スコットランド反核運動ニュース

「ゴイル湖の三人」裁判 グリーノック地方裁判所

公判報告第13日・10月14日木曜日

要点:ウルラが証人席に立ち、証言。

 ウルラが証人席に、彼女に質疑応答の一切を通訳するために通訳が隣に座る。ジョン・メイヤーが彼女に、最初どのようにして平和運動にかかわったのか、請願に4500の署名を集めたことを含む、フランスの核実験に反対する彼女の業績について訊ねた。次に、彼女がデンマーク外務省での会合に招かれたことについて訊ねた。彼女は15分の会合、招かれた限りでは嬉しかったが得られた答には安心させられなかったことについて述べた。次いでメイヤーは、彼女がインドの核実験はガンジーに対する裏切りである旨、新聞に投書した後でコペンハーゲンのインド大使と3時間の会合を持ったことについて訊ねた。さらにメイヤーは、ファスレーンでの行動のためにスコットランドに収監された人々について彼女が書いた手紙の返事として、コペンハーゲンのイギリス大使から受け取った手紙を取り上げた。メイヤーはウルラに、国際司法裁判所の見解とトライデント・プラウシェアへの参加について訊ねた。さらにデンマークのNATO加盟に関するデンマーク首相宛の彼女の手紙についても。彼は、彼女が返事を貰えなかったので失望したか、と訊いた。彼女は、そんなことはない、何故なら自分はデンマークの議会メンバー全員に出したのに、なしのつぶてだったのだから、と述べた。それからメイヤーは彼女の証言を要約した。つまり、ウルラは1995年にかなり大きな地球的規模の争点に気付き、個人的に核兵器廃絶の分野において非常に活動的になり、自分の関心事をデンマークの人々の注目するところにする試みにおいて大きな成功を収め、この主題について様々な成果を持つ高いレヴェルの会合を持って、ついに今年の4月にはデンマーク首相に手紙を出すに至った、と。

昼食のため休廷。

メイヤーはウルラに、デンマーク首相に送った「市民の呼びかけ」について訊ねたが、それは如何にNATOが不法に振舞っているかを説くものである。次いでメイヤーは、ウルラに核兵器条約、核廃絶2000、インドとパキスタンの核実験、偶発的核戦争、核兵器のコストに関する様々な文書を取り上げさせた。そして彼は、1980年の国民投票について彼女に訊ねたが、このときデンマークは、その領内の核兵器所持にノーを投じたのである。次いで、合衆国の備蓄・管理計画についての別の書類が論じられた。検事が異議を申し立てたので、議論の間、陪審は再び退席させられた。ウルラへの質問はナガサキの生存者の陳述へと続き、被爆者との会合について語られた。検事の質問。彼は、国際司法裁判所の見解が拘束力を持たないとするイギリス大使館からの手紙に固執した。また彼は、ウルラがメイタイムの器物を損壊するつもりだったのではないかと訊ねた。ウルラは、自分はそれらを使えないようにしたかったのだと述べた。検事は、彼女たちが行動を計画するのに4−5ヶ月を費やしており、そうすると緊急性はなかったのではないかということを論証しようとした! ウルラは、自分はまずNATOに行き、また仕事を捨てて家を整理しなければならなかったのだと説明した。検事は、メイタイムが6月8日、誰かに危害を加えようとしていたか、と訊ねた。ウルラは、メイタイムというのはトライデント・システムの部分なのですよ、と答えた。検事は、彼女らの行動がミサイルの発射を止めるために何もしていないと主張した。ウルラは、それは核兵器の発射を最終的に止めさせることになる運動の部分なのですと説明した。その後、メイヤーは再訊問して、ウルラの行動への期待、イギリス政府が非武装への道を歩むことへの彼女の信念について、いくつかの点を明らかにした。

(訳 真鍋 毅)