「[reform:1179] 大学審議会関連法案--議長問題その他」 を改訂しました.
(最終改訂23/3/99)
[reform:1171] で世話人の森田氏によって大学審議会関連法案の紹介がありました.そのなかの国立学校設置法改正案の,評議会と教授会の議長の件について問題点を指摘したいと思います.
法案では評議会の議長は学長,教授会の議長は学部長と決めていますが,このような考え方は全くの時代錯誤であり,また自治への介入です.現行の学内規定でそのようになっているところが多いのでしょうが(佐賀大学もそうなっています),もし組織運営方法として民主的な型をとるのであれば,議決機関と執行機関の分離は当然のことで,この点で国立大学が世間の常識から遅れていたということに過ぎません.これを改めること,つまり教授会の議長と学部長とを分離することこそが,「大学改革」の重要なテーマの一つになるべきでした.
私立学校の場合を見てみますと,私立学校法41条4項では評議員会に議長を置くことを決めていますが,学長がなるなどとは書いてありません.慶應義塾大学の例では,評議員会の議長は互選によるとのことです.会社の場合も,商法には株主総会の議長に自動的に社長がなるなどとは書いてありません(注および追記参照).
教授会の議長と学部長とが同一であるため,学部長には管理運営の責任だけでなく「教授会をまとめる」責任まで負わされています.このような学部長に同情するあまり教授会での自由な議論が妨げられてきたということを反省すべきではないでしょうか.この法案を機会に,「寝た子を起こす」ことを,つまり議長と執行部との分離を追求しましょう.
全大教は「署名運動」をよびかけたり,国大協への要請などをやっていますが,「組合筋の意見表明」では国民へのアピールの力には限界があります.組合が反対するのは「ありふれている」と思われる以上にはなかなか行きにくいでしょう.というより,今回の改正内容は労働条件の問題ではなく管理運営に関することなので,これに労働組合が関心を持つのは当然としても,それ以上に教授会自身の問題なのです.なぜ教授会は沈黙しているのでしょうか.また全大教のメンバーの多くは教授会のメンバーでもありますが,教授会でそれぞれの個人としての責任を果たしているのでしょうか.また,なぜ組合は教授会に意見表明を促さないのでしょうか?大学の正式の機関が意見表明をしてこそ大学の声が国民の耳に届くでしょう.
多くの教授会では「反対声明」を出すことなどはたしかに困難だと思いますが,すべての教授会がそうだとは限りませんし,かりに結論が出なくても審議し,議事録に残すこと自体に大きな意味があります.全大教も組合メンバーも「教授会無力説」という特殊なイデオロギーに縛られているように見受けられます.困難だということで何もしないのでは何も始まりません.
(注) 商法によれば,総会の議長は定款で定めないときは総会において選任されることになっています.商法の解説書(前田庸,会社法入門,有斐閣)によると,定款で社長が議長を務めることが規定されていても,もし総会の意志で別の人が選任されれば,それが優先するとされています.取締役会の議長については規定がありませんが,同じ解説書によれば,その「運営は,会議体の一般原則によるほか,取締役会規則等の自治規則による」とされています.今度の改正が通れば,大学は会社なみの自治さえも許されないことになります.
(追記 23/3/99)
私学や会社とのアナロジーはもちろん限定付きです.私立学校の評議員会は学校にではなく学校を設置する学校法人に置かれるものです.また,商法の株主総会についても,株主は会社の所有者ですが国立学校の教職員は学校の所有者ではないという違いがあります.