核兵器をなくすきっかけがイギリスに!

 

 佐賀大学/ファスレーン365日本実行委員会 豊島耕一

 

風変わりなイベント

 正月気分もまだ濃厚な1月5日,スコットランドの英海軍基地のゲートでの座り込みに参加するため,福岡空港を出発した.単なる座り込みではなく,基地の入り口を塞ぐこと,それも,そこで「セミナー」をやりながらという,かなり変わったイベントだ.「大学人によるトライデント・セミナーと封鎖」(Academics Trident Seminar Blockade)という名称だが,トライデントとは,イギリスが配備している潜水艦発射型の核ミサイルのことだ.グラスゴーの近くのファスレーンというところにある基地がこの原子力潜水艦の母港で,ここを封鎖することで大量破壊兵器に一般の人の注意を向けさせようという行動の一環として行われたものだ.

 このファスレーン基地では,昨年の10月から1年間の予定で,365日切れ目なく,世界の市民が交替でゲートを封鎖することで,実際に基地の機能を麻痺させ,基地を閉鎖に持ち込む,つまりイギリスを市民の手で直接非核化してしまおうというプロジェクトが継続中である.地名から「ファスレーン365」と呼ばれる.私が参加したAcademics Blockもその一環で,大学人なら大学人らしいやりかたで,つまり核兵器の問題を解明する「セミナー」と,行動することで社会の反応を調べる「フィールドワーク」とを組み合わせてみよう,という趣旨によるものだ.

 いわゆる非暴力直接行動だが,わが国でも沖縄・辺野古で実行され,ヘリ基地の建設を阻止してきたことは記憶に新しい.辺野古は基地を作らせないためだが,ファスレーンでは基地を撤去させるための直接行動である.

 

警察と友好関係にある反核運動

 非暴力とはいえ,当然逮捕が予想されるので,参加者にはその覚悟が必要だ.しかし逮捕といっても,これまでの現地の運動の実績によって,一晩の留置でほぼ確実に釈放され,ほとんど罪にも問われないという状況が作られている.昨年10月から3月15日現在までの逮捕者数は延べ579人にのぼるが起訴は22件に過ぎない.いわば「安心して」逮捕と留置場とを経験できるという,世界的にも,また歴史的にも非常に珍しい状況が作られている.もちろん警察の対応は変わるかも知れないので覚悟は必要だが,それでも最悪罰金数万円だからホテル代と思えば納得できる.しかも即決裁判なので,余分に1〜2日足留めされるだけだ.それでも,歩道で参加するなど逮捕回避という参加も可能だ.私は「逮捕覚悟」を選んだ.

 

BBCラジオに生出演

 セミナーに先立って,地元BBCスコットランドのラジオの生放送に出演するよう,主催者が仕組んでいた.スエーデンのゴーテボルグ大学講師でこのセミナーの座長のステラン,地元エジンバラ大学のリン・ジャミーソン教授(女性),それに私の3人が中継車の中に入る.中継車と言っても,運転席と助手席が反対向きになるように改造しただけの,外見は何の変哲もない普通のライトバンだ.ミキサーなどが置かれたテーブルを挟んで,局の運転手兼技術者と合計4人で座る.

 質問はスタジオからヘッドホンに聞こえてくる.私は2番目に質問されたが,その内容は何となく分かったという程度の情けない状態.しかし聞き返すのもみっともないし時間のロスになると思って,だいたいの見当で自分の言いたいことを言った.まともな受け答えになっていたかどうか全く不安だった.湯川博士を引用したのは確かだが,何を言ったかは正確には思い出せない.でも,放送を聞いた仲間がわざわざ電話してきて,非常に良かったとの伝言を受けた.お世辞7割としても,それほどひどくはなかったということかも知れない.質問もきちんとは理解していないのだから,まぐれ当たりということではあるが.

 

「講演が10分を超えると逮捕」

 セミナーは朝10時すぎから始まった.午前中は「セミナー」に重点を置いて,逮捕が起こらないよう歩道で実施された.発表者の持ち時間は10分,司会が冒頭に「時間を超過すると逮捕するよう警察に頼んである」と「注意」したので,みんなわりと時間を守っていた.私もこの午前中のセッションで発表させてもらった.午後の途中から,座長の秘密のサインで逮捕覚悟の参加者が一斉に基地ゲート前に移動する.私にとってはもちろん初体験の緊張の瞬間だ.これまでの例から,しばらくすると警察が排除にかかり,そこで何人かの逮捕者が出ることが予想された.このためセミナーのテンポが上がり,講演は一人3分ぐらいで回転して行く.

