかたちで物事が決まっていくという形骸化が進んでいます。私立大学はもっと酷いと思います。つまり、教授会が大学運営の中心であるということが形の上で崩れている、いや形すらなくなっているところもありますけれども、そのことが一つの問題であります。それから教育公務員特別法という法律がありまして、これは国公立大学の人事は教授会が行なう、ということを決めています。これもまた重要なことです。みなさんもお聞きになったかも知れませんが、例えば戦前に京都大学では滝川事件というものが起こりました。滝川教授が大学から追放されるということがありました。東大、旧帝国大学でも大内兵衛さんなどの方々が大学から追放されました。その際に、ちゃんと教授会がそのことを決めたのか、というと、戦前の大学ではそういうことはありませんでした。一方的に文部省の命令で、文部省の後ろには軍などがついていたりするんですけれども、とにかくあいつはクビだ、というと教授会をすっ飛ばしてクビになってしまうということがありました。京都大学の滝川事件の時には、東大の学生も先生も滝川先生を応援して全国的なストライキまでやったんですけれども、それでも押し切られました。そういう苦い経験を踏まえて、大学の教員人事は大学でやる、ということを決めたのが教育公務員特例法であります。残念ながら私立大学には及んでおりませんので、私立大学では今でもムチャクチャが行なわれております。私は一橋大学を辞めたあと、千葉県の某私立大学に10年近く勤めておりましたけれども、ある助教授がクビになりました。その理由が、大学の悪口を言ったというものであります。大学の悪口を言っただけでお前はクビだ、ということが私立大学では行なわれているんですね。教授会にもかけられないでやられています。そういう実態があるということを申し上げておきたいと思います。

大学自治への一貫した攻撃の歴史

で、新制大学が発足する前から大学をどうするかという話はいろいろありました。レジュメに書いてありますけれども、いろいろな案がありました。で、ポイントは何か。ポイントはいま申し上げました大学の運営は教授会が中心にやるんだ、ということに対して、それではダメだから、つまり大学が非常に閉鎖的になってしまうから、学外の人を入れるべきだ、というのが主な問題点であります。それは大学理事会とか大学評議会とか、いろいろな名前で繰り返し繰り返し出てきます。私たちはそういうのを一括して大学管理法と呼んでおりますけれども、そういうのが何回か出てまいりましたが、全部潰しました。全部潰しました、というのは、やっぱり教授と学生とが一体となって、大学管理法反対!という運動を物凄い力で展開したのであります。略して大管法というのですけれども、お歳を召した先生方や、あるいはその当時学生であった人たちは、大管法闘争というと大変生々しく覚えておられると思います。それで、先程言いましたように、「学問の自由」、「教授会自治」ということをルールとして新しい大学が発足しました。

それで、しばらくはそうでしたけれども、1960年代になって、またいろいろな新しい攻撃が出てきました。1961年、中教審が答申を出しております。これは何を言っているかというと、要するに日本中の大学が新制大学になってみんな同じようなことをやっている、みんな東大のマネをしている、こんなのはよした方がいい、それぞれの大学が個性を持つべきだ、多様化すべきだ、というのがその当時出てきた新たな論点でありました。そして60年代の末から大学紛争というものが起こりまして、これは東大では一年間学生募集を停止するということがございました。私はその時、東京教育大学というところにおりましたけれども、東京教育大学も東大とともに一年間学生募集停止という、つまり一時的に大学を閉鎖するような措置が上から押し付けられました。その時に臨時措置法という法律ができまして、大学を教授会に任せておく訳にはいかないから学外者を入れろ、というのがこの法律で決まりました。ただし臨時措置法でありますので、時限立法です。で結局、この法律は一度も発動されることはありませんでした。

