(この文章は「反戦情報」最新号に掲載されたものです.)
ファスレーン365日本実行委員会代表 豊島耕一
わが国の民衆運動においては「市民的抵抗」や「不服従」,あるいは「非暴力直接行動」という言葉が使われることは非常に稀のように思われる.左翼ないしリベラルを自任する人でも,これらの言葉から「過激」とか「冒険主義」という連想をする人が多いのではないだろうか.しかし実際には,よく知られたものでは「日の丸・君が代」の強制に対する不服従として,あるいは沖縄・辺野古の基地建設反対闘争での「海上座り込み」などの非暴力行動として実践されている.前者では内心の自由,思想・信条の自由を守る闘いのシンボルとなり,また後者では実際に基地建設を阻止し続けるという成果を上げている.
イギリスの核廃絶運動においても,様々な行動形態と共に非暴力直接行動は極めて重要な役割を果たしてきた.その中で,筆者がこの8年来関わり続けている「トライデント・プラウシェアズ」(TPと略)という運動ではより積極的な「不服従」の形態が見られる.つまり,何かの命令を拒否するというような“受動的な”不服従にとどまらず,また権力の側の新しい計画や動きを“阻止する”というだけでもない.すなわち,みずから信じる行動を行ったことに対する制止の命令に対する不服従であり,また現に行われている権力の不法行為への積極的な介入である.
TPの活動の最も劇的な成功例は1999年6月のメイタイム行動である.アンジー・ゼルターらTPのメンバーの女性3人が,グラスゴーにほど近いゴイル湖(入り江)に浮かぶ「メイタイム」(五月)と呼ばれる実験室に侵入し,中のコンピュータを海中に投げ込み,操作盤などを家庭用のハンマーで破壊した.この施設は,核ミサイル潜水艦の隠密行動が可能になるよう,その音響・磁気特性をテストするためのもので,これなしには原潜は「まる見え」となり大量破壊兵器としての能力が低下する.したがって核兵器システムの重要な一部であり,彼女らはこの行動を「非武器化」(disarm)と呼んだ.
4ヶ月後に開かれた裁判で3人は無罪となり,彼女らによる「権力の不法行為への積極的な介入」の正当性が裁判所により認められることになった.のみならずTPに2001年に「第二のノーベル賞」と言われるライト・ライブリフッド賞が受与され,代表してこの3人がスウェーデン議会での授賞式に臨んだ.
TPの活動の特徴は言葉の暴力をも否定する徹底的な非暴力主義にあるが,それにとどまらない. TPの創設者であるアンジー・ゼルターは2000年に来日して講演した際,佐賀会場での質疑応答の中で「私たちを取り巻く社会的な構造を無視することにしている」と述べている.これば,例えば警察に対しては,それにまつわる現実の権力的な構造を一旦無視して,その本来の機能,つまり犯罪の防止という警察の機能に焦点を当て,大量破壊兵器という人道に対する最大の犯罪をこそ取り締まるべきだと訴えるのである.したがって警察との対話を重視する.
英国の核兵器システムは2024年に耐用年数を迎えるとされる.これを更新するかどうかをめぐって数年来議会内外で議論がなされているが,この機会を非核化のチャンスに変えるべく,アンジーらは新たな運動を開始した.「ファスレーン365」と名付けられた国際キャンペーンでは,英国の唯一の核兵器であるトライデント原潜の母港ファスレーン基地のゲートに各国の市民が交替で座り込み,非暴力の抗議をすることで基地の機能を麻痺させ,核兵器が国際法に違反することを際立たせる.それにより更新反対の世論を高め,更新の中止すなわち英国での核廃絶を実現しようというもので,昨年10月1日に始まり今年の9月まで継続する.
当初は,一日も切れ目なく全てのゲートを封鎖して実際に基地の機能にダメージを与えることをもくろんだが,実際の封鎖日数は5割を少し超える程度であり,デモンストレーション行動と言えるかもしれない.しかし相当の時間にわたってゲートの通行が実際に妨害されている.
むしろTPとファスレーン365がイギリスとスコットランドの世論に与えた影響が重要であろう.スコットランドの議会選挙が5月3日に実施されたが,スコットランドの選挙民は,核兵器廃棄を基本政策に掲げるスコットランド国民党(SNP)を,労働党を抑えて第一党に押し上げたのである.労働党のブレア首相は昨年末の「白書」で核兵器の維持更新の方針を打ち出し,さらに英国議会は今年3月にこれを支持することを決めたが,これに対する痛打となった.
選挙前にSNPのサモンド党首はスコットランドで核兵器を違法化すると発言しており,これからの運動次第では大きな前進が期待出来る.「公認」核兵器国の中でイギリスは核廃絶に最も近い位置にあるとされているが,それが「あと一歩」というところまで来たと言っても過言ではない.
私がこの「ファスレーン365」プロジェクトのことを知ったのは,一昨年11月のアンジーとのメールのやりとりによってであった.それ以来,このような重要な国際プロジェクトに被爆国日本が「欠席」するわけにはいかないと,メジャーな反核団体を中心に,是非ともこれに参加するように呼びかけを始めた.メールや電話だけでなく,昨年8月にはそのために東京まで出かけ,2日かけていくつかの団体を回り,団体として取り組んでもらえないかと訴えた.
ほとんどの団体は何らかの協力を約束してくれたが,積極的に取り組もうという姿勢を見せた団体はほとんどなかった.どの団体もその固有の活動の予定があり,おいそれと新しい課題を付け加えることは困難ということだ.しかしそれだけではなく,この行動が「逮捕覚悟」のものだということが大きな障害になったようだ.
実は逮捕といっても,これまでのTPの運動の経験から一晩程度の留置で罪に問われることなく釈放されるという例がほとんどで,最悪でも交通反則金程度の罰金である(開始後の実績でも,逮捕者が延べ749 人で起訴が29件,逮捕者はすべて一晩の留置で釈放).そのような私の説明に対しても,「逮捕の可能性があるような活動には参加出来ない」という,いわば「原則的」な拒絶を示す団体も少なからずあった.
確かに「逮捕」と聞くと,わが国ではその後の人生をも一変させるほどの重大事で,特に慎重にならざるを得ない.しかしそのことと「法を守る/法を破る」という問題とは別である.もし「逮捕=法を破る」という見方だと,それは事実上「警察の判断=法」ということになってしまう.場合によっては「法を守る」ために逮捕を覚悟しなければならない.ビラ配りで逮捕されたからと言ってビラ配りを止めてしまうわけには行かないのである.
そのようなわけで,大きな団体を動かすには至らず,筆者らで独自に英国派遣チームを組織することになった.昨年9月に福岡を拠点に実行委員会を設立して準備を続け,7月25—26日を日本の当番日に設定した.
九条の命運がかかると言っても過言ではない参院選が迫っている.核兵器は九条の対極にあり,これに対する日本市民の海外での非暴力行動はいわば「九条の輸出」である.この勢いを持ってこそ,またその反作用によってこそ,「九条を守る」運動の展望も開けると確信する.読者の皆さんのご参加を是非お願いしたい.
今年1月の「大学人によるセミナーと封鎖」に参加したオックスフォード大学の学生.容易に排除されないような「ロック・オン」と称するしかけをしている.(筆者撮影のビデオから)