 ところが結局終了時間の午後4時まで警察は全く介入せず封鎖を黙認するかたちになった.時おり職員の車がゲートに向かおうとすると,警察が別のゲートに迂回するよう指示する.この事態は主催者もあまり予想していなかったようで,時間も余り,歌を歌ったりして時間をつぶすことになる.ゲート前は決して交通量の多い道路ではないのに,封鎖しているわれわれを応援するクラクションがかなり頻繁に聞かれたのには驚いた.スコットランド人の反トライデント意識はかなりのもののようだ

 終了時刻を過ぎて暫くして,私も含め大半の参加者は予定通り引き上げたが,かなりの数のボランティアと,参加していた学生のほとんどが封鎖の「延長戦」を決行,あとで聞いたところでは,結局教員,学生それぞれ17人が逮捕された.しかし想定どおり翌日の正午ころには全員が起訴されることもなく釈放された.

 

著名人も参加

 参加者の中には相当著名な人もいた.後で調べて分かったのだが,たとえばマイケル・ランドル氏(Prof Michael Randle)には,日本語に訳された著書*がある.彼とは現場で行動を共にする小グループ(アフィニティー・グループと称する)で一緒だった.また,経済学関係で,ナイトの称号も持つリチャード・ジョリー教授(Sir Prof Richard Jolly)も相当な著名人のようで,セミナーの前後でテレビのインタビューを受けていた.サセックス大学名誉教授(Honorary Professor)で,国連の報告書などにも名前が出てくる.

 私のものも含め当日発表されたペーパーは次からダウンロード出来る.もちろん上の両氏の論文もある.

 http://www.faslane365.org/en/academics_and_scholars/

 「安心して」逮捕のリスクを引き受けることが出来るという非常にまれな状況ということもさることながら,核戦争の準備という国際法違反の現行犯を実際に少しでも妨害出来るということで,たいへん達成感を持てる,エンパワーされる経験だった.参加者の間から「またやろう」という声が上がり,実際,6月27,28日の二日間の日程で再度実施されることになった.

 

なぜイギリスか?

 最後にこの行動の背景を説明しておこう.世界には2万発以上もの核兵器があり,それをなくすことは絶望的にさえ思える.ところが今,かつてないチャンスが到来している.イギリスの現在の核兵器システムが2024年に退役するため,政府は更新するかどうかの決定を迫られている.更新には5兆円とも8兆円とも言われる膨大なお金がかかる.最近の世論調査によればイギリス国民の6割がこれに反対しており,この世論を圧倒的なものにしていけば,核兵器更新の中止,つまりイギリスでの核廃絶を実現できる可能性があるのだ.

 そこで,このタイミングを生かして世界中の市民が協力してイギリス政府に圧力をかけようというプロジェクトが「ファスレーン365」だ.いわば,世界中の市民が力を合わせて,イギリスの核を「各個撃破」しようというのだ.イギリスの核は数から言えば全体のわずかかも知れないが,原爆の構想が初めて生まれた国であり,また世界で三番目に核兵器を作った国が非核化されるということの政治的意味は大きいと思われる.

 

「九条輸出」の営業活動として

 「世界市民の協力」で基地を継続的に封鎖するという趣旨から,是非日本からも最低1チーム50名を派遣しようと準備をしている.日程は7月25日と26日の二日間である.核兵器は「九条」の対極にある.日本の市民がファスレーンに出かけることは,九条を「輸出」する活動の一つであると位置づけたいものだ.その反作用によって九条を「守る」活動もエンパワーされるはずだ.

 もちろん座り込みだけではもったいない.ファスレーン基地のすぐ隣には,スコットランド民謡で有名なローモンド湖があり,美しい所だ.また,隣接するイングランド北部には,ピーターラビットや詩人ワーズワースゆかりの「湖水地方」が控えている.反核運動への参加だけでなく,観光産業の人たちとの交流も重視したいものだ.

 詳しいことは「ファスレーン365日本実行委員会」のブログをご覧下さい.また,電話,ファクスでの連絡をお待ちします.
 http://faslane365.blog86.fc2.com/

 連絡先:佐賀大学理工学部豊島研究室 Tel/Fax  0952-28-8845,メール toyoアットマークcc.saga-u.ac.jp

 

 

* 市民的抵抗非暴力行動の歴史・理論・展望 (単行本) , Michael Randle (原著), 石谷 行, 寺島 俊穂, 田口 江司 翻訳,新教出版社,2003年.