その次に、71年に出た中教審答申、これは「今後における学校教育の総合的な拡充整備のための基本的施策について」という長ったらしい題の報告ですけれども、ここで現在問題になっているような大学に対する攻撃・変質は全部出ているのです。いま振り返って見てみますと、この時、もう30年前になりますけれども、71年に中教審が言ったことを、いまようやく、というのも変な言い方ですが、実行に移して最終的な仕上げをやろうとしている、と思います。レジュメにいくつか書き出してみました。「高等教育の多様化」。先程言いましたように一つ一つの大学が個性を持つべきだ、ということ。それから「中枢的管理機関の確立」というのは、教授会任せではなしに、学長や学部長がリーダーシップを取ってどんどんやれ、という意味であります。それから「教員の任期制」というものが出てまいりました。終身雇用はやめる、ということですね。それから「学外者機関の設置」。そして最後に「設置形態の見直し」というのがありまして、そこでいま問題になっている法人化という問題が、30年前にすでに出されていたのであります。ただし、この中教審答申は出されましたけれども、実際の政策としてはなかなか進みませんでした。で、73年に筑波大学という新しい大学、これは私がおりました東京教育大学ですけれども、筑波大学というものに変わりました。レジュメにあるようにいくつかの試みがやられましたけれども、それはその後いっこうに広がりませんでした。いわば筑波大学が孤立するような状況でありました。

大学審議会の登場後の大学再編

で、それから30年近く経って動き出したのが、大学審議会、それから行政改革・行革のなかでの国立大学の改革という問題です。そのなかで大事なのが、98年に出た『21世紀の大学像と今後の改革方策について』という答申です。これが大学審議会のいわば包括的な提案であります。とても長いものですが、ここで大事なことは、「競争的環境の中で個性が輝く大学」というサブタイトルが付いている、つまり競争、競争というのは国際的な競争もありますし、国内で大学同士が競争するということもある訳ですが、先程も言ったように、競争をやって個性、つまり多様化のことですが、それぞれの大学が個性を持つような方向へ持っていこう、という提案が出てまいりました。それが98年であります。この提案に基づいて大学審議会は次々と政策を打ち出してまいりまして、大学教員の任期制、99年に運営諮問会議、これは以前から問題になっていた学外者機関ですね。これは現在どこの国立大学でもすべて設置されています。あまり有効には機能していないようですけれども、大学のあり方についていろいろ注文をつけるというものになっております。それから管理体制強化については、先程も言いましたけれども学長・学部長の権限を強化するということが99年にありました。そういうなかで出てきたのが独立行政法人化であります。これは行政改革会議のなかから出てきた問題ですから、ちょっと正確に確かめたことはないんですけどたぶん96年が最初だと思います。で、独立行政法人化が出てきたんですけれども、文部省がずっと抵抗しておりましてなかなか軌道に乗らなかった。文部省としては国立大学というのは文部省の縄張りのなかでは重要な部分でありますので、これを取り上げられると文部省自体が弱体化するということで、かなり抵抗をしておったようです。しかし99年に独立行政法人通則法、通則法ですから独立行政法人すべてに通用する法律ですね、これができました。で、これに関しては大学から、あるいは文部省自身も全面的に賛成という訳にはいかない、ということで反対の声が起こりました。でどうするのか、ということになったのですが、この辺で文部省が方針転換しました。つまり,はっきりとは言っていないのですが、独立行政法人に反対だという態度を文部省は持っていたのですが、転換をしました。独立行政法人に転換はするけれども、通則法には縛られない、通則法とは別の独立行政法人を作るんだという、いわば条件闘争に転換した、ということができると思います。そこで9月に「国立大学独立行政法人化の検討の方向」という、やや曖昧なというか、腰の据わらないものを出しました。大学については通則法そのままではなくて、大学は特別な事業を考慮に入れた行政法人にしたいんだ、ということを文部省は言いまして、それを具体的にどうするかということで、「調査検討会議」というものを発足させました。この「調査検討会議」が一年かけてまとめたのが、いま我々が問題にしている「中間報告」でありますが、そこへ小泉内閣というものが現れてまいりまして、独立行政法人化にとどまらない大学再編ということを打ち出し始めました。そこで今年の6月に「遠山プラン」というものが出てまいります。小泉内閣は、ご承知のように構造改革を掲げまして、6月の末に構造改革の基本的な方針を決定しております。それはいわゆる「骨太の方針」と呼ばれるものですけども、経済財政諮問会議の出した案です。その前に各省庁からこの「骨太の方針」へ入れるにあたって、というか、どういうふうに関わってくるか、ということを各省庁に求める訳ですね。それに対する文部省側の答えといいますか、文部省はこう考えておりますと言ったのが、「遠山プラン」と呼ばれているものです。資料に「平成13年文部科学省 大学(国立大学)の構造改革の方針」というのがあります。これがいわゆる「遠山プラン」というものであります。項目が三つです。「国立大学の再編・統合を大胆に進める」、「国立大学に民間的発想の経営手法を導入する」、「大学に第三者評価による競争原理を導入する」、これが「遠山プラン」の三本柱です。で、これはエピソードですけれども、遠山文部科学大臣は小泉さんのところに行って、「独立行政法人化を一生懸命やります」というふうに言ったら、怒鳴りつけられた、という話であります。「そんな生ぬるいことではダメだ、民営化まで視野に入れてやれ」というふうに言われたという話が伝わってきております。これは単なる噂ではなくて、どっかのホームページに載っているんだそうですけども。で小泉さんというのは怒鳴ることが大好きで大体みんな怒鳴りつけられている訳で、扇千景なんてしょっちゅう怒鳴られている訳なんですけれども。石原行革担当大臣も随分怒鳴られている訳なんですが、遠山さんも怒鳴りつけられて、それでこういうものになった、ということのようです。で、先程言いました「骨太の方針」のなかではそれほど具体的なことは書いてありません。それは私のレジュメにある「2001年6月 今後の経済財政運営及び経済社会の構造改革に関する基本方針(骨太の方針)」というものです。そのなかで、科学技術や教育の問題を扱っている章は「知的資産倍増プログラム」というのがございます、変な言い方ですけれども。そのなかで科学技術については四つの分野、すなわちライフサイエンス、IT、環境、ナノテクノロジー・材料の分野へ戦略的に重点化する、この四つの分野を大事にお金を投資するんだ、ということであります。そして、機関補助、これは大学に対する補助ですけれども、「世界最高水準の大学を作るための競争という観点を反映させる」ということが言われておりまして、つまりこの四つの分野を中心にして大学に重点的に資金を配分する、ということを言っておる訳です。

予算をエサに競争を強いる独法化

で、大学の予算がどうなっているかということを簡単に申しますと、現在の制度では、国立大学については教職員・学生の数に応じて、あと講座がいろいろあるんですけれども、いろいろな講座の性格に応じて、基準的経費というものが文部省から支給されています。国立大学については、国立学校特別会計というものがあります。そこから国立大学には年間1兆数千億くらいの金がトータルで出ていて、そのうちの何割かが基準的経費でどんな大学であろうと機械的に、というか平等に配分されるものです。で、それにプラスアルファで重点的な特別の経費というものが交付されてまいります。これは各大学が毎年7月頃に文部省へ提出して、文部省から大蔵省に提出をして、秋に概算要求に乗っけてもらうというシステムになっています。そこで基準的経費というのは、黙っていても来るお金ですから、各大学そんなに一生懸命に獲得をやろうとは思っていないのですが、特別経費の方は黙っていても来ませんので必至になって要求を出して新しい予算を付けてもらうということをやりますね。例えば、いま駒場寮は壊されてしまいましたけれども、新しい寮を作らないのかな?もし作るとすれば、これは基準的経費では作りませんので、特別予算として寮を作る経費を要求するとか、あるいは新しい研究所を作るとか、そういうことをやります。これは皆さんの想像を絶する世界なんです。国立大学の学長というのは大変偉い人だと思っているかも知れませんが、文部省へ行って廊下に並んでいるんですね。行列をしているんです。手土産を持ってくる奴もいるんですけれども。それで文部省の係長・課長クラスが通ると、○○さん、○○さんと呼び立てて、「是非うちの大学を宜しく」と。もう課長あたりが大威張りで大学の先生方が行列している前をズンズン大手を振って通っていくんですね。余計な話ですけれども、私は学長になったことはありませんが、ちょっと文部省にお願いに行ったことがあるんですけれども、本当に威張っている役所だな、と思いました。まあ私も若い頃でしたから、「この若造何しに来たんだ」みたいなことを言って、椅子にふんぞり返って机の上に足を上げて「何だ」っていうもんです。あれは文部省の課長補佐くらい。で僕はそのときからもう一生文部省と喧嘩をしようという決意を固めた訳でありまして、こんな生意気な奴は懲らしめなくちゃいけないという決意を固めて、それからウン十年いまだに文部省と喧嘩をしている訳でありますけれども。まあ、こうして国立大学が成り立っていると。

で、東大ぐらい大きくなりますと予算のやり繰りがかなりできるんですけれども、地方大学の場合は本当に大変であります。で、今度はそういう基準的経費というものがなくなる。独立行政法人になりますと、全部が、というのもおかしいんですけれども、大学ごとに目標を出して、その目標にどれだけ到達したかということによって予算が決まってくる訳です。黙っていて基準的経費が来るということがなくなってしまう。特に重点分野になったところですが、分野が10あります。そのうち7つまでは自然科学です。生命科学、医学、数学・物理学、化学・地球科学、情報・電気・電子、機械・材料、土木・建築、こうなってますね。ここに書いてあることは何も目新しいことではありませんで、大体大学の研究分野別にはこうなっているんです。なっているんですが、そのなかで何かが選ばれて重点分野になる。どこがそれになるのかということで、いま各大学は必死になってそこへ潜り込もう、ということをやっています。初年度は10のうち5分野、それに対して210億のお金を出しましょう、という話になっている訳です。というふうに大学を競争させるということが非常に大きな特徴であります。

さらに「調査検討会議」が、先程申しました2001年9月、ついこの間ですけれども、『新しい「国立大学法人」像について』という中間報告を出しました。レジュメに中間報告の目玉を5つまとめてあります。

1つは大学ごとに法人化する。これはどういうことかと言いますと、国立大学を全部まとめて一つの法人とする、という案もあったんです。それはやめて、一つ一つの国立大学をそれぞれ法人化する。だから例えば、変な名前ですけれども、国立東京大学法人という名前になります。国立京都大学法人とか、国立一橋大学法人とかいうふうに。国立大学はいま全国に99あります。そのうち再編・統合が進みますからもっと減ると思いますけれども、90くらいの法人ができる、ということになります。

それから、民間的発想の経営。つまり、いまの大学はあまり経営について力を入れていない、私立は一生懸命ですけれども国立は呑気に構えておりますので、経営の改善をしようということを考えておりません。それで民間的発想の経営といいますのは、要するに金儲けをやれ、ということであります。「自己収入の拡大」というふうに書いてありますが、「自己収入」というのは「自分で稼げ」ということでありまして、さっきちょっと言いかけましたが、国立学校特別会計というのが約2兆円ありまして、そのうち国のお金で1兆数千億あるんですが、残りは大学が自分で稼ぐお金、いま40%くらいになっているんでしょうか、大学が自分で稼いで一旦国へ納めて、それがまた大学へ交付されるというシステムになっている訳です。

で、大学は一体何で稼ぐか。一番稼ぐのは医学部の病院です。付属病院が一番稼いでいます。病院を持っていない大学は大変なんです。二番目が学生の授業料とか受験料を合わせた納付金というものです。これで稼げと言われると授業料を上げるよりしょうがない訳ですね。まあ受験生を増やしていくという手もありますけれども、そういうことをやりなさい、ということです。その他に演習林を持っているところは演習林の収入というものがあります。東大も随分広い演習林を持っていますけれども、もう酷い言い方をするんですよ。「あんなところ寝かせておくのは勿体ないからどんどん木を切って売れ」って言うんですね。どんどん木を切って売ったって、金になるかも知れませんけれども、勉強にはならない、木を育てるのが勉強なんですからね。もっと酷いところは「演習林広すぎるから一部を売ってしまえ」。一番たくさん持っているのは北大なんですけれども、「売れ」という圧力がかかっています。それから外部委託、これはいま随分進んでいますね。

それと学外者参加ですが、先程言いましたように現在も運営諮問機関には学外者が入っていますが、今度は諮問機関だけでなく大学の役員にも学外者を入れる。役員というのは学長もそうですけれども、副学長、評議員などがそうです。そこに考えられるのは、労働界代表、それから財界の代表というのを大体は入れるようです。それから私たちは大学を地域に開放することには賛成でありますので、決定権を持たせるのではなく審議会に学外者を入れるのであれば、それこそ地域の住民、あるいは父母、そういう人たちをむしろ入れるべきだと考えています。全部調べた分けではありませんけれども、現在運営諮問機関に入っているのは卒業生代表と地域の経済界代表が主です。東大にどういった人が入っているか調べておりませんけれども。

それから能力主義の人事というのは、いま民間では成果主義と言って流行っておりますけれども、業績を上げた人が高い給料をもらうという形ですね。能力主義で人を採用し、能力主義によって人をもてなしなさい、ということを言っています。で、教授会がどうするのかということについては言っていませんのでよく分かりませんが、教授会の権限は、このまま行けば骨抜きになってしまうだろうと思います。

それから第三者評価というのがありまして、これは一人一人の個人ではなくて、大学自体の評価をいたします。第三者機関はどういうふうになるか、これから新しく作られるんですけれども、文部科学省の下に、まあ名前がどうなるか分かりませんが大学評価委員会、あるいは大学評価会議というものができて、評価をいたします。ドコドコの大学はまあ60点くらいか、80点くらいか、という。で、こういう評価は、目標がはっきりしていないとできない訳ですね。子供たちに成績をつけるときでも、例えば漢字をこれだけ覚えたら100点で、100点まで行かないから80点とか、目標があってはじめて評価ができる訳です。で、その目標はどこで決めるのかというと、これは文部科学省が決めるのです。文部科学省が目標を決めて、その目標を達成したかどうかによって評価をする、点数をつけられる、というシステムになります。長期目標は10年、中期目標は6年。考えてみますと、大学に対してどういう目標を出してくるのか。ちょっと想像できないですね。

特に東大のようなマンモス大学の場合に、東京大学はどういう目標に向かって10年間頑張れと言われるのか、ちょっと見当がつかないと思います。例えば先程のライフサイエンスとか、そういう分野が決まっていますと、ある程度までの目標は出ると思いますが、総合大学の場合、それこそ文学部、経済学部、法学部とある訳で、大学全体としてどういう目標を持てと言われるのか、全く見当もつかないと思います。

大学再編の問題点と闘いの方向

最後に問題点と闘いの方向についてですが、やはり問題点の中心は、大学を、国策、つまり国際競争力の強化という目標に従属させて、開発競争へ駆り立てるというところです。もう今から20年くらい前から、日本の政府や財界は、「科学技術立国」ということを言っておりまして、科学技術でこれからの日本は立っていく、と。それまでの日本は輸出によって国の経済を支えるという政策をずっと採ってきました。しかしだんだん輸出が厳しくなってきたので、新しい産業を興していくためには科学技術が発展しなければダメだ。そういうことを言い出したのが1980年代であります。この「科学技術立国」からさらに、最近では「科学技術創造立国」ということを言いまして、新しい科学技術をしきりに作れ作れと。ですから小泉さんの「骨太の方針」を読んでみましても、大学はもっとベンチャー企業を育てなさい、ということを言っています。企業家ではなくて、起業家を大学は育てなさい、と。大学によってはベンチャー講座というものを作っているところもありますけれども。ベンチャー企業というのは、まあうまくいくところもありますけど、大体うまくいかない。科学技術でそれを追っかけようという目標をもし与えられるとすれば、それは「大学の自治」とか「学問の自由」ではなくて、その目標のために学問をする、開発をするという姿勢になってしまう訳です。最初に申しましたように、学術の中心という位置付けはなくなってしまって、大学が経済政策の手段になってしまうと思います。

で、そういう政策をやっていると「科学技術創造立国」さえできないと、私は思っています。どこかに重点投資をして、何か開発しろ、ということをやってうまくいくものではない、私は科学も技術もスポーツと一緒だと言っているのですが、広い裾野がなければ育ちません。日本でもプロ野球で非常に強い選手が出るようになりました。それはやはり野球少年がいっぱいいるから。サッカーにしたってサッカー少年がいて、そういう広い裾野のなかから優れた選手が出てくる訳で、科学技術も同じです。それは国民が科学的な仕事、科学的な考え方というものをずっと身に付けていくなかで、本当に先端的な科学や技術というものができてくる訳です。そのことを目標として金を投入したからといって、そうできるものではありません。

私はこの間ノーベル化学賞をもらった野依さんが言ったことは大変大事なことだと思いますけれども、「ノーベル賞というのは失敗の連続です。失敗の連続の結果がたまたまノーベル賞に認められただけです」というふうに言っています。日本のいまの競争のやり方は、失敗を認めない、中期目標で6年ごとに評価された日には、失敗したらアウト。そういう失敗を何十年も繰り返して、まあ野依さんの仕事の中身は私は全く理解できませんけれども、ああいう仕事ができた。それは産業界にも役立っているようですけれども、結果としてそうなった。産業界に役立とうと思ってやったのではなくて、純粋に知的な探究を続けて失敗を繰り返すなかでそれが出来上がった。ここのところを全く理解していない、政府も財界も理解しておりません。お金を出せばうまくいくだろうというふうな、大変安易な考え方だと思います。

ユネスコ高等教育宣言の持つ意味

でもう一つ、ユネスコについてです。資料の最後のところに入っています。これはかなり長いのですが是非お読みになって下さい。ユネスコと言いますか、国単位の大学に対する考え方のレベルというものは、こういうものだ、日本での考え方とは全く違うんだ、ということを是非ご理解頂きたい。この会議には日本の代表も参加して、これに賛成して帰ってきたんですけれども、日本国民に知らせようとしないんですね。で、私どもが一生懸命になって「こういうものがあるんですよ」と方々で宣伝しておりますけれども、国民に知らされていない。「国民にこういうふうに考えられては困る」ということで、文部省はフタをしています。本当は文部省が先頭に立ってこうなんだと言うべきだと思います。

で、そのなかで特に大事なことだけちょっと申し上げておきます、あとで全部お読み頂きたいと思いますが。第1条の(b)、「高等教育と生涯教育の機会を提供し・・・」というところで、学生に対する教育の目的なんですけれども、「市民としての義務と権利、全世界的視野からの社会への積極的な参加、潜在的能力の開発、正義に基づく人権の強化、持続的成長、民主主義および平和を目指す教育」、と。これが教育の目的、高等教育だけでなく教育の目的です。私はこれが日本の教育基本法の精神と同じだと思うんですが、「人権」、「持続的成長」、「民主主義および平和」、これらが教育の目標だ、ということを言っている訳ですね。「科学技術創造立国」などという目標ではないんであります。

それから第1条の(e)、「民主的な社会に生きる市民としての基礎を成す価値観を若者たちに身につけさせ・・・社会の根本的価値の維持・増進に貢献すること」、これが高等教育の目標なんだ、ということを言っています。

それから第10条、「主要当事者としての高等教育職員と学生」というところがあります。「主要当事者」といいますのは、「大学改革」の主要な当事者という意味であります。日本の大学改革では、この頃は先生方もまったく相手にされなくてどんどんトップダウンで進んでいるのですが、まして学生はまったく相手にされていません。が、しかしユネスコは、大学改革の中心的な担い手は大学の教職員と学生だ、ということを言っている。

そして第10条(c)では、「国家および教育機関の意思決定者は、学生とそのニーズを考慮の中心におかなければならない」と。学生が何を求めているのかということが大学改革の中心だ、こういうふうに言っている訳ですね。日本のように、上から、こういう大学を作れとか、こういう分野を研究しろとか、そういう話ではまったくありません。

で、日本では「教授会の自治」ということでスタートして、その「教授会の自治」すら危うくなっているというのが現状だと申しましたけれども、かつて1960年代の末から70年代の初めにかけて、まあ俗に「大学紛争」と言っていますが、大学民主化の大闘争がありました。そのなかで東京大学では特に、「確認書」というものを当局と交わしました。大学の自治を構成するのは、学生と教職員の三者だ、ということを確認しました。これは大変大きな影響をもって、その後、方々の大学でこの「東大確認書」的なものが作られました。私のおりました一橋大学にもあります。で、残念ながらそれも随分と形骸化させられてしまいまして、最後まで学長選挙に学生の投票を認めるということを意っておりました一橋大学も、ついに2_3年前に陥落いたしまして、全構成員自治の最後の砦が崩れてしまった。まあ、いまでも投票はやっていますが、決定権を持たせてはいけないということになっています。いくつかの大学ではまだ学生の参加を認めているところもありますけれども、そういうものを取り戻さなければならないと思います。

独法化反対を国立・私立の共闘へ

最後に、独立行政法人化の問題というのは設置形態の問題な訳ですが、私は問題を設置形態にとどめてはいけないと思っています。これは、国立大学の先生にはしょっちゅう言っているんですが、国立大学の先生方は、民営化されたら大学はもうオシマイだみたいな言い方をする。で、そんなことを言うと私立大学の人が怒りますよ、それじゃもう私立大学は成り立たないじゃないですか、と。私は私立大学にもいたものですから、国立の先生に文句を言うんですが。私立だって頑張っているところもあるんだ、頑張ってないところもありますけれども。ちゃんとやってるじゃないか、私立になったらもうオシマイだという捉え方ではダメですよ、ということを言っています。で、確かにいま、国立と私立を比べますと、それは国立の方が条件はいいですね。授業料が安い、それから先生方の研究費も私立よりはいい。給料はちょっと悪いかな、私立はもうピンからキリまでありますから。例えば慶応大学なんてところはお金持ちですから、国立大学よりも給料はいいんですけれども、一般的に言えば給料も安いし、研究条件も悪い。授業料はだいたい国立の倍ですね。それから国立は学部ごとに違いがありませんが、私立は学部ごとに違いがありますので、文科系は安いけれども理科系だと300万くらいですか、医学部だともっと高いですね。帝京大学医学部は裏口入学があったそうですけれども、裏口から入学すると5000万、だそうです。ちゃんとそれが大学に納まったかどうか分からない、という話があるんですが。

そういう状況があるなかで、国立大学はまあ裏口入学もないし(昔あったらしいですけれども)、授業料も安いし、研究条件も比較的悪くない。国立もいろいろ問題がありますが、比較的いい条件がある。で、これが民営化されたらもうオシマイだというのではなくて、むしろ私立大学を国立並みに引き上げることが私は大事だと思います。そういう形で私立大学も国立大学も、もちろん学生も一緒になってこの闘争を闘っていくことが必要であると思います。そうしないと、国立大学の先生はいま一生懸命で、このあいだ国大協総会がありましたけれども、押しかけたりしているようです。それが悪いとは言いませんが、そういう狭い闘いではダメだと私は思っています。で、設置形態に拘らないで、自治と自由と財政的基盤を、国公私立を問わずすべてについて拡充する大闘争が必要なんだということをずっと言っておりますが、なかなかそういうふうには運動が発展しておりません。

「学問の自由」を全国民的な課題へ

もう一つさらに言えば、これはやはり国民全体の問題なんだということです。東京はいろいろと大学があって特に多いものですから、あまり大学のことに特に関心を持ってくれないんですけれども、地方では大変です。例えばこれは佐賀県の話です。佐賀大学が独立行政法人化されるというと、県民こぞって反対する、県民大会なんてものが持たれているんですね。私も東京でね、東大の独立行政法人化に反対する都民大大会が持てたらスゴイと思うんですがね。

私は国民にとっても重大な問題だと思います。例えばいま狂牛病という問題が起こっていますね。で、狂牛病について非常によく研究している先生は帯広畜産大学におられる。で、帯広畜産大学はいまや潰されそうなピンチです。もし帯広畜産大学というものがなければ、狂牛病についての専門家は日本にはいない、という状況になってしまう。何が起こるか分かりませんから。狂牛病や、ヤコブ病とか私も分からない恐ろしい病気がありますけれども。そういう研究をやっていけるのは大学に自治があるからです。大学に「学問の自由」があるからです。そういうものがあるからこそ地道に、狂牛病というものが話題にならなければその先生の研究は埋もれてしまったかも知れない訳ですけれども、何がどこで役に立つか分からない、そういうことのために一生を捧げている先生方がいっぱいいる訳であります。そういうことを守っていかなければならない。それが本当の科学を国民生活に活かす道だと考えています。

学生諸君に最後に一言

率直に言って、学生のこの問題に対する取り組みはあまり活発だとは言えません。私もずっとこういう運動をやっていましたので、学生の皆さんと一緒になって運動をやったこともありますけれども、たぶん、80年代に入るくらいから学生運動も停滞しているように思います。どうかそういう点で、皆さんも積極的にこういう問題に取り組んで、教職員とも一緒になってやって頂きたいということを、最後にお願いして私からの報告を終わりたいと思います。

(拍